第8話 世は一局の碁なりけり

警察庁並びに各都道府県警察には、公安部門がある。

俗称、公安警察。

その目的は、「公共の安全と秩序」を維持することである。

その対象は、外国政府による対日工作、国際テロリズム、極左暴力集団、朝鮮総連、日本共産党、社会主義協会、学生運動、市民活動、新宗教団体、右翼団体など。


その中に、自衛隊監視班 通称 マル自と言う組織が存在する。

なぜ、内閣総理大臣が最高指揮官である防衛省自衛隊が同じ内閣総理大臣の所轄の警察庁に監視されてるのだろうか。

それは、武力を有する自己完結型の実力組織であるからだ。

警察は、戦前に起きた515事件や226事件の様な自衛隊によるクーデターを警戒し、自衛隊内部の「右翼的な思想を持つ隊員」を常に監視している。

現に、終戦記念日に靖国神社に訪れる自衛官はマル自によって顔写真を撮られている。



望遠レンズは、鮮明にこの男達を捉えていた。


戦後、自衛隊によるクーデター計画は幾つかあった。しかし、そのどれもが結局は実行されずに消滅している。


実は、今の日本国憲法にはシビリアンコントロールにかかわる規定はない。


第九条

日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。


と、憲法第9条は「戦力」を持たないと明記している。「戦力」すなわち「軍隊」が無いのだから、その軍隊を統制するための仕組みが必要がないからだ。だだ、66条2項で大臣について文民規定を設けている。これによって国会が、「文民統制の要」となっている。防衛省は訓令で、武器使用などの部隊行動基準を文民である防衛相の承認事項としている。これにより、防衛相は緊急事態で自衛隊が取る行動をあらかじめ把握し、時に厳しく抑制することも可能としている。


この年、憲法改正の議論が加速度的に動き出していた。総理も、憲法改正に並々ならぬ意欲を露わにしていた。それは、自衛隊を憲法に明記する事により正式にシビリアンコントロールの規定をつくり文民の統帥権をより強力なものとすると言うものだった。

しかし、相次ぐ閣僚、官僚の不祥事、機能不全に陥っている野党。この無能な文民の統制下で、もし、有事が起こればどうなるのか。

戦争と言う非常にデリケートで取り返しのつかない事態において、先の震災の様な「想定外だった」「初めてのことだった」と言った言い訳は通用しないのだ。

割を食うのは、生死を賭けた前線にいる自衛官である。


彼らが決起した趣意は、ここにあった。

憲法9条を尊ぶ世論の中、戦前の様な軍の暴走など考えられない。今は軍の暴走ではなく国民の代表者である政治家の暴走である。保身と私利私欲に走る閣僚、官僚の腐敗である。

東アジア情勢が重大な局面を迎えている今、真に国を憂いこの暴走を阻止する為に行動を起こし社会に衝撃を与え、世論を動かし、天皇陛下の大御心を仰ぎ、内閣総辞職、解散総選挙と言う流れを作り、清廉潔白で真に国を憂うる政治家の台頭、そして有事に備えてた統帥権の独立が目的であった。


彼らの役割は、ただ日本国に衝撃を与えることだけにあった。

それは、正に捨石。

一か八かの賭けであった。



深々と降る窓の外の雪。

安藤が呟いた。


「これは、博打なのか・・・」


ああ人栄え国亡ぶ

盲たる民世に踊る

治乱興亡夢に似て

世は一局の碁なりけり


世は一局の碁なりけり・・・





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