Happy Birthday 2

 いったいいつの間に根回しをしていたのだろうか。店長がこっそり用意していたと思われる料理とケーキを運んできて、テーブルの上が一気に華やかになる。

 誕生日と言っても普通に過ごすだけのつもりだったから、このサプライズは本当に嬉しいなあ。


「念の為言っておくけど、値段の方は気にしなくていいからね。これは僕からのプレゼントだと思ってくれればいい」


 さすが店長、私のことをよく分かってる。もしこう言ってもらわなかったら、今日の費用は給与から引いてもらうよう頼んでいただろう。

 しかし、それにしたってこの料理の数、中々の量だ。これって、全部でいくらするんだろう?


「でも良いんですか?こんなにたくさんの料理にケーキまでついて、安くありませんよね」

「気にしなくて良いよ。君は自分のこととなると途端に遠慮するからね。今日くらいは甘えてもらえたら嬉しな」

「ありがとうございます。でも私、そんなに遠慮ばかりしているわけじゃないですよ」


 そのような自覚は全くない。すると店長に変わって霞と西牟田が苦笑しながらそれに答える。


「少なくとも自分のために何かをしようとは考えなさそうだね」

「そうそう。でなければわざわざ誕生日に、バイトを入れたりはしないでしょ」



 それを言われると反論しづらい。誕生日なんて関係無いと、特に考えもせずにシフトを入れてたからなあ。


「そうだ、僕達からもプレゼントがあるんだ。皆で相談して選んだんだけど、受け取ってもらえるかな?」


 そうして基山は、綺麗にラッピングされた包みを差し出してきた。ずいぶん大きく、何だか丸っこい形をしているけど、何だろう?


「これは?」

「圧力鍋。実用性のあるものが良いかなって思ったんだけど、どうかな……水城さん?」


 圧力鍋って……なんて良いものを選んでくれたんだ!予想外のプレゼントに、思わず目を丸くする。


「ありがとう!すごく嬉しいよ!これがあれば毎日の生活が楽になるわ」


 受け取ったそれを、目を輝かせながら見つめてる。前からあったら良いなとは思っていたけど、まさかこんな形で手に入るだなんて。きっとこれは八雲のアイディアだな。通販番組で紹介された時に、欲しいなあともらした記憶がある。

 するとそんな私を見ていた鞘が興味深そうに聞いてくる。


「俺は料理のこととかよく分からないんだけど、そんなに良い物なのか?」

「そりゃあね。煮込むのに一時間以上かかる料理も30分でできるから、浮いた時間を他のことに当てられるわ。それに早く作れるってことは、その分ガス代の節約にもなるしね。でも、高かったでしょう。いったいいくらくらい…」

「それは聞くな。マナー違反だ」

「安心してさーちゃん。皆で出し合ったから、一人あたりはそんな大きな金額にはならなかったから」


 そう言われてしまったら、これ以上の詮索はしない方が良いだろう。決して安くはないだろうから受け取って良い物かと一瞬思ってしまったけど、せっかくの好意だ。ここは素直に受け取っておくべきだろう。


「本当にありがとう。大事に使わせてもらうわ」


 改めてお礼を言って、深々と頭を下げる。たぶん霞達だけでなく、八雲や恋ちゃんもカンパしてくれたのだろう。本当に嬉しい限りだ。

 今度機会があれば、この圧力鍋で作った料理をみんなにご地租するのもいいかもしれない。それがどれくらい恩返しになるかは分からないけど、それが私にできる精一杯の感謝の印なのだから。


 その後はみんなしてケーキを食べたりお喋りをしたり、こんな賑やかな誕生日は本当に久しぶりだ。そうしてしばらく楽しい時間を過ごしていると、不意に鞘が尋ねてきた。


「そう言えば皐月。今度線香をあげに行ってもいいか?おばさんには、俺も世話になってたから」

「構わないわよ。きっと母さんも喜ぶだろうし」

「ありがとな。しかし長らく会ってないうちに、色々あったんだな」

「そりゃあ9年も経てばね。変りもするわよ。鞘の方だって…」


 鞘の顔をまじまじと見つめる。本当、鞘の方もしばらく会ってないうちにずいぶんと変わったものだ。前は私より背も低かったし、よく虐められて泣いてばかりいたと言うのに。今は身長170センチを越えているし、雰囲気だって大分変わっている。


 最初図書室で会った時は私の陰口を叩いていた子達に掴みかかって行ってたけど、それも昔の鞘からは考えられない行動だった。最近まで記憶の中の鞘の事を女の子だと勘違いしていたけど、これではそうでなかったとしても気付いたかどうか分からないや。

 もっとも鞘からすれば、私だって変わっているのかもしれないけど。あの頃はまだ、は眼鏡も掛けていなかったし。


「そう言えば鞘は、いったいどこで私のことに気付いたの?やっぱり図書室によく本を借りに行ってたから?」

「入学式だよ。お前、新入生代表で挨拶をしてただろ。顔を見て名前を聞いて、すぐに分かった」

「そんな前から?だったらすぐに声をかけてくれれば良かったのに。そりゃあ私の方は分かっていなかったけど」

「用も無いのに話しかけても仕方ないだろ。それに……色々あったんだよ」

「色々って?」

「色々!」


 鞘はまたも目線を逸らす。いったい何だと言うのだろう?まさか久しぶりだから照れがあった……とかじゃないよね、絶対。保育園に通っていた頃は毎日のように遊んでいたんだし、今更そんなものがあるとは思えないし。


 ……と、そんな事を考えていたのだけど、この時私は気づいていなかった。楽しげに話す私と鞘を見ながら、基山達がコソコソと話をしていた事を。


「どう思う?」

「どう思うってそりゃ、アレは絶対に照れ臭くて声をかけられなかったんだろうね」

「鞘さんって、やっぱり姉さんの事…そういう風に思ってるんですよね」

「たぶんね。良いのか基山、二人をこのままにしておいて」

「良くは無いけど、空気を読まずに割って入るような野暮なことは出来ないからね」

「フェアだねえ」

「ねえ、八雲くんはどっちを応援するの?皐月さんの将来がかかってるんだから、気になるでしょ?」

「基山さんと鞘さんかあ、どっちを応援すれば……でも本当に良いんですか?鞘さん、姉さんの手を取っていますけど」

「えっ?それはダメ。水城さん、何やってるの!」


 わ、ビックリした。突然大きな声を出してどうしたんだろう?


「何で手を取ってるの!」


 何でって言われても。すると私が答えるより早く、鞘が口を開いた。


「傷になっていないか確認しているんだよ。お前が血を吸った所をな」

「えっ…」


 基山の動きが止まった。

 うーん、やっぱりこんな反応になったか。鞘はこの間の一件で基山に血を吸わせた私のことを気にしてくれていたのだ。私は別に何の問題も無かったのだけど、傷になっていたらいけないと言ってきて、こうして傷跡を見てくれていた。

 けど、出来れば基山には知られたくなかったな。話したら気にしてしまう事は目に見えていたから。


「み、水城さん。それで、傷の方は大丈夫なのでしょうか?」

「平気だから!気にしなくていいから!何だか口調がおかしくなってるわよ」

「そ、その節はまことにご迷惑を…」

「迷惑じゃないって!」


 そもそも血を吸うよう指示したのは私の方なのだ。なのに迷惑だとか傷になっただの文句を言うわけ無いじゃない。


「基山は余計なこと気にしすぎ。ちょっと跡が残ったくらい、別に問題無いわ。いい!もう二度とこの事を気に病んだりしちゃダメよ」

「でも…」

「でもじゃない。もしまた気にするような事があったら絶交だから」

「はい…」


 まるで叱られた小犬のように、シュンと項垂れる基山。ちょっと可哀想な気もするけど、これだけきつく言っておけばもう気に病むことは無いだろう。

 だけどこんな私達のやり取りを見て、皆一様にため息をついている。


「姉さん、もうちょっと基山さんに優しくしてあげよう」

「もうすっかり上下関係が出来上がっちゃってるよね」

「で、でもこれも、皐月さんなりの優しさなんじゃないでしょうか。ちゃんと基山さんの事を大事に思っているからこその言動で…」

「竹下さん、それは本心からの言葉?」

「……半信半疑です」


 何やら外野がうるさいな。すると今度は、鞘がそっと基山の耳元で囁いてくる。


「なあ、お前らいつもこんな感じなのか?」

「こんな感じって?」

「お前はいつも虐げられているのかってことだよ。よく考えたら今までだって、相当罵られていたような気がするしな」

「別に罵られてはいないよ。そりゃあ確かに言い方がきつくなったり、脅かされたりすることもあるけど、別に嫌なわけじゃないし。むしろ構ってもらえて嬉しいと言うか…」

「そうか、お前はMだったんだな」

「どうしてそうなるのっ?違うからね水城さん!」


 顔を真っ赤にして慌てて弁明してくる基山。性癖を暴露されてしまったのだから焦る気持ちは分からないでもない。

 けど、そんなに慌てなくてもいいから。だって…


「別に基山がMかそうでないかなんてどうでもいいから。別に興味ないし」

「ちょっと姉さん!言い方!」


 慌てて声を上げる八雲。言い方って言っても、本当のことなんだから仕方が無い。

 もし基山が悪口を言われ罵られることに快感を覚えているのだとしても、趣味は人それぞれなんだから。

 するとそんな私の返しを聞いた基山は。


「興味、無いんだ。そうなんだ……良かった、変な奴だって思われずにすんだ」

「良かったのかよ!興味ないとか言われて、お前は傷ついたりしないのか?」

「これくらいはもう言われ慣れてるよ。それよりも引かれなかった事の方が大事だよ。まあ本当にそっちの気は無いんだけれどね」

「いや、もう間違いないと俺は思っているんだけどな。無自覚なんだろうけどお前、もう引き返せない所まで 来てる気がするぞ」


 鞘の言葉に、西牟田や霞が無言のまま頷く。八雲や恋ちゃんはとても悲しそうな目になっている。

 まあそんなやり取りがありながらも、誕生会は賑やかに過ぎていくのだった。

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