明日と昨日と今日と前世と

長田茜

いつかの記憶

拝啓100年後の僕へ。


元気ですか? しっかりと刑務官の仕事を果たせていますか。

まだ「前世」が重んじられていますか。


もしまだ前世制度が続いてしまっているのなら、ひとつだけお願いがあります。


どうかこの風習を変えて欲しい。

僕の来世なら、僕が成し遂げられなかったこともきっと出来るはず。

変なお願いですが。


どうか、

どうかよろしくお願いします。


前世制度の元凶は÷○|*+€|*×*




​───────​───────​────


重厚な扉の前に立つと、子供の頃怒られた時に地面が歪むようなあの感覚に陥った。

ここがヴァルス刑務所。 今世紀最大の犯罪者がここにいる。

……そうはいっても前世が今世紀最大の犯罪者なだけで当の本人は犯罪を犯してないんだよな。

当たり前の事だけど。


数日前家に送られてきたキーカードを門の隣のパネルにかざす。

ピピッと機械的な音がなりガシャンと門のロックが外れた。

門を開くと大きな庭があった。

とりあえず入る前に受付に本人確認を済ませなければならない。


「あのー…今日から刑務官としてここで働かせていただくものなんですが」


「お名前をお願いします」


「ライラ、スペクト・ライラです」


「少々お待ちください」

新入刑務官はどうしても囚人から舐められがちなため就寝時間すぎ、つまり夜11時以降の入館となる。

誰もおらず静まり返った大きな囚人用の運動場は少し不気味だ。

昔から気の強い方ではなかった僕は本当は保父さんになりたかった。

大学も保育の専門学校に通った。

21になり大学卒業も間近となったとき親から自分の「前世」について打ち明けられた。

貴方の先祖は立派な刑務官だったのよ、と。

別になんの感情も抱かなかった。ああ、僕が大学で過ごした4年間はただの無駄になって、これからまだ勉強して刑務官になるんだなと思っただけ。

僕が保育士になりたいと言った時なぜ止めてくれなかったのかと聞いたら前世を知るのには司教様からの通達が無いと知れないって話だった。国民一人一人の前世を調べなきゃいけないなんて司教様も大変だ。でも司教様が死んだら別の人間が司教様になるのだろうか。 そりゃそうか。前世があるんだもんな。

前世のことを考えると頭がこんがらがってくる。それは国民全員がそうだ。だからみんな思考は停止させてる。僕もそうだし、きっと司教様もそうだ。とにかく前世は絶対で、前世に従うのは当たり前の事なのだ。


「スペクト・ライラ様」


「あ、はい」


「入館が認められました。刑務官NO.652です。まずは館内に入って中央管制室に向かって下さい。 」


「分かりました」


二重にも三重にも重なった鍵が複雑な音を立ててガシャガシャと開いていく。


鉄ドアの隅に付いている小さなモニタに『OPEN』の文字が浮かび思っ苦しい音を立てて扉が開く。

司教様はここの礼拝堂にいるらしい…が、正直会うことは出来ないだろう。この国では司教様というのは米国の大統領、日本の天皇、それくらいの存在なのだから。

ま、もし機会があればどうやって前世を知ってるのか教えてもらいたい。


「中央管制室…ってどこ」


中央管制室に向かってください、と言われてもそんなの分からない。

廊下はこんなに?ってほどくらい。

小学生のころかくれんぼで見つけてもらえなかったあの一件以来僕は暗いところが大嫌いになってしまった。

案内くらいくれたっていいじゃないか…



ガタンッ

「やばいお前なにしてんだ!」

「…帰っていいすか」

「あいつとろそうだからバレてねぇだろ…」




………バレてないわけないだろ。

怖い。怖すぎる。夜の11時過ぎだぞ?いや怖い。夜はこれだから嫌いなんだ。俺の前世様、なんで刑務官なんかに…

頭をフル活用させて学生時代学んだ事を瞬時に思い出す。


脱獄者?

こんな夜中だから脱獄者か

だったら誰?

いやそんなの俺が知るか

刑務官になった以上は…


「おい!…誰…ですか…!」


何故か敬語になっちゃったし。

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明日と昨日と今日と前世と 長田茜 @Kou0527ta

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