皐月side

暴力を振るう者 1

 どうしてこんな事になってしまったのだろう?

 ここは学校の最上階、屋上に続く扉のすぐ前にある少し開けたスペースだ。開けた場所とは言っても、今ここにいるのはおおよそ十人ほど。これだけいれば多少手狭に感じてしまう。

 私を囲むように並び、敵意をむき出しにしているのは昨日図書室で騒いでいた女生徒達。


 そもそも事の発端は十分ほど前、昼食を終えた私は霞と一緒に教室でゆっくりしていたんだけど、そこに彼女達が乗り込んできたのだ。しかも、何だか怒った様子で。


『ちょっと付き合ってもらえる?』


 それは頼んでいるというより有無を言わせないといった風で。嫌な予感しかしなかったから昨日みたいに、話すだけならここでと提案したのだけど、生憎今日の彼女達は甘くはなかったあ。


『いいから来なさい。それとも、アンタが来ないならこっちでも良いけど』


 そう言って、何故か霞に目を向ける。冷たい眼差しを向けられた霞は、思わず体を震わせていた。


『ちょっと、霞は関係ないでしょ』

『だったらあんたが来なさいよ。大丈夫、ちょっとお話するだけだから』


 全然信用できない。しかし逆らうこともできず、渋々ここまで連れてこられたと言うわけだ。


 ハイ、 回想終わり。ちなみにご丁寧に霞まで連れてこられている。これが私だけだったら無理やり逃げることもできたかもしれないけど、霞もいるとなると下手なまねはできない。まったくもってずる賢い人達だ。

 もしもの時に備えてここに来るまでの間、こっそりポケットの中にあるケータイを操作して西牟田に助けを求めはしたけど、果たして上手くできたかどうか。隠れて操作したからメールは打ちにくいし、取り出して確認するわけにもいかないし。


 助けに来てくれたらいいけど、それが叶わなかった時はどうしよう。そもそも私達はこれから何をされるのだろう?話をするだけだと言ってはいたけれど、何の話をされる事やら。沈んだ気持ちでいると、私と霞を囲んでいた中の一人、髪をブラウンカラーに染めた、いかにも気の強そうな女子が前に出てくる。


「水城皐月ね。私のことは知ってるかしら?」

「生憎人の顔と名前を覚えるのは苦手なの。昨日も会ったってことくらいは覚えているけど」

「だったら覚えておいてね。私は四組の箱崎奈々枝。学校内で笹原君のサポートをしているの」

「サポート?」


 どういう事だろうか?私の知る限りでは笹原は誰かの助けを借りなきゃいけないって事はなさそうだけど。


「笹原君モデルやってるでしょ。だから変な子に付きまとわれたりしないか心配なの。身の程もわきまえずにベタベタするような子でも出てきたら、下手するとお仕事にも影響しちゃうでしょ」


 たぶんだけど、付きまとっているのは私じゃなくてそっちじゃないだろうか。そう言いたい気持ちをぐっと抑える。


「で、その箱崎さんが何の用?私が笹原に付きまとっていて迷惑だって言いたいの?」

「何だ、分かってるじゃないの」


 箱崎さんはクスリと笑った後、おもむろに顔を近づけてくる。


「アンタ、ちょっと調子に乗りすぎじゃない?昨日なんて言ったか覚えてないの?」

「笹原に馴れ馴れしくするなって言ったこと?」

「覚えてるじゃないの。なのに翌朝からあんな真似ができたわね」

「あんな真似?もしかして挨拶したことを言ってるの?」

「挨拶?アレがあいさつで済まされるっていうのっ?」


 やはりあの事か。迂闊だった。朝の通学路は人目が多いという事をすっかり忘れていた。

 しかし済まされるも何も、私は本当に挨拶をしようと声をかけただけなのに。まあ確かにその後少し話をしたり頭を撫でられたり、転びそうになったのを助けてもらったりはしたけど。


(…変な誤解を受けても仕方がないかも)


 これにはちょっと反省だ。しかし事実、彼女達が思っているようなやましい事なんて何も無い。そもそも私は、昨日彼女等の要求はきっぱりと跳ねのけたのだ。こんな風に目くじら立てて文句を言わないでほしい。なのに。


「約束を破るだなんて最低ね」


 いや、断ったんだってば。どうやら箱崎さんの中では私は要求をのんだものと勝手に解釈されているらしい。こういう人と話をするのは本当に面倒。そもそも会話が成立できるかどうかも怪しいし。


「それとも、アンタの中ではあれもただの挨拶なわけ?」

「とんだビッチね」

「笹原君も迷惑よね。こんなのに付きまとわれて」


 好き勝手言ってくれる。ああ、言い返してやりたい。だけどここで何か言ってしまっては霞まで何をされるか分からない。すると今度はその霞が、恐る恐るといった感じで口を開く。


「ねえ、さーちゃんは別に笹原君と仲はよくないって言ってるんだから、もういいでしょ。声をかけたのだってたまたまじゃないかな」

「はぁ?あんた何言ってんの?」

「それに、そっちの邪魔をしているわけでもないじゃない。迷惑かけてないなら良いんじゃないの?」


 霞は私が言いたかった事を見事に代弁してくれた。主張は正しかったはず。しかし目の前にいるは小崎さん達には、いかに正論だろうと意味は無かった。


「ふざけてんの?そんなんで納得できるわけないでしょ。目障りだって言ってんの、分かる?」

「アタシ達は抜け駆けしないようにしてんのにさ、それを無視してんだから十分に迷惑よ」

「輪を乱すようなことをしてるのはそっちなんだから、当然ペナルティは与えなきゃね」

 そっちの勝手なルールを押しつけるな。

 私達を見てクスクスと笑う彼女らは笹原との仲を嫉妬しているだけじゃなく、こうして他者を攻撃することを楽しんでいるように思える。

 だけどきっと、自分達のしているこれが暴力だと言う自覚も無い。まるでこんな風に攻撃するのは当然だと思っているのだから質が悪い。

 だけど、好きな奴と仲良くしているから気に食わないというのならまだしも、単なるストレス発散が目的ならこれ以上付き合う気にはなれない。


「で、要はどうしてほしいわけ?」

「そうねえ、とりあえず土下座でもしてもらおうかな。できるわよね、お友達もいることだし」


 無関係の霞に目を向ける。言う通りにしなければ霞にも危害を加えるぞと脅したいのだろう。事が私だけで済むのなら良いけど、霞を巻き込むとなると下手なことはできない。だけど……いや、だからこそ。


「…嫌よ」

「…は?」


 予想外だったのか、囲んでいた全員が言葉を失っている。でも、断じて要求を呑むつもりは無い。こんな奴らに屈してたまるか!

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