基山side

エピローグ1 帰り道

 楽しかった誕生会も、もう終わり。後片付けを店長さんに任せた僕らは、揃って喫茶ペリカンから出て行く。

 ふと水城さんの方を見ると、彼女は笑顔。最初僕らを見た時は戸惑っていた水城さんだったけど、今はとても幸せそう。どうやら今日の誕生会には満足してくれたらしい。

 水城さんの事だから前もって話すと遠慮すると思ってサプライズにしてみたけど、やって良かった。

 

「それじゃあ西牟田、田代さんの事はお願いね。あと笹原も、ちゃんと恋ちゃんを送り届けるのよ」

「了解」

「言われなくても」


 日が落ちるのが遅くなってきたとはいえ、もう夕方。男性陣が女性陣を送るという形で、今日は解散となる。

 同じアパートに住んでいる僕が水城さんと八雲を、後は西牟田が田代さん、笹原が竹下さんを送って行くという事で話はついていた。

 笹原と竹下さんの組み合わせはちょっと大丈夫かと思ったけど、帰る方向が一緒だったのだ。


「竹下の家って、そう遠くは無いんだよな」

「はい。あの、もし忙しいなら無理して送ってもらわなくても大丈夫です。私も吸血鬼ですし、何かあっても逃げられますから」

「それでもだ。別に用事があるわけでもないから、気にする事ね―よ。それに、ここで送らなかったら皐月から殴られそうだ」

「何だ、分かってるじゃない」


 ケロッとした顔で物騒なことを言っている水城さん。冗談に聞こえないのが怖い。


「と言うわけだ。子供なんだから、遠慮はするな。それとも、送って行くのが俺じゃ怖いか?」

「いえ、そんなことありません。よろしくお願いします」


 可愛らしく、ぺこりと頭を下げる竹下さん。最初は初めて会う僕らとの距離を測りかねていたようだったけど今ではすっかり慣れている様子。笹原と並んでいると、兄妹のように見えないことも無い。


「それじゃあ。またねさーちゃん、八雲くん」

「また明日」


 そう挨拶をして、まずは田代さんと西牟田が去って行く。そして続いて笹原が。


「そうだ基山。言っておくけど俺は、身を引く気は無いから。例の件、この間はどうでも良いって言ったけど、やっぱりアレは無しってことで。これからは遠慮しないから、そこんとこよろしく」


 例の件…それって、やっぱり水城さんの事?

 そりゃあまだ未練があるっていうのは態度を見ていれば分かったけど、まさかここに来て宣戦布告をされるとは。けど、引く気が無いのはこっちも同じなのだ。


「どうぞご自由に。だけど僕も、諦めようなんて思っていないから、そのつもりで」

「言うなあ、ドMでヘタレのくせに」

「誤解を招くような発言は止めてくれない。事実無言だから」


 そんな僕らのやり取りを、水城さんは首をかしげながら眺めている。


「いったい何の話をしているの?と言うか二人とも、いつの間にそんなに仲良くなったの?」

「「なってない!」」


 見事にハモッた。すると水城さんは人の気も知らないで「やっぱり仲良いじゃない」なんて言って笑っている。


「さて、それじゃあ私達も返ろうか。バイバイ、恋ちゃん」

「さよなら皐月さん、八雲くん。今日はとっても楽しかったです。ありがとうございました」

「うんうん、私も恋ちゃんに誕生日を祝ってもらえて嬉しかったわ」

「それじゃあ竹下さん、また明日学校でね」


 それぞれ挨拶をかわして、その場を去って行く。最後別れ際に笹原が「じゃあな皐月」と言ったのが引っ掛かったけど。やはり自然に名前呼びができるというのは、少し羨ましい。


「水城さん。その圧力鍋、僕が持つよ」


 水城さんは両手で圧力鍋の入った袋を抱えている。女の子がすぐ横で大きな荷物を持っているというのに、男の僕が手伝いもしないというのはちょっと気が引ける。


「別に良いわよ。そう重くないし」


 そう言って手放そうとしない。だけどここで、すぐ横を歩いていた八雲が助け舟を出してくれる。


「今日くらい手伝ってもらったら。誕生日なんだし」

「そうだよ、遠慮すること無いから」


 八雲と目を合わせ、「ありがとう」と唇を動かす。頷いたところを見ると、やっぱり僕の気持ちをわかった上で言ってくれたのだろう。水城さんは少し迷ったようだったけど、すぐに「分かった」と答えてくれた。


「それじゃあ、手伝ってもらおうかな。重いけど大丈夫?」

「平気平気」


 受け取った圧力鍋を、片手でひょいと抱え上げる。


「凄いね、さすが男の子」

「これくらい普通だよ……あの、水城さん」

「何?」

「ごめん、何でもない」


 本当はここで、水城さんが楽しめる話の一つでもふることが出来たら良かったのだけど、生憎なにも浮かばなかった。

 謝りながら僕は、どうしたら笹原みたいにもっと気軽に水城さんと話せるだろうかと考える。

 笹原と話している時の水城さんはいつも楽しそうで、見ているとつい焼きもちを焼いてしまう。あんなに仲が良いのは、二人が幼馴染だから?それとも、本という共通の趣味があるからだろうか?

 何にせよそれに比べて僕は女子アレルギーという事もあり、どうしても接し方がぎこちなくなってしまっている。


(僕も水城さんの事を名前で呼んだら、少しはぎこちなさもなくなったりするのかなあ。だけど今まで名字で呼んでいたのに急に変わったりしたら、絶対変だって思われるよね)


「…山……基山」


(やっぱり名前呼びは無しで。だけど笹原のあの様子、本気で水城さんの事を好きみたいだし、これはモタモタしてはいられないかも。近いうちに、もう一度ちゃんと告白をした方が良いかな)


「基山っ!」

「えっ?わっ!」


 大声で名前を呼ばれたかと思うと、いきなり腕をグイッと引っ張られた。思わす顔が熱を帯び、訳が分からないまま水城さんを見る。


「わっ、な、何?」

「何じゃないわよ。信号赤じゃない」


 そうだっけ?よく見たら目の前は道路。もし止めてくれなかったら、そのまま走る車の前に飛び出してしまっていたかもしれない。


「ごめん。考え事をしてたら、ついボーッとしちゃってた」

「しっかりしてよね。いったい何をそんなに熱心に考えてたの?」

「それは……」


 まさかあなたに告白するかどうかを悩んでいましたなんて言えない。言えるわけが無い……いや、まてよ。


(本当に?言わなくていいの?)


 頭の中にふと疑問がよぎる。いましがた告白しようかと考えていたのに、こうやってズルズルと後回しにしてしまって良いのだろうか。笹原も本気なんだし、もうウジウジ悩んでいる余裕なんて無いのに。

 

 今日出せなかった勇気が、明日になったら出せるとは思えない。そうしてモタモタしているうちに、気が付けば水城さんは笹原に盗られていた、なんてことも十分ありうる。それじゃあ、今僕がすべきことは……


「どうしたの、またボーっとして。信号変わったわよ。早くしないと置いて行くから」


 そうして道路を渡ろうとする水城さん。だけど次の瞬間、今度は僕が彼女の手を掴んだ。


「えっ、何?」

「基山さん?」


 足を止める水城さんと、不思議そうにこっちを見る八雲。僕は僕で女の子の手を掴んでしまったものだから心臓がバクバク言っているのだけど、こんな事で怯んでどうするんだと自分を奮い立たせた。

 そして普段は直視できずにいる水城さんの目をじっと見つめ、思っていたことを口に出す。


「水城さん、大事な話があるんだ。聞いてくれるかな?」

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