第7話 醒めよ日本の朝ぼらけ
白い靄の中を一筋の陽光が差した。
それは、天照大神が降臨したかの様だった。
靄が澄、磯部以下7名の姿が俗界と聖界との掛け橋に浮かび上がった。
元2等陸佐 磯部潤一
1等陸尉 加藤秀哉
1等陸尉 千葉穂高
3等陸尉 岡島卓人
1等海尉 朝長俊太郎
2等海尉 西岡悠希
2等空尉 山﨑晃弘
その中に、近藤の姿は無かった。
磯部が、腕時計に目を落とした。
色黒の朝長も、腕時計を見た。
坊主頭の加藤が、天を仰いだ。
ノッポの西岡が、小柄な山﨑を見た。
山﨑は、首を傾げた。
童顔の岡島が、千葉を見た。
千葉は、唇を噛みしめた。
再度、磯部が腕時計に目を落とした。
7人は、俗界で立ちつくしていた。
千葉が、腕時計に目を落とし顔を上げた。
そこには、小さく一人の男の姿があった。
その男は桜が舞う中、ゆっくりと歩いて来る。
千葉が、叫んだ。
「駆け足! 前へ進め!」
その男は、速足となりそして駆け出した。
磯部が、腕時計に目を落とした。時計の針は7時29分50秒。
千葉の前に息を切らせた近藤が立った。
千葉は近藤に、
「お前 それでも自衛官か! 5分前の精神 忘れたのか!」
近藤が息を切らせて微笑んだ。
「相変わらずマイペースだな」
と、千葉も微笑んだ。
近藤は千葉に、
「やっぱり 部下の事を思うとな」
「それは ここにいる皆 一緒だ」
近藤は微笑み、
「そうだな もう 俺は逃げん ストレート勝負だ」
先任の加藤が号令をかけた、
「気をつけ!」
6人は、姿勢を正した。
そして、加藤は磯部に脱帽時の10度の敬礼をして、
「報告します! 総員7名 事故なし! 現在員7名 集合完了!」
桜吹雪の中、男達は俗界から聖界へと橋を渡って行った。
その時、対岸の木の陰から望遠レンズ付きの一眼レフカメラを構えた一人の男の姿があった。
昭和10年1月。
安藤は、第6中隊長に着任した。
「諸君 おはよう! この度 この名誉ある殿下中隊の中隊長を拝命して 私は心の底から感激している
そして 天皇陛下から大切な諸子をお預かりすることに対し言い知れぬ責任と喜びを感じるものである
諸君 誠に不徳未熟な男だがこの中隊長を助けてほしい どうか くれぐれも宜しく頼む 中隊長としての統卒方針は軍隊における中隊の本質からして団結と士気の二つに尽きる 団結なくしては中隊の存在価値はなく 士気なくしては戦闘に勝ち抜くことは出来ない これから諸君と一心同体となって第6中隊の栄光ある伝統を守り名実ともに天下無敵の精強中隊を錬成してゆきたい」
兵の前での安藤の訓示は、決して偉ぶることはなく、自己の性格をそのまま表現したものだった。
「重ねて この中隊長をよろしく頼む!」
安藤は、在隊者の経歴、身上を徹底的に頭に叩き込んみ、積極的に部下の話しに耳を傾けた。軍隊における中隊長が親である以上、それが百人以上の部下であろうと、一人一人の名前を勿論、その身上を具体的に知っておくことが、すべてに優先すると安藤は信じていた。
その安藤の一途で爽やかな人柄と細やかな部下への思いやりは、全将兵の心を掴んで行った。
そして、いつしか「うちの親父」と呼ばれるようになった。
安藤は中隊長として、部下達の困窮した家庭の真相を知れば知るほど、今の世の矛盾と歪みの大きさを感じていた。
「餓死 心中の寸前にある人達が大勢いるのに 権力者達は のうのうと富を増やし 私利私欲に走ってる 果たして 天皇陛下は この実情をご存じなのか! もし ご存じならばこんな状態を放置せれるはずはない! 純粋素朴な兵達が心置き無く奉公が出来るような世の中にせねばならない それには陛下を取り囲んでいる黒雲を排除しなくては・・・ それには 昭和維新しかない!」
深夜、兵舎を見ま回った安藤は兵達の寝顔を見て歌った。
汨羅べきらの淵に波騒ぎ
巫山ふざんの雲は乱れ飛ぶ
混濁こんだくの世に我れ立てば
義憤ぎふんに燃えて血潮湧く
拝殿へ向う千葉が歌った。
天の怒りか地の声か
そもただならぬ響あり
民永劫えいごうの眠りより
醒めよ日本の朝ぼらけ
醒めよ日本の朝ぼらけ・・・
ひらひらと桜の花びらが男たちに落ちて行った。
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