八雲side

花火大会へのお誘い 竹下さん編

 小学校の授業が終わった放課後。僕、八雲は帰路についていた。

 今日は竹下さんも一緒に帰っている。二人で並んで歩きながら、もうすぐ始まる夏休みの予定について話をしていた。


「八雲くんはこっちに引っ越してきてから初めての夏休みだよね。何かやりたいこととかあるの?」

「やりたいことかあ……内職とかかな?」


 前にテレビで見たけど、小学生の僕でもできるような、家でやる内職の中には意外と稼げるものもあるらしい。

 姉さんに頼んで申し込んでもらったら、休みの間中働いて家計を助けることができるだろう。だけどこれを聞いた竹下さんは困った顔をする。


「そうじゃなくて、どこかに行きたいとか、何かして遊びたいとか。たぶんだけど、夏休みの間内職をしたいなんて言ったら、皐月さん良い顔しないと思うよ」

「そうかも。けど、姉さんの方は毎日バイトを入れるだろうし。僕だけが遊ぶのも気が引けるし」


 けど竹下さんの言う通り、姉さんが反対する姿は容易に想像できる。自分は働いているのに、きっと僕にはもっと遊べって言うだろう。僕だって、何もできない訳じゃないのに。


「でもね、八雲くんがお手伝いばかりしていたら、皐月さんますます働くようになっちゃうんじゃないかな?八雲くんに負担をかけたくないって」

「それは……そうかも」

「きっとそうなるよ。八雲くんと皐月さん、考えることは同じなんだもん。本当によく似てるよ」

「まあ、姉弟だからね」


 そう答えたものの、似てるかな、とも思う。性格が全然違うってもよく言われるし。姉さん、色々とパワフルだからなあ。


「ねえ、いっそ八雲くんから皐月を誘ってみたら?どこかに遊びに行きたいから連れて行ってって」

「ああ、それならもう頼んである。今度ある花火大会に、一緒に行くことにしてる」

「そうなの? 良かったじゃない」

「けど僕としては、基山さんか鞘さんと二人で行ってほしかったんだけどね。そのつもりで話を始めたのに、どう勘違いしたのか皆で行くことになっちゃって」

「……何だか、皐月さんらしいね」


 困ったような笑いを浮かべる竹下さん。どうやら姉さんの鈍感さは、ちゃんと分かっているようだ。

 だけどここで、何かに気づいたみたいに笑うのをやめた。


「ねえ、皆でってことは、もしかして霞さんも一緒に行くの?」

「ええと……たぶん。姉さん、誘ってみるって言ってたし」


 とたんに、竹下さんの表情がパアッと明るくなる。そして目を輝かせながら、食いぎみで言ってきた。


「八雲くん、皐月さんのことも大事だけど、霞さんのこともちゃんとエスコートしなきゃダメだよ」

「エスコートって、別に二人で行く訳じゃないし。今回は基山さんや鞘さんのサポートに回ろうかと思ってるんだけど」


 そう答えたものの、霞さんも誘うと聞いて僕も行くことを決めたんだよね。やっぱり好きな人と一緒に出掛けるとなると、仲良くできたらいいなって思ってしまう。


「でも万が一、二人きりになる事があったらその時は……」

「ちょっと待って。向こうは高校生だよ。今の僕に何かができるとは思えないんだけど」

「弱気になっちゃダメだよ!」


 珍しく大きな声で激を飛ばしてくる。普段は大人しいけどこういう話に食いついてくるあたり、流石女子だって思う。


 竹下さんはこの通り、僕が霞さんの事が好きだっていち早く気づいて、何かと手を焼いてくれているのだ。

 五歳も歳の差があるのだから、普通なら笑われてもおかしくないけど、こうして応援してくれるのは素直に嬉しい。



「あーあ、私も行けたら、何か手伝えるかもしれないのに」

「だったら、竹下さんも一緒に行く?」


 竹下さんなら、一緒に行っても問題ないだろう。姉さんも誘ったらって言ってくれてたし。


「え、いいの?でも、行くのって皐月さんの友達がほとんどだよね。私が行って、邪魔になったりしないかな?」

「それなら僕も同じだよ。それに行く人はほとんど、竹下さんも知ってる人だから」


 一緒に行くのは、基山さんに鞘さん。5月にあった義姉さんの誕生会で、竹下さんとも面識のある人達ばかり。あの時は馴染んでいたし、きっとみんな竹下さんなら良いって言ってくれるよ。


「それじゃあ……お願いできる?」

「もちろん。今日姉さんに話してみるよ」


 姉さんのことだから、きっと二つ返事で承諾してくれるだろう。そう思いながら笑みを浮かべたその時……


「水城と竹下、子供だけで花火大会行くのかよ。不良じゃねーか」


 不意に不機嫌そうな声が聞こえてきた。驚いて声のした方に目をやると、とたんに竹下さんは身をすくめる。


「犬塚くん……」


 そこにいたのは、隣のグラスの犬塚くん。竹下さん前に彼に苛められていたから、未だに苦手意識が残っているのだ。


「先生に言いつけてやろうか? きっと怒られるぞ」


 ニヤニヤ笑いながら近づいてくる犬塚くん。僕は竹下さんを守るように前に出ると、彼に言い放つ。


「そういう意地悪するの、もうやめなよ。僕はともかく、竹下さんが可哀想だよ。いくら構ってもらいたいからって、好きな子にそんなこと言うのは……」

「何が好きな子だ!? 別に好きでも何でもねーよ!」


 顔を真っ赤にして反論する犬塚くん。

 そうは言ってもねえ。態度を見ていればバレバレだし。もっとも肝心の竹下さんは半信半疑のようだけど。意地悪してくる犬塚くんが自分の事が好きだとは、にわかには信じられないのだろう。

 やっぱり意地悪するよりも、優しくした方が良いと思うけどなあ。


「そんなことよりもさっきの話だ!子供だけで花火大会に行っちゃダメだって、先生だって言ってただろ!」

「子供だけじゃないよ。僕の姉さんやその友達も一緒なんだから」

「お前の姉ちゃん、高校生って言ってなかったか? 子供じゃん」

「でも、問題無さそうなこと言ってたよ。それに、電車料金は大人だし」

「酒飲んだり、タバコは吸ったりはできないだろ。子供だよ子供」


 頑なに引こうとしない犬塚くん。すると、黙っていた竹下さんが声をあげた。


「止めて。八雲くんに意地悪言わないで。それにそんな言い方皐月さん……八雲くんのお姉さんに失礼だよ!」


 普段はおとなしい竹下さんだけど、どうやら犬塚くんの物言いには我慢できなかったらしい。思わぬ反撃を受け、犬塚くんはたじたじだ。

 けど、だからといって謝る気は無いらしい。


「な、なんだよ。俺は悪くねーぞ」

「竹下さん落ち着いて。そうだ犬塚くん、何なら一緒に来ない?」

「は、一緒に?水城や竹下と?」

「そう。竹下さんはそれで良い?」

「……八雲くんが言うなら」


 ちょっと複雑そうだったけど、何とか頷いてくれた。

 犬塚くんは理由をつけて突っかかって来てるけど、本当は竹下さんと遊びたいのだろう。ほら、思った通り目を輝かせて、幸せそうな顔になる。

 けど、すぐにハッとしたように目を見開いた。


「だ、誰がお前らなんかと行くかよ!」

「意地を張るのはやめなよ。本当は行きたいんでしょ?」

「てめえ、いい加減な事を言うなッ!」

「わっ!」


 犬塚くんは顔を真っ赤にして、胸ぐらを掴んできた。

 しまった。もうちょっと言葉を選ぶべきだった。


「八雲くん!? 犬塚くん、止めて!」

「うるせえ、ぶん殴ってやる!」


 竹下さんが止めるのも聞かずに、どこかのガキ大将みたいな事を言って腕を振り上げる。

 生憎僕はケンカは苦手だ。出来れば穏便に済ませたいけど、動きが封じられているし、逃れる術はない。拳骨が落ちてくることを覚悟し、目を閉じた。


 ……おかしいな?

 てっきりすぐ殴られると思ってたのに、中々痛みが襲ってこない。不思議に思って目を開けてみると……


「ーーッ、姉さん!」


 そこにはなぜか、振り上げた犬塚くんの手を掴んだ、姉さんの姿があった。そしてその顔は例えるなら……鬼のような形相をしていた。

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