エピローグ3 かかってきた電話
皐月の誕生会を終えて、竹下を家まで送り届けた俺は、自宅で一人くつろいでいた。
自室の机に着きながら、今日の出来事を振り返る。最初基山に誘われた時は行くかどうか迷ったけど、今は行って良かったと思っている。おかげで皐月との間に合ったわだかまりも無くなったし。
それにしても、基山の奴は分かっているのかねえ。俺が皐月に近づくってことは、アイツにとっては面白くないだろうって事を。
よほどのお人好しか、気付いていないバカなのか。どちらにせよ気を使って手を緩めるつもりなんてね―けど。
そんな事を考えていると、不意にスマホが鳴りだした。急いで手に取ると、そこには通話着信の画面が。そして電話の主は。
「親父?」
これはまた意外な相手だ。両親は随分前に離婚していて、お袋に引き取られた俺は親父とは名字も違っている。
別に離婚したからといって仲が険悪という事は無く、必要な時は普通に会ったりもするし、おふくろと話している時もギスギスした感じはない。養育費の支払いだって毎月ちゃんとやっている。
しかしこうして直接俺に電話がかかってくるというのは稀である。何かあったのだろうか、確か最後に話をしたのは。
(皐月の事について聞いた時か)
近くで起きた吸血鬼による立てこもり事件。その時人質にされ、連れまわされたのが皐月だと知り、事件を担当していた刑事である親父に、その時の様子を聞いてみたんだ。まあ今回の電話がその事と関係があるかは分からないけど。
音を立てているスマホをタップして耳元に近づけると、親父の声が聞こえてくる。
「鞘か?」
「おお、突然どうしたんだよ。何かあったのか?」
「あったという訳じゃないんだがな…」
なんだか歯切れが悪いな。いつもは言いたい事はハッキリ口にするのに珍しい。
親父は暫く躊躇しているようだったけど、やがて思い切ったように聞いてくる。
「お前の学校に、基山太陽君っているだろう。この前の事件で協力してくれた、吸血鬼の男の子だ。その子と話したことはあるか?」
「基山?ああ、アイツとならさっきまで一緒に飯食ってたけど」
「友達なのか?」
「友達?友達ねえ…」
難しい所だ。アイツは悪い奴じゃないとは思うし、この間はケンカの助っ人として手を借りた。だから悪友と呼べない事も無いけど、気兼ね無しに仲良くできる奴なのかと言われると、やっぱりよく分からない。
「まあ、似たようなものか。で、基山がどうしたんだよ」
「彼に何か、変わったことは起きていないか?」
「変った事?」
そう言われても、基山と知り合ったのはつい最近だ。アイツの事をそこまで知っているわけじゃないし。けどまあ。
「特に無いかな。いたって普通だよ」
「そうか、それは良かった」
「で、どうしてそんな事聞くんだよ。何か気になることでもあるのか」
「うーん、実はな…」
急に声のトーンが落ちる。こんな声を出す時は、いつも決まって良くない話をする時だ。
「赤坂の事は知っているな。この前の事件で逮捕された吸血鬼の容疑者だ」
「そりゃあ毎日ニュースで聞く名前だからな」
「そいつが最近留置所で、激しい吸血衝動に駆られる事が多いんだよ。取り押さえようとした看守や他の受刑者が、何人か怪我をしている」
「はあ?何やってんだよ。対処は出来ていないのか?」
吸血衝動に駆られた吸血鬼は、適量の血を与えることでそれを抑える事が出来る。直接血を吸わせなくても、献血で同様の効果が見込まれるため、症状がひどくなる前に献血をするのが基本的な対処法だ。
「もちろんしたさ。だけど一向に収まらない。そうやって酷くなった時、奴は決まってこう言うんだ。あの女の血を吸わせろってな」
「あの女?まさか、皐月の事か?」
「そうだ。俺は吸血鬼じゃないからよくは分からないんだが、どうも彼女の血は他とは違うらしいじゃないか」
確かに皐月は希少な魔力体質。吸血鬼ならその血を欲しておかしくない。
しかし事件から数日経つというのに、頻繁に吸血衝動に駆られるというのは違和感がある。俺も昔は同じような事があったけど、何とか抑えられるレベル。激しく暴れたりすることなんて無かった。
「それで、これはまだ仮説なんだが、ひょっとしたら彼女の血には中毒性があるんじゃないかって話が出ているんだ。赤坂は二度、あの子の血を吸っているそうだからその味にとりつかれて、未だにそれを求めているんじゃないのかってな」
「それって、ヤバくないか?それじゃあそいつは、また皐月の血を吸おうとするってことだよな」
「それは大丈夫だ。警察で責任もって監視する。しかしもし本当に中毒性があるとしたら気になるのはもう一人…」
「基山だな」
話が読めてきた。そう言えばアイツも皐月の血を吸っているんだ。事件の時と、この前のドンパチの時の計二回。ってことは、アイツも吸血衝動を起こすってことか?
基山が皐月の首筋に噛みつく絵が、一瞬脳裏に浮かんだ。しかし、すぐにそれを打ち消す。
「大丈夫なんじゃねーの?アイツにそんな度胸無さそうだし、話していても別におかしな所なんて無かったしな」
「そうか、それならいいんだ。思いすごしなら、それに越したことはない」
「一応俺も注意しておくよ。親父も、あんまり仕事に根を詰めすぎるなよ」
そう言って電話を切る。しかし吸血衝動ねえ。魔力体質は本当に数が少なく、まだ解明されていない点は多々ある。しかしだからと言って、基山が無理やり皐月の血を吸うなんて、ちょっと考えられない。
(吸血衝動を起こした犯人は、もともと強盗や立てこもり事件を起こすようなイカれた野郎だったんだ。基山も同じと考えることは無いな)
そんな事はあり得ないと笑いながら、そっとスマホから手を放した。
season2 終
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