箱崎side

彼女は不敵な笑みを浮かべる

 日が暮れかけた繁華街の一角で制服姿の女子の一団が屯していた。

 さっきまでカラオケを楽しんでいた彼女達。しかしその中のリーダー、箱崎の表情は浮かない。眉間にシワをよせて苛立った様子。

 そんな彼女を見かねて、一人が宥めるように声をかける。


「ねえ、いいかげん機嫌直しなよ。そりゃあムカつくのは分かるけどさ」

「うっさい。ああ、何よアイツ。今思い出してもムカつく」


 怒りの矛先は、先日騒動を起こした相手である水城皐月。そして、笹原鞘だった。

 皐月の事は前から気に食わなかったけど、今は笹原の事も同じくらい憎むべき相手となっている。少し前まではモデルという肩書に惹かれて付きまとっていたけど、今では気持ちはすっかり冷めてしまっていた。


 これと言うのも、全て皐月のせい。自分の方がよっぽど笹原の事が好きだったのに、どうしてそれを分かってくれなかったのか。挙句皆の前でウザいと言ってくるだなんて。いったいどういう神経をしているのかと、思い返しただけでも怒りが込み上げてくる。

 どうして自分が怒られなければならないのか、それすらも箱崎は理解できず、腹が立って仕方が無い。


「どうにかしてやり返せないかしら。笹原君、血を吸うだなんて言ってたから、脅されましたって訴えたら困らせられるかなあ?」

「止めときなよ。そしたらアタシらが水城にした事だってバレちゃうじゃん。アンタだって停学にはなりたくないでしょう」


 確かにその通り。友達からのもっともな指摘で、この考えは撤回する。しかしだからと言って、このままでは怒りが収まらないのも事実でなる。

 何か良い手立ては無いものかと、思考を巡らせていると…


「よお、箱崎じゃねーか」


 何だか能天気そうな声が耳に入ってくる。そしてこの声には聞き覚えがあった。


「…何だ、古賀かぁ」


 そこにいたのは髪を脱色し、制服を着崩した、あまりガラの良くなさそうな高校生の姿。古賀という名前の、箱崎の中学校時代の同級生である。

 特別仲が良かったと言うわけでは無いけど二人とも目立つタイプで、ともにスクールカーストの上位に君臨していたこともあって、何かと接点はあった。

 卒業して別々の高校に行った今でも、こうしてたまに街で顔を合わせることは少なくない。しかし…


「何か用?アタシ忙しいんだけど」


 笹原と皐月の事で頭がいっぱいの箱崎はつれない様子。だけど古賀も彼女のこういった態度には慣れている。特に気遣う様子も無く、構わず話を続けてくる。


「なあ、今度合コンでもしないか?うちの学校で乗り気な奴が多いんだよ。そっちにとっても悪い話じゃないだろ?」

「ああ、もう。五月蠅い!忙しいって言ってるのが分からないの?」

「何だよ、ずいぶん機嫌悪いな」


 苛立ちを隠しもしない箱崎に圧倒される古賀。しかしまたすぐに空気を読まずに、今度は別の話題をふってきた。


「そういやよお、ゴールデンウィークに立てこもり事件があったじゃねーか。その時に人質にされたのって、お前の学校の奴だよな」

「―――ッ!」


 なぜよりにもよってそんな気に食わない奴の話を出すのかと、古賀を睨みつける。事情を知る女子達は途端に慌てだすけど、肝心の古賀は地雷を踏んでしまった事にまるで気づいていない。


「なあ、そいつがどんな奴か知らねーか?確か、女子だったっけ?犯人の吸血鬼に血を吸われたって話だけど」

「五月蠅いねえ。どいつもこいつも、いったいアイツが何だって言うのよ」


 怒りを露わにする箱崎。しかし古賀はそれを気にする様子も無く、気味の悪い顔でニヤッと笑う。


「実はよお。あの事件、いくら吸血鬼が関わってると言っても、被害が大きいんじゃないかって気がしてんだよ。けどもしその女が魔力体質だとしたら、説明がつくんだよな」

「魔力体質?何よその中二病みたいな名前は?」

「名前はどうだっていいだろ。魔力体質って言うのは常人とは比較にならないくらい、吸血鬼に力を与える血を持った奴の事なんだ。伝説に残ってる怪物じみた吸血鬼は、その血を吸ったって言われている」


 そんなものがあったなんて、箱崎は初耳だった。古賀の事だから誇張している感は否めなかったけど、とりあえず特別な血を持った奴だという事は理解できた。


「それでな、もし本当にそんな奴が近くにいるなら、せっかくだからいっぺんその血を吸ってみたくてな。何でもその血は、とびきり旨いらしいし」


 舌なめずりをしながら下品な笑いを浮かべる古賀。

 ここで箱崎はようやく思い出す。古賀も笹原と同じ吸血鬼だという事に。

 中学時代は実際に古賀が血を吸った所なんて見た事が無く、彼が吸血鬼という印象はあまり強くなかったけど。ただ身体能力の高い同級生に過ぎなかった。しかし…


 古賀の話を聞いて、箱崎は何かを考え始める。


「ねえ、そいつの血って、そんなに凄い物なの?アンタみたいに噂を聞いて吸いたくなるくらい」

「まあな。もし本当なら俺だけじゃなくて、きっと多くの吸血鬼がその血を求めるだろうな」


 おそらく嘘はいっていないと思われる古賀の話を聞きながら、箱崎は思う。これは使える、と。


「ねえ、実はそいつの事ちょっと知ってんだけど、紹介してあげても良いよ」

「え、マジ?」

「その代わり一つお願いがあるんだけど、聞いてもらえるかな?」


 そう言った時の箱崎は不敵な笑みを浮かべていて、その目は悪意に満ちていた。

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