ACT-2 ~Gate Keeper~ 1/4

ここは、地下迷宮最下層部――



「どういうことなのだ、これは?!」


大広間への扉をくぐり、真っ先に踊りこんだ騎士は、構えたランスを取り落とす。


「ありえんことじゃ、こんな事は――」


「よもやこのような有様とは……誰が予想しえたというのか!」


紅いマントの騎士と、金色の鎧をまとった僧兵が、続けて声を漏らす。

やがて、パーティリーダーの魔道師が、大広間の中央に歩みを進めた。


「お前達、ここで見たことは、他言無用じゃぞ」


「な、何だと?!」


「何故じゃ?! これほどの重要な報告、アルヴィリッヒ公にご報告せず、何とするというのか!!」


「そうだ、これはもしかすれば、迷宮探索の終焉に――」


 四人の仲間が次々に唱える異議に動じず、リーダーは静かに右手を払う。


「お前達の気持ちは、良く判る。痛いほどにな。

 じゃが――この光景だけは、決して伝えてはならぬ」


「しかし!」


「是非はない。その理由は、お前達にも既にわかっている筈じゃ」


「……」


リーダーは、遥か高い天井を仰ぐ。


「我々が初めてこの迷宮探索に挑んだ時の気持ちを、覚えているか?」


「?」


「突然どうした?」


「我々の活動目的は、もはや探索ではないのだぞ?

 感じた衝撃は皆同じだが、本来の我々の任務を、果たさねばならん!」


ランスを落とした騎士が、武器を取り直しながらリーダーに語りかける。



「そうだとも、忘れてはいかんのだ。

 本来、我らが何であったか、ということを――」







いつの時代も、冒険者は金と名誉、探究心に突き動かされる。


大陸オーデンスの一王国キングダム・ブランディスの主要都市ハブラムにも、そういった輩が数多く集まってくる。

各々の欲望・目的の形は実に様々だが、共通していることが一つある。


それは――どうしてもここでやりたい「何か」がある、という事。



ここは、冒険者の溜まり場・大酒場「ジントニ」。

今日は珍しく、臨時休業の札がかけられている。

だがその中からは、何故か冒険者達の声が響いてくる。



「はぁ、俺達が?」


「行方不明者の捜索ぅ?」


「なんで? いつもの回収屋さんじゃダメなの?」


「いやなんでもな、今回はその死体回収屋が行方不明になったんじゃと」



「ジントニ」のドワーフ店主と話しているのは、この街に来た冒険者達。

戦士のリュウヤ、盗賊のモトス、そして女僧侶のアリス。

薄暗くただっ広い店内の真ん中の席で、四人は何やら深刻な顔で話し合っていた。


「マジかよ!

 だってあの人ら、確か最初期からの超ベテランパーティだろ?」


「そうそう! ランクだって平均40とか50とか、

 かなりのレベルだって聞いてるわよ?」


「“ゲートキーパー”だっけ? 4人? 5人?」


「五人じゃな、ホレ、あの“マイナスワン”とよく間違われとるからの」


「ああ、マイナスワンね、はいはい」


「おぉ、モトス、超興味ねーって感じ」


「それと、まだこれは貼り出しとらんのだがな」


店主はそう言うと、テーブルの上に、大きな羊皮紙を広げた。

今話していた「ゲートキーパー」捜索依頼の告知だった。


成功時の報酬は、なんと5万GP(約五千万円)!!


「うわお! めっちゃ高いね!」


「きゃああ♪ ね、やろう! やろうよぉ、ねぇリュウヤぁ♪」


「おいおいおい、随分高ぇ依頼だな。

 これ、そんだけ危険度が高いミッションだってことだろ?」


「まぁそうなるわいな。

 金の出所が出所じゃからな」


「でもよう、こんなの貼り出したら、身の程知らねぇ素人冒険者連中が低い階層でドンドン全滅コイて、益々危なっかしくなっちまわぁ」


リュウヤの言葉に、我に返ったモトスとアリスが頷く。

つまり、迷宮内で捜索に失敗した冒険者が増えると、今度はそれらがモンスターとして他の冒険者を襲う危険に繋がるということだ。


「わかっとるじゃないか。

 このミッションは、お前らが受けなかったら、代償は高くつくんじゃよ」


「うぐ……な、なんだよその強制力!?」


「なんかもう、オレ達に拒否権ないみたいな言い方じゃん?」


「いや、さすがにそういうわけじゃないがな。

 わしからは、お前らの他にも、三つのパーティに同じ話をしとる」


「へ? 三つ?」


「ああそうじゃ、つまりこの件は今、この街の中で、たった四つのパーティしか知らない話なんじゃな。

 イッツ! トップシークレット!! って奴じゃ」


「なにそれ、ちょっと背伸びしてハイカラな言葉でも使ったつもり?」


「そいつらは、快諾したの?」


「ああそりゃあもちろん。もうとっくに迷宮に入ってる頃じゃろうな」


「なんだよ、俺達が一番最後に聞かされたってことかぁ?」


「うっわぁ、完全に出遅れじゃん! ど~すんのコレ?」


「ううう、ど、ど~すっかなぁ?」


三人は、テーブルの上の告知に見入りながら、揃って唸り声を立てた。


「お前らは、どうせ口ばっかりじゃからな」


「ちょっとぉ、いきなり何よそれ!」


「本当はもうやる気になっとるじゃろ? しかも金目当てじゃなくて。

 お前らはそういう奴らじゃからな」


「うぐ」


「あんたも、オレ達の扱い方に慣れてきたよなーホント」


「お前らとは、もう長~い付き合いになるからのう。

 じゃあ、わしの方からギルドに話を通しておいて良いな?」


「ああ、頼むぜ。

 じゃあ、今回は俺達三人で行くか」


「さすがに、もう一人は待ちたいところだなあ……

 ザウェルかセイゴ、どっちかでもいいから着かないもんかね」


「あるいは、さらにもう一人……」


そう呟きながら、リュウヤは、意味ありげに横目で睨む。


「ねーねー店長ー。なんか手がかりとかないの?」


「後で、お前らの所に資料が届くじゃろうよ」


「あーい、じゃあ解散ってことで」



リュウヤ達三人が酒場を出たと同時に、店主が臨時休業の看板を取り下げ始めた。




王国キングダム・ブランディスの主要都市ハブラムには、二十年前に発見された巨大地下迷宮が存在する。

王家が、ここの探索に巨額の報奨金を掲げた為、多くの者達が集まって来る。

しかし、二十年経った現在においても尚、迷宮の全貌は調べ尽されていない。


この迷宮には、探索開始から現在に到るまでに、三十八万を超えるパーティが探索に訪れている。

最も、同一人物が別パーティを編成した場合もカウントされるため、あくまでのべ数に過ぎないが、それでも相当沢山のパーティが入り込んでいることに変わりはない。


迷宮の詳細はいまだ不明だが、少なくとも複数階層構成であり、内部には数多くのモンスターがひしめき合っており、しかも深層部ほど危険度が増すことがわかっている。


当然、深い階層に潜るパーティにはそれ相応の強さと経験が求められるが、たまに身の程を知らない者や、事故により迷い込んでしまう者が出る。

そういった者達を救出することを専門としたパーティ、通称“死体回収屋”もいくつか存在する。

その中でも、最古参とされるベテランパーティが「ゲートキーパー」なのだ。


彼らは、現状判明している最下層部「第十階層」まで潜ることが可能で、一度に救出出来る人数も一番多いとされている。


彼らの存在はこの街を訪れる者ならだいたいが知っているが、その姿を見た者は殆ど居ない。

何故なら、彼らは現在王家直属の特殊行動隊として仕官しているため、他の冒険者のように街中をうろついたりはしないからだ。


それほどの存在が迷宮内で行方不明になっているだから、大事である。

ジントニの店主が言った通り、捜索に向かえるのはごく限られた存在だけになるのも、致し方ないのである。



店主の手配は思いの外早かったようで、その日の夕方前には、リュウヤ達の下に資料が届けられた。


「これが資料……え~と、マップと…ゲートキーパーの名簿か」


「へぇ、凄いね。リーダーの人、ランク79の魔道師だって!」


「だってこの道二十年のベテランでしょ?

 それくらい行ってても不思議じゃないんじゃない?」


「そりゃそうだけどさ、一番ランク低い人でも59だよ?

 充分過ぎるくらい強豪だって」


「だとしたら、そんな連中が戻れなくなった階層って――」


「やっぱ、十階層?」


「と、考えるのが普通だろうけど。

 捜索となると、一応全部の階で捜索魔法使わなきゃならないな」


「モトスは、捜索呪文は?」


「一日に三回が限度。ごめん」


「しょうがないって。本職じゃないんだから」


「そうなると……やっぱりザウェルの協力が居るなあ」


「しゃあねえ、モトスの魔法に頼って、出来るところまででも進めるか?」


「いいけど……もし十階層とか狙うんなら、さすがに三人だけってのは

 まずいと思うよ?」


「だよねぇ、戦力不足というか」


「いや、戦力はお前一人で充分過ぎっから!」


「何よぉ。僧侶の、しかも女の子に、そんなの求めないでくれる?」ペカリン☆


「あ、ああ……ははは」


モトスの乾いた笑いに、アリスが思い切り睨みを利かせた。



リュウヤ達が準備を整え、迷宮に出発したのは、午後8時を過ぎてからだった。

一気に第四階層まで行き、第三階層と第五階層の階段を繋ぐ通路に開いた「穴」――通称「ターミナル」に辿り着く。


この「穴」は、第六階層まで通じているため、かなりの深さがある。

当然、落ちたらひとたまりもないので、普通のパーティは、穴をまたぐように張り巡らされたワイヤーを利用したり、移動魔法で一気に反対側まで飛んだりする。


周囲に他のパーティが居ないことを確認すると、三人は躊躇うことなく、穴へと身を躍らせた。


「ねぇ。このまま六階層まで行くの?

 途中で捜索呪文使わなくていいわけ?」


「飛び降りてから言うなよ」


「だって! ここまで殆ど走って来たじゃない! 聞いてる暇ないわよ」


「うーん、そうだね。

 じゃあ今回は深い階層から捜索して、浅い階層は次回以降にしよう」


「順当だな。頼むぜモっちゃん」


「何その、今適当に考えました的なあだ名」


「モっちゃん? モっさんの方が良くないかしら?」


「モ○ジアナと混同しそうでややこしいから、パス」


「誰よ、そのモル○アナって?」


「うーむ、我ながら挙げたキャラが古すぎたか」


「静かにしなって。モンスター寄って来たらどうすんだい?」


「「 しぃましぇん…… 」」



何事もなかったかのように着地した三人は、第六階層に来た時いつも利用している通路脇の小部屋に入り込み、一息つく。

と同時に、アリスが小さな金属の柱を部屋の四隅に立て、その中心で跪いた。


『我が守護たる女神よ 平穏と安全を司る神よ 優しき精霊達よ――』


呪文の詠唱と共に、金属柱に淡い光が宿り、瞬時に立方体型の「結界」が張られる。


「お疲れさん。では早速、三姉妹ぃ~会議ぃ~♪」


「何それ? 女、あたししかいないじゃん!」


「これも、ネタが古かったか」


「リュウヤって、たまにマイナーにも程があるネタ振るよね」


「そう言うって事は、お前はわかってるってことじゃねぇか」


「さてと、捜索対象は――やっぱリーダーかね」


「あ、話逸らす気だな! そうは行くか!」


「ちょっとリュウヤ! やめなさいってば、こんな時に!!」


「しぃましぇん……」


モトスが広げたリストには、術者だけが理解可能な、捜索時に必要となる「魔法コード」が記されている。

これを用いれば、会った事のない人であっても、施術中にイメージを辿れるため、より正確な捜索が行える。


ただし、そのコードを従来のスペルに混ぜ込んで使わなければならないため、術者には高い即応力が求められる。


まず最初に調べるのは、ゲートキーパーのリーダー・魔道師のグレン。

モトスは、コードを何度も暗唱して、ソラでスペルの組み立てをすると、早速施術にかかった。


『take go into the root of Ancient-Magical spell program.

 set “Cause Search”......Insertion of specific information

 “a%jfginXXX+ao&4”......set on Ready.』


「相変わらず、モトスの唱える呪文て、独特だよね」


「静かにしてろっての。

 それよりよぉ、アリス。お前また、胸デカくなったんじゃね?」


「何よ、こんな所で! か、変わってないわよ」


「そおかぁ? えーと、前に聞いた時は……94のGカップだったっけ?」


「そーいうドスケベ的な情報は、よく覚えてるのね。

 そーよ!

 つうか、あたしが酔ったどさくさで聞いたんでしょ! それ」


「スケベいうなや。お前の乳には筋肉が詰まってる説が濃厚だかんな。

 俺様のスケベティックセンサーは、一切反応せんわい」


「誰が筋肉胸よっ! ノーミソ筋肉野郎に言われたかぁないわっ!」


「はいはいどうせ筋肉脳ですよーだ。だがな、固い乳よりゃあマシってもんだ」


「あ、あのねぇ! 挿絵がない小説で、そーいう事言うの止めてくんない?

 読んでる人が、あたしに変なイメージ持っちゃうでしょ!?」


「はいはい、アリスのおっぱい、たゆんたゆん♪」


「あ、あんたわぁ~!!」


「だあぁぁ! お前らぁ! 静かにせんかぁい!! 集中できんわぁ!」


「「 しぃましぇん…… 」」


「全くもう、この二人は……。

 ――ん~と、反応……ないなぁ」


「他のメンバーはどうだ? って、それやったらすぐ終わっちゃうか」


「どうする? とっとと七階層まで行く?」


「その方がよさげだね」


三人は、結界効果時間内に遅い夕食を済ませ、第七階層へ向かう通路を目指した。

あと少しで下行きの階段に着く……というところで、別のパーティと遭遇した。

装備から、戦士が三人、魔道師と僧侶が各一人ずつのようだ。

先方のパーティは、リュウヤ達を見るなり目をひん剥いた。


「え、三人?」


「あ、ども。これからお帰りですか?」


「あんたらは、これから?」


「はいそうです、七階層、どんな感じでした?」


「ああ、特には――って、もしかして」


「?」


「ゲートキーパーの……」


「げっ」


「あんた達も、アレの件で潜ってたの?」


「そうか、それでその人数か」


リーダーと思しき男性の戦士が、値踏みするような視線で三人を眺める。

自分達の装備品の方が勝っていると気付いたためか、態度がやや尊大になる。


「我々は“トランザー”というパーティだ。

 俺はリーダーのダレス、ランク27だ」


「27! そりゃすごい」


「しかしなんつうか……

 ジャスティーン! とか叫びたくなるパーティネームだな」


「俺達はいつも九階層辺りをメインに回っている。

 だから今回の件も、俺達が彼らを見つけるだろう」


「それがベストですね! 一刻も早く見つけてあげた方がいい」


「任せたまえ。ただ、君達の今後の為に言っておくが」


「?」


「彼らは捜索魔法では見つけられない」


「え?」


「ど、どういうこと?!」


ダレスの言葉に、思わず吃驚する。


「言葉通りの意味だ。

 君達の活躍に期待しているよ。じゃあな」


それだけ言うと、ダレスは仲間達を連れてすれ違っていった。


「なんか、いけすかねぇ態度だったな~」


「こちらのパーティネーム聞かなかったのって。

 つまり、歯牙にもかけてないってこと?」


「まあそうだろうね、覚えとく必要もないんだろうさ」


「うっわぁ、あったま来るわぁ~!!」


「まあ怒るな怒るな。ある程度以上ランクが高くなると、みーんなああいう感じになっちまうもんだ」


「ノーランクが言うと、妙に説得力あるわね」


「だろ?

 でもあいつ、なんか変な事言ってたな?」


「ああ、捜索魔法には引っかからない、だって?

 どういうことなんだろう?」


三人は、ダレスの残した言葉に首を傾げながら、第七階層へと進んだ。

そこでも、リーダーの名前で捜索呪文を唱えたものの、やはり手がかりはない。


第八階層へ進んですぐに呪文を唱え、またも結果が出なかった時点で、三人は一旦引き上げることにした。


「八階層までは反応なし。

 となると、残るは九階層と、十階層か」


「やっぱり、さっきの連中が言ってたみたいに、何かあるのかな?」


「どうなんだろうなあ、こちらを困惑させるためのブラフかもしれないし」


「それにしても、今日はシケてたな。

 モンスターもろくに出てこねぇし、掘り出し物もないと来たもんだ」


「それは、モトスが戦闘を極力避けるルートを辿ってくれたからじゃないの」


「あはは、そうだった!」


「全くもう。

 んで、モトス、明日はどうする? 素直に九階層行く?」


「う~ん、ちょっと考えさせて」


眉毛をへの字に曲げ、モトスは何やら考え込んだ。




三人が地上に戻ったのは、午前三時頃だった。

さすがに眠気がきつかったが、宿に戻る前に酒場に寄っていくのが彼らのセオリーだと、ふらふらの足取りで店に入った。

客は夕食時に比べるとさすがに減っているようだが、それでもまだかなりの活気に包まれていた。


「おうどうじゃな? 成果の方は」


「ぜんぜんダメ。手がかりなし」


「アレで全然反応ないのよね、ど~なってんのって」


アリスは、人差し指を宙でクルクル回してみせる。

この場合のアレとは、魔法を意味する隠語のようなものだ。


「資料にはコードもあったじゃろ? おかしな話じゃて」


「引っかからない理由があるとしたら、何だろう?」


「1:全員名前を変えた 2:実はもう地上に戻ってる」


「1はないよ……2もちょっと難しいんじゃない?」


「もしそうなら、そもそも地上で呪文に反応してるだろうし。

 ギルドも、一番最初にそっちの線で調べてるでしょ」


「あ、そうか。だから捜索依頼出てるんだもんなあ」


「仮に三つ目の理由があるとしたら、何じゃろう?」


「三つ目――呪文の効果が届かない状況下にある、とか?」


「そんな環境、どこにあるん……」


そこまで言いかけて、モトスの顔色が変わる。


「ん? モトス、どしたの?」


「いや、なんでもない。考えすぎだよな、たはは」


「ダメだ、頭がまともに動かんわい。

 おっちゃん、エール一杯。それ飲んで帰る」


「あいよ~」


「オレ、今日は炭酸水でいいっす」


「あたし、特大ジョッキでエール!」


「おい豪快だな、聖職者!」


「なによぉ、お酒はね、お清めの効果もある立派な――」


「あーはいはい、そっから先は明日聞くわ」


「あんだとぉゴルァ! そこ座れや!!」


「ひー筋肉巨乳が怒ったぁ!!」


「もう全員座ってますがな」


「お前ら! 静かに飲まんか!!」


「「「 しぃましぇん…… 」」」


他の客の白い目を気にせず、眠気もどこへやらで、三人は楽しく騒いだ。

翌日に起こる、異常事態を知ることもなく……




明け方、一人の男が、ハブラムの街に辿り着いた。

城塞の入門をパスし、人気のないメインストリートを歩いていく。


「さて、変な時間に着いてしまったが、どうしたものかな?」


男は、黒いマントをはためかせ、王城のあるエリアへと進んでいく。

そして、迷宮の入り口へ真っ直ぐ向かった。



「おいちょっと待て」


迷宮への通路を守る門番達に、男は呼び止められる。


「もしかして、たった一人で迷宮に入るつもりか?」


「その通りですが、いけませんか?」


「いけなくはないが――見たところ戦士ではないようだな。

 お前のランクは?」


「それはどうでも良いでしょう。

 いやなに、ちょっとした時間潰しですよ、すぐ戻ります」


「ははーん、さてはドラゴンズネストが目的か?」


「あそこのウェイトレス、エロいからなぁ♪」


「ははは……えっと、帳面に記載するんでしたよね?」


「俺も長く門番をしてるが、戦士や盗賊以外で一人で迷宮に入る奴は、かなり珍しいぞ」


「俺は前に見たことがあるな」


「多分それも、私だと思いますよ」


男は、ペンを置いて笑顔を向けると、軽く会釈をして迷宮への回廊に進んだ。


門番の一人は、そんな彼の後ろ姿を見つめながら、首を傾げた。


「おい、どうしたんだ?」


「これ、名前、だよな? パーティネームじゃなくて」


「そうかもしれんが……これがどうした?」


「いやな、普通は、一人で入る奴でもパーティネームで帳面に記載するもんだろ?」


「ああ、便宜上パーティってことにしとかないとならんからな」


「前に一人で入って行った奴も、確か名前を書いていったんだよ」


「よく覚えてるな、お前は」


門番は不思議そうに、迷宮探索中パーティがメンバーの記述を行う帳面を眺める。

最新の行には、美麗な筆記体で「Xawell」とだけ書かれていた。




朝食を先に済ませ、散歩がてら酒場「ジントニ」の近くを通りかかったアリスは、酒場前の広場にある掲示板に、人だかりが出来ていることに気付いた。


(珍しいなあ、こんな朝早くから)


?『本当ですね。観に行きませんか? アリス』


「うん、そうだね。行ってみる」


酒場の前にある掲示板とは、単なる板に情報をまとめた紙が張られているだけというよくある物で、その内容は主に迷宮探索に関連するものばかりとなる。

必然的に、これを読みたがるのは迷宮探索目的の冒険者となるが、今は早朝のためか、あまりそれっぽい格好をした者はいない。


アリスは、人の合間をすり抜け、掲示板に見入った。


「――え!?」


それは、不定期に貼られる“行方不明パーティ一覧情報”だった。

迷宮探索の性質上、ちょっとでも帰還が遅延していると思われるパーティは、すぐに行方不明扱いとされ、このように情報が掲示される。

しかし、今回はその数が、異様に多いのだ。


「どういう事よ、コレ?! こんなに多いの、今まで観たことない!」


?『私もです。迷宮内で、何か起きているんでしょうか?』


「そうかもしれないけど……って、あれ?」


?『どうしました、アリス?』


「ねぇ、このパーティネームって、確か……」


?『急いで、戻りましょう!』


アリスは、慌てて宿に戻った。




「ちょっとちょっと! いつまで寝てるの! 起きてよぉ!!」


「いやん! 寝込みを襲わないでぇ~♪」


「そうよぉ~ん、お肌に悪いから、もうちょっと寝かせてくれないかしらぁん?」


二人のわざとらしくキモいオカマ声が、アリスの苛立ちを煽り立てる。


「永久に眠り続けるか、今すぐ起きて命を明日に繋ぐか。

 さあ今すぐ選択しろ、このクズどもがぁ!!」


「ぎゃああああ! な、何、朝からキレてんだぁ?!」


「わ、わ、たんま! タンマ! 起きるから、そのロッドしまって!」


「ふぅ、まったくもう。二人とも、お寝坊さんなんだから(はぁと)」


「いやアリス、そこでハートマーク飛ばされても、反応に困るわ」


「んで何? 何があったの?」


ようやく起きる気になったリュウヤとモトスに、アリスは真剣な顔を向ける。


「二人とも、昨日あった連中、覚えてる?」


「昨日? ああ、あの迷宮の中で会った?」


「トライパー? いやトランザーだったかな? あのちょっと高飛車な」


「そうそう、そいつらよ」


「あいつらがどうしたんだぁ? わざわざ俺達起こすような――」


「行方不明者ってことで、掲示板に挙げられてる」


「「 はぁ?! 」」


三人は、急いで“行方不明パーティ一覧情報”の掲示板を見に向かう。

アリスの言う通り、確かに「トランザー」の六人の名前が掲載されていた。


「どういうことだ? 昨日あいつらと会ったのは……」


「七階層への階段のすぐ近くだ。それに、彼らは帰還途中だった筈」


「時間も、日付が変わったかどうかって頃でしょ?

 だって、あたし達が八階層まで行って戻って、それで午前三時だったし」


「じゃあ、もしかしてあいつら、あのまま地上に戻れなかったってのか?」


「ランクは27って言ってたよね。平均ランクもそのくらいか。

 六階層以上で遭難するようなランクじゃあないね」


「それにね、あいつらだけじゃないのよ。

 ホラ見て、今回、やたら多いのよ」


「に、二十組?! おいおい、どうなってんだ?」


「でしょ? いつもならせいぜい五組か六組くらいだし」


「尋常ならざる事態ってとこだね。

 これは、迷宮内で何か起きてるに違いないや」


もし、迷宮探索中で行方不明扱いのパーティと遭遇した場合、その情報は「ギルド」と呼ばれる冒険者情報一括管理機関(組合)に報告する義務がある。

三人は早速ギルドに向かい、「トランザー」との遭遇報告を行った。


色々あり、ギルドを出たのは昼過ぎになった。

すっかり空腹になった三人は、いつものように「ジントニ」で昼食を摂ることにした。


無言のままそれぞれの昼食を食べ終えると、三人は同時に、店長の方を見た。

だが、店長は忙しそうに動き回っており、とても話が出来そうな状況にない。


「リュウヤどうする? 今日は」


「どうって、行くしかないべ?」


「あんなに行方不明者出てるのに?」


「だからって、俺らまでビビってちゃ意味ねぇじゃんかよ」


「アリスは、この人数で挑むのはどうかって言いたいんだよ」


「そうそう!

 同時に二十組も行方不明になるような事態が起きてるんだから、

 やっぱり用心はしていきたいじゃない」



「二十組じゃない、二十五組だよ」



と突然、アリスの背後から、落ち着いた男性の声が響く。


「待たせてしまったね、三人とも」


そこには、薄緑色のローブを纏い、優しげな笑顔を浮かべた長身の男性が佇んでいる。

長い黒髪を手で払いながら、男性は三人を見つめた。


「ザウェルじゃねぇか! 今着いたのか?」


「久しぶりだね、ザウェル!」


「わ~♪ ザウェルぅ☆ 会いたかった~♪」


ザウェルと呼ばれる男性に、アリスが抱きつく。

少し困り顔になったザウェルは、頬を掻き、はにかむ。


「って! ザウェル、さっきなんてった?」


「二十五組と言ったのさ。さっき、追加で更に五組増やされたよ」


「うっぇ! 絶賛増加中ってこと?」


「そのようだね。それで、君達の今の動きは?」


リュウヤは、ザウェルにこれまでの流れを説明する。

事情を聞くと、ザウェルは長い黒髪を軽くはね上げ、凛々しい眉を潜めた。


「ひとまず、迷宮内に広まっている情報を集めよう。

 もしかしたら、地上とは違う情報が流布しているかもしれない」


「ってことは、二階の――」


「“ドラゴンズネスト”に行くのか……ぐえ」


「大丈夫、店の代金は私が支払うから、心配はいらないよ」


「あ、いや、そうじゃなくてさ」


「どうしたんだい? 三人とも?」


ザウェルは、変わらぬ優しい表情で三人を見つめる。

だが三人は、揃ってテーブルに突っ伏した。

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