基山の悲劇

 八雲の名誉は私が絶対に守る。そんな思いを胸に、女子達を引き連れて基山の元へとやって来た。

 基山は席について、西牟田と昼食をとっているところだった。そしてさらにその隣には、鞘の姿もあった。

 基山と鞘、最近仲がいいみたい。吸血鬼同士、やはり気が合うのだろうか?

 おっと、それよりもまずは本題に入らないと。


「基山、ちょっといい?」


 声をかけると基山は椅子に腰かけたまま、体をこっちに向けてくる。


「水城さん、何……っ!」


 途端に基山の顔がひきつる。どうやら後ろにぞろぞろと引き連れている女子達を見てビックリしたようだ。

 女子アレルギーだからねえ。まあいいけど。


「今時間いい?ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「聞きたいこと?」


 首を傾げる基山。すると横にいた鞘がこっちを見てくる。


「もしかして花火大会のことじゃないのか?八雲が行きたがっていたっていう」

「いや、それじゃないんだけどね」

「それじゃあもしかして、今日は帰りが遅いから、八雲の面倒を見るとかそういう話?」

「それも違うわよ」

「じゃあ八雲が……」


 また八雲だ。八雲のことばかり言うのがおかしいのか、後ろからはクスクスと笑う女子の声が聞こえてくる。


「何で八雲のことばかりなのよ。私ってそんなに八雲の話ばかりしてる?」


 途端にさっと目を反らされた。何よその反応?


「自覚無いの?水城さんの方から基山に声をかける時って、大抵八雲絡みだから」

「西牟田まで……」

「まあまあ皐月、事実なんだからしょうがないじゃない」

「今回だって、弟君のために聞くんでしょ」


 まあそうなんだけどね。とは言え皆が私の頭の中には八雲のことしかないように思ってるみたいなのは釈然としないけど。まあ細かい事は、今は置いておこう、それよりも。


「ねえ。前に基山の部屋に行った時に見たけど、たくさん本持ってたっわよね」

「まあ何冊かは。水城さんの部屋の半分以下だけど」


 瞬間、「部屋を行き来してるの?」と黄色い声が上がった。

 そりゃ八雲もよく基山の所に遊びに行ってるし、息きはある方だと思うけど……って、問題はそこじゃない。重要なのはここからだ。


「その中に、ああいう本はあるの?」

「ああいう本って?」

「だからあ……」


 私はゆっくりと、件の本の名前を口にして……


 ガタンッ!

 あ、基山が椅子から崩れ落ちた。


 いや、過剰に反応したのは、基山だけじゃない。鞘と西牟田は、ギョッとした顔で私を見てくる。そして基山は床に尻餅をついたまま、青い顔をしている。


「な、な、何でいきなりそんなことを聞くの!?ダメだよ女の子がそんなこと言っちゃ!」

「おい皐月!お前はいったい何を考えてるんだ!」


 鞘が割って入ろうとしてきたけど、邪魔しないでよ。こっちは大事な話をしてるんだから。


「鞘は黙ってて! 基山、いいから答えてよ」

「そもそもどうしてそんなこと聞くの⁉」


 それは説明すると長くなるから割愛しよう。大事なのは八雲の名誉が傷つきかねないと言う事なのだ。


「お願い、八雲の為なの」

「何でこれが八雲の為になるのさ⁉ はっ、もしやよくうちに遊びに来る八雲に、僕がそんな物を見せてると疑っているとか?」

「はあ?基山そんなことをしてたの?アンタって奴は……」


 基山は違うって信じていたのに、何をやってるの⁉ こんな奴に八雲を汚されてしまったのかと思うと怒りが込み上げてくる。今まで生きてきた中で、こんなにも非道な行いは聞いた事が無い。

 怒りで肩を震わせていると、話を聞いていた女子達にポンと背中を叩かれた。


「まあまあ、基山君も男の子なんだしさ。これくらい許してあげなよ」

「許されるわけ無いでしょ! よくも……よくも八雲に……」


 八雲、ごめんね。

 基山がそんな奴だとは知らずに、大事な弟のことを任せたのが間違いだった。怒りが頂点に達した私は、さっきまで基山が腰かけていた椅子に手を伸ばす。


「誤解だよ。僕はそんなことしてないって! だからその振り上げた椅子を早く下ろして!」

「基山の頭に降り下ろせばいいの?」

「普通に床に下ろして! 僕は無実だから!」


 声を震わせながら、必死になって訴えてくる基山。騒ぎが大きくなりすぎた為か、教室にいた関係の無い人達まで一様に私達を注目している。


「どうした? いったいなんの騒ぎだ?」

「よくわからんが、どうやらまた水城が基山をイジメているらしい」


 なによ人聞きの悪い。可愛い弟を守るための当然の行為だ。ていうか『また』ってなによ『また』って?

 椅子を振り上げたまま、言った奴を睨み付けて黙らせてやった。


「それで、本当に八雲に変な物は見せてないわけ?」

「見せてない! そもそも持っていないから! 産まれて今まで、一度たりとも見たことないから!」


 涙目で必死になって訴える基山。それを見て、スッと熱が冷めてきた。

 ああ、うん。そういえばそうだよね、基山だし。つい興奮して我を忘れちゃったけど、よく考えたら元々そんなのを見るような奴じゃないって思ったから、こうして訪ねたのだ。


「本当に本当ね?もし嘘だったら、その口にニンニクをぶち込むからね」

「心臓に木の杭を刺してもいい! だから信じて!」


 よーし、自己申告ではあるけど、ここは信じてあげよう。抱えていた椅子を床に下ろすと、安堵のため息をつく。


「やっぱりね。最初からそうだと思っていたけど、基山が変なこと言い出すから勘違いするところだったじゃない」

「僕が悪いの!? で、でももう信じてくれてるんだよね?」

「そりゃあね。というわけで皆、この通り見たことのない男子は実在したから、だから八雲も違うって、信じてくれるよね」


 安心した表情を浮かべる基山に背を向けて、先ほど八雲にイチャモンをつけてきた女子達に向き直る。これで八雲が彼女等の言うような子だとは限らないって証明できたかな?

 しかし振り反って見た皆の顔は、何だか不満気だった。そして、思い思いの言葉を基山へとぶつける。


「ええーっ、嘘だー!」

「基山君、皐月の前だからって格好つけなくていいんだよ。もっと正直になろうよ」


 どうやら皆、基山の答えに納得いって無い様子。ようやく疑いが晴れたと思っていた基山も、これには大慌てだ。


「本当だから!嘘なんてついてないから!」

「ええー、でもねえー」

「基山くんだって男子だしねえ。大丈夫、理解あるから、本当の事言いなよ」


 なおも納得しない女子達。すると今度は、集まっていた男子達が基山を擁護する。


「おいお前ら。あんまり基山をイジメるなよな」

「コイツの言ってる事は本当だ。信じられないかもしんねーけど、マジでそういうのダメな奴なんだ」

「ええと、もしかして本当なの?」

「「「本当だ!」」」


 声を揃える男子達に、女子達は戸惑いながらも一応納得した様子。いつの間にか周りを巻き込んでの大騒動になってしまったけど、これでようやく一件落着……と思いきや、そうはならなかった。


「アンタたち、基山君にも見せてあげなって。仲間外れはよくないよ」

「そうだよ。見ただ方がいいって」


 信じたら信じたで、今度は読むように進めてきた。途端、ようやく終わったと思って安心していた基山の顔が再び引きつる。


「読まない! あと仲間外れでもないから! 僕が見たくないだけだから!」

「見もしないでそういうのはよくないって。何ならアタシが持ってるやつを貸そうか? どんなのがいい?」

「どんなのって何!? 種類とかあるの!?」


 どうやらまだ収拾はつきそうにない。それにしても皆、大事なことを忘れてない? 大事なのは基山じゃない、八雲の事なのだ。


「ねえ、いい加減八雲の事を信じてくれた?」


 そもそもの本題はこれなのに、皆忘れちゃってないかなあ? これで八雲の名誉が守られなかったら、基山が心に傷を負っただけで終わってしまうと言うのに。するとみんなは、思い出したように、と言うか、もはや興味なさげに返事をしてくる。


「ああ、弟君ね。大丈夫、信じた信じた」

「それよりも今は基山君だよ。八雲君の事はもういいや」

「……なんか投げ槍ね。まあ分かってくれたのなら別に良いけど」


 どうやら関心は完全に基山の方にいってしまったようだ。私は八雲のことさえよければ、後はどうでも良いんだけどね。しかし……


「良くないよ!今の基山君を見て、何とも思わないの?」


 そう声をあげたのは霞。さらに。


「皐月、お前は鬼か? 弟が一番なのはいいけどよ、騒動の原因なんだから、責任もって後始末くらいはしろよな! アイツが可哀想だろ!」


 鞘が指差す先には、涙目になっている基山と、それを慰める西牟田の姿がある。


「基山、大丈夫か?生きてるか?気をしっかり持つんだぞ」

「西牟田……何なのこの仕打ちは? 僕、何か悪い事でもした?」


 悲痛な声を上げる基山。にも拘らず女子達は、依然としてやいやい言い続けている。うーん、確かにこれは良くないかも。よし、ここはひとつ、助け舟を出してあげよう。

 基山と女子の間に割って入った私は、好きかって言ってる彼女達を制する。


「ほらほら皆、もうそれくらいにして。基山が可哀想でしょ」


 いくら基山が大人しいからって、皆好き勝手言い過ぎ。これじゃあ虐めだよ。こういうのは、良くないからね。


「嫌がっているのに無理強いは良くないって。本人がヤダって言ってるんだから、もういいじゃない。セクハラ禁止ね」


 さて、これで治まってくれるといいけど。しかし、何故か皆はジトッとした目で私を見つめる。そして……


「アンタが言うなっ!」

「騒ぎの元凶が何締めてんのっ?」


 矛先が一斉に私へと変わる。私は別に、基山を困らせるつもりなんて無かったんだけどな。

 八雲のためを思って動いただけだったのに、どうしてこうなっちゃったかな?

 ぶつけられる罵声を聞きながら、首を傾げるのだった。

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