第3話 クロノスの針-3

 ネウ・テンリブ。テンリブ連合が暗黒大陸の沿岸部に作った開拓都市。周囲を鉄の土台の上に、レンガを乗せた壁に囲まれたそこは、ほぼ円形に近い形をしていた。三角州地帯をまたぐように作られているため、三角州ごとに輪島が形成されているため、街の中にさらに街があるような感じだ。輪島は小さなものも合わせると、10近くになるが3つ大きな輪島を中心に、衛士区、中央区、港区の3つの区に分かれていた。

 輪島ごとに多少の違いはあるものの、一般的に、建材としてよく使われている煉瓦をふんだんに取り入れた、焦げた赤色の街並みに、レンディムの大通の2倍はあろうかと言う大通り。しかも馬車や竜車、ルーン自動車が素早く通れるようにと、ある程度幅のある道は、全て石で舗装されている。そして、機能性を重視したために、武骨になった、河や水路に幾本もかけられた橋たち。とにかくこのネウ・テンリブという街は整然としていた。


 普段から多数の船が出入りをし、ネウ・テンリブで一番活気がある場所、港区最大の輪島、ネウ・テンリブ港。付近の輪島には公式、非公式問わず多くの市場が立ち並び、船でやってきた人たちに寝床を提供する宿屋、娯楽を提供する歓楽街としての役割を果たす港区。正規兵や傭兵のために急造された掘立小屋や、彼らに武器や防具を提供する工房が立ち並ぶ外壁近くの衛士区、そして市役所やギルドがあり、この街の運営をしていく都市機能が集約された中央区。確かに、衛士区、中央区ともに決して閑散としているわけではないが、ネウ・テンリブ港含む港区には他の2区とは違った、武骨で整然としたネウ・テンリブには似つかわしくない、華やかさがあった。

 その日のネウ・テンリブ港は、開港以来最もにぎわっているのではないか、というほどの活況ぶりを呈していた。テンリブ連合本国からの、大人数傭兵受け入れだ。本国上層部は、派遣登録によって、だれが傭兵としてネウ・テンリブに送られたかは認知しているが、しかし、ネウ・テンリブのどこに誰を住まわせるということについて、一切手が回っていない状況だ。それほどまでに、本国上層部が今回の派遣を急ピッチで進めたということだ。確かに、指名依頼と言う形で派遣が決まった一部の傭兵団には、衛士区の小屋が無償で与えられていたが、その他の多くの傭兵団は、自分達でその日の寝床を決めなければならない状況だった。

 そんな彼らを、自分達の貸宿に引き込もうとする、宿屋の者達がネウ・テンリブ港に押しかけているのだ。現状、テンリブ連合の暗黒大陸における開拓状況は、ほとんど未着手と言っても過言ではない。ネウ・テンリブ周辺の危険生物である、魔物を間引きしただけに過ぎない。今後、開拓が進むにつれて、傭兵団は前線の開拓村などに順次移動していく事になるだろうが、少なくとも1年は、ネウ・テンリブにとどまって活動するだろうことが、ほぼ確定していた。つまり、ネウ・テンリブ港に降り立った傭兵たちは、宿屋に1年近く滞在し、収入も安定することがほぼ確約されている、いわば上客の集まりであった。傭兵団を自分達の宿屋に引き入れるために、見目麗しい女を派遣した宿屋、人目を引くように普段絶対に着ないであろう、奇抜な格好をする者、少し高い台の上に立って、手品などを披露する者。そこに便乗するようにどこからともなく現れる、屋台たち。宿の客引き合戦と言うよりは、むしろ祭りの様相を呈していた。


「全く以てくだらない」

 そんな祭りのバカ騒ぎから少し外れた場所、荷物の仮置き場に指定されている倉庫の前で、骸骨面を顔につけた男が苛立たし気に呟いた。構成人数4人の最小傭兵団の不死兵団を束ねるレーリック・ディアーである。


「博士はなんでお祭りきらいなのー?」

 そう言うのは、亜麻色の髪を短く切りそろえた幼子、リューフィである。大人しく地面に座って、石の間を這う小さなトカゲを捕まえようとしているが、客引き合戦のお祭り騒ぎが気になるのか、視線をしきりにそちらに向けている。


「団長、あそこでどっかに捕まっておかないと、今日の宿見つからなくないですか?」

 レーリックの隣に立ち、そう言いながらレーリックの腕をつかむ白髪の少女、リャス。しかし、彼女がいくら引っ張っても骸骨面は動こうとしない。


「はぁ」

 そのうち、リャスも頑固者を引っ張るのを諦めたようで、ため息を一つつき、隣のレーリックと同じように壁にもたれかかるようにして立ち、眼前に広がる海を眺め始めた。


「ん......?おい、マティはどこに行った?」

 骸骨面がふと呟く。確かに、倉庫前でたむろしているのは3人だけ、金髪の男、マティ・オールドはいなかった。


「マティなら、あっちいったよ?」

 足元からの声に、レーリックとリャスは、リューフィの方を見た。そして、2人してため息をついた。リューフィは、頭上の2人の反応に少し戸惑ったように、首を傾げたが、直ぐに足元のイモリに意識を戻した。


「団長、団長としてマティ君を探しに行くべきだと、私は思います」


「貴様、この前も似たようなこと言っていたがな。よっし、こうしようじゃないか。リャス団員、貴様がマティを探してこい」


「いえ、合理的な判断の結果です」

 いつもなら、ここで煽ってくるのだが、とレーリックは心の中で思いながら、合理的という言葉につられて、先を促する。


「団長に、リューフィの面倒が見られますか、いえ無理でしょう?だって団長なのですから......だって団長なのですから!故に!ここで、不肖私、リャスがリューフィの面倒を見ていますから、どうぞ、存分にマティ君を探しに行ってください」

 大仰な身振り手振りを交えて力説する白髪の少女、心なしか、勝ち誇ったようなどや顔をしている。


「まず第一に、貴様、俺だからという理由でリューフィのお守りが出来ないと言っただろう!そう言っただろう!貴様に、俺が子どものお守りが出来ないと証明する手段はあるのか?なかろう?そうであろう!次に!俺は貴様が一度たりとも、リューフィのお守りをしたところを見たことがないぞ!嘘は良くないぞ、リャス!そして、最後にだ、別にわざわざ探しに行かなくてもいいだろう!?どうせ、マティの奴の事だから、そのうち戻ってくるだろう。よし、論破だぞ、論破!ハハハ!どうせ貴様如きではこの俺には勝てないんだよ、残念だったな!」

 まくし立てて言い、勝ち誇って高笑いをする骸骨面、その外見は滑稽さよりも不気味さが勝っているようだった。


「博士とリャスは仲がいいなー」

 ギャーギャーと、浅ましく互いを煽り合う2人の声を背に、イモリの顔を指でつつきながらそんなことをリューフィは呟いた。


「お?マティだ」

 再びお祭り騒ぎが気になったリューフィの目は、色とりどりの果物を持ってこちらに駆け寄ってくる、金髪の好青年を捉えた。



「いやぁ、すみませんねぇ。うちもいっぱいでして......。あっそうだ!あちらに見えます、あ、そうです。あの少し窓にへこみがある宿屋。あそこの主人は義理堅くてですね。多少部屋に余裕がなくても安く貸してくれますよ」

 その声と共に、扉が閉じられる。いかにも商人らしい張り付けたような笑みの裏に、きっとこの忙しい時に勝手に部屋を貸せと言って、貴重な時間を奪っていったマナーのなってない傭兵に対する、耐えがたいほどの悪感情が渦巻いていたに違いない。


「4件目。マティ君、次だけどどうする?今なら、100オールで賭け直ししてもいいよ」

「いやぁ、たはは、それでお願いします。皆口をそろえて義理堅いなんて言いますからね、僕も5件じゃ無理じゃないかなぁと、ついさっき思い始めていたところです」

 金属同士が当たる子気味良い音と、共に、リャスの「毎度~」という声がやけに大きく聞こえるように感じながら、レーリックはしかし、何も言い返せずにいた。


「っくそぅ......。貴様ら、そろいもそろって笑いやがって......」

 そう言いながら、恨めし気な眼を後ろで賭け事に興じる2人に対して向ける事しかできなかった。


「団長が、『下らないぜ......ッヘ......』なんて格好つけなければ良かった話ですからね」

 宵闇が辺りを包む黄昏時。輪島の中は周囲を壁で囲まれているために、暗くなるのが早い。街の街灯が着き始め、ちらほらと大きな笑い声が聞こえ始める時間帯。街を行きかう者達が、楽し気に初めての晩餐をどうしようかと話し合っている中、不死兵団は、未だに宿をとりあぐねていた。


「......」

 下からの無言の圧力が、周囲に充満するおいしそうな匂いと共に、さらに重たくなった事を感じながらも、しかし、今のレーリックにはそれを無視することしかできなかった。


「しかし妙ですね。あそこの部屋とかは、見るからに空いていそうなきがするのですが......」

 そんな中、上を見ていたマティの言葉を、贄を求める獣の如き無言の眼圧から逃れたかった哀れなる団長は聞き逃さなかった。


「まあ、大方あれだろう。傭兵団は長期滞在が確約されている......謂わば上客だ。不公平を無くす目的と、普通の......あー。商人とかだな。そう言った者らが泊まれるように余裕を残しておくと言った意味合いもあるのだろうな」

 言い切り、ここ最近で一番頭の回転を速くした自信があるレーリックは、ある種の達成感にその身を浸していた。


「はぁ......団長の格好がもうちょっとマトモだったら......」

 大げさに落胆のジェスチャーをするリャス。


「あ"ぁ"?おい白いの、貴様も自分を鏡で見た方がいいと思うぞ」


「私は、まだまだ傾国の美女で通るじゃないですか。でも、団長は一歩間違えれば、アンデッド系の魔獣ですよ!?ハンターの討伐対象ですよ?」


「どこが傾国の美女だ。おいマティ、貴様もそう思うだろう?」


「いや、マティ君なら、私の溢れんばかりの美しさを解ってくれますよ。だって普通だから。ですよね、マティ君」

 遂にトカゲを解体せんと、ナイフを取り出したリューフィに何かを教えるように、一緒に地面に座り込んでいるマティに矛先が向かう。


「え、いや......その......ですね......はい」

 普段から微笑を浮かべ、感情をあまり表に出さないでいるマティであったが、この時ばかりは困ったように目を泳がせながら、焦っていることが明白であった。


「おい、団長たるこの私か、あそこの白いのか。どっちが正しいと思うんだ?」

 そう言いながら手を懐に忍ばせるレーリック。回答を間違えれば何か出てくることは明白であった。


「マティ君分かってる。大丈夫だよ、こんな団長のからの圧力なんて、私が守ってあげるから」

 そう言いながら、手首をほぐすかのように回し始めるリャス。顔は笑っていたが、その澱んだ瞳は、いつも以上に淀み沈殿しているように見えた。


 しばらく、2人を見て震える唇でマティは決断をした。

「あの......僕は.....あの。リャスさんは......美しい方だと思っていますよ」

 そう震える声で言い切ったマティは、心なしか重心が後ろに下がっているようだった。まるで、遠距離武器による射撃を防ぐかのように。


「あ、おい貴様。俺なら生き残れるってそう思いやがったな!」

「マティ君、私は信じていたよ!」

 2人の反応は正反対の物だったが、間もなく足元から聞こえたリューフィの「お腹すいたー」に2人とも夢から覚めるように、真顔に戻った。


「とりあえず中央区を回って衛士区に行ってみようじゃないか」

 衛士区ならば、商人同士のようなしがらみもないだろうと、予想したレーリックはそのように提案する。


「えぇ。それがいいと思います。我々で先に行って、リャスさんとリューフィさんは、何か食べてから来てもらうというのはどうでしょう?」

 その提案に付け足すようにマティが提案する。事実、リューフィは、何か食べなければいよいよ手の中で痙攣している首なしのトカゲを食べてしまいそうな勢いだ。


「そうだな.....。おい、リャス、リューフィのことを任せていいか?」

 そのように、隣にいるリャスに問う。


「はい、おま「おいちょっといいか?」」

 しかし、リャスの言葉は男の言葉によって遮られた。


「お前たち、宿なしだろ。良かったらウチの宿に来ないか?空きがあるんだ」

 そう言って声をかけてきた不健康そうな、目の下に隈を作った男の言葉は、4人にとって、少なくともレーリックにとっては神の啓示の如き輝きを持っているように感じられた。


「リャスさん、まだ賭けなおしの宣言してませんでしたよね。お金、受け取りましたよね」

 後ろで賭け事をしている2人には、少なくとも金髪には後で制裁を加えようと心に決めた。

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明暗の嶺上にて @Gaen

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