笹原の気持ち 2

 笹原は長い間キョトンとした顔で僕を見ていたけど、やがて一言。


「……別にどうも思ってねーよ」


 いやいや、誤魔化すの下手すぎるでしょう。

 顔に動揺の色は見えなかった。だけどさっきから表情がコロコロと変わっていたのに、今は眉一つ動かしていないと言うのが逆に怪しい。急に何かを隠すように目を背けるし、クールそうに見えて案外分かり易い奴だ。


 それにしても、まさか僕以外に水城さんのことをそう言う風に思っている奴がいるだなんて。そりゃ水城さんは優しくて気立てが良くて頭もよくて可愛い人で、モテるに違いないとは思っていたけど、いざこうして好きだと言う人が現れると、やっぱり焦るよ。

 とすると、やっぱり笹原は僕にとって敵ということになるのだろうか?


「そっちこそさっきから何なんだよ、皐月のことばかり聞いてきやがって」

「それはお互い様でしょ。水城さんとはただの友達だよ」


 悲しいけどね。告白までしたのに気付いてもらえず、友達という関係をズルズルと引きずってしまっていると言う事は、無理に言う必要はないだろう。


「友達…ねえ。怪しいもんだな」

「何が言いたいの?」

「お前、皐月の血を吸ったんだろ。美味いらしいじゃないか、魔力体質の血は。それで味をしめて、あわよくばもう一度なんて思って、皐月に近づいてるんじゃねーの?」

「なっ!僕はそんな事はしないよっ!」

「どうだかな?」


 心底ムカつく奴だ。今まで何とか堪えていたけど、いい加減それも限界だろう。断じて僕の趣味では無いけど、たまには拳で語り合うのも良いかもしれない。互いに間合いをはかり、真っ直ぐに対峙したその時……


「何をやってるんだよ」


 聞き覚えのある声が聞こえ、思わず手の力が抜ける。横を見ると、そこにはいつの間にか西牟田の姿がある。そう言えばさっきまで一緒にいたけど、飲み物を買ってくると言って出てきたままだったから、帰りが遅いので様子を見に来たのだろうか。


「別に何もしてないよ。ちょっと話してただけ」

「なら良いけど。おっと、それより本題だ。実はさっき、水城さんから妙なメールがきたんだ」

「水城さんから?って、何で西牟田が水城さんのアドレスを知ってるのっ?」


 僕だってまだ知らないというのに。西牟田の登場で気がそれていたようだった西牟田も、再び僕等に視線を戻している。


「何だ?もしかして基山は知らなかったのか、水城さんのアドレス?」

「知らないよ!いったいいつの間に聞いたのっ?」

「昨日水城さんが女子に絡まれただろ。また同じような事があったらフォローするから、連絡とれるように交換したんだよ」


 なるほど。アドレスを好感したことに全く気付いていなかったという事は、おそらく僕が放心状態になっている間の出来事なのだろう。けどそれにしたって、先を越されたというのは悔しい。


「仕方がないだろ、あの時基山はそれどころじゃなかったんだから。それに、言っちゃ悪いけど女子絡みのトラブルなんだから、基山じゃちょっと荷が重いんじゃ」

「それは…そうかもしれないけど」


 それでも僕より先に西牟田が教えてもらったというのはどうにも複雑だ。八雲のだったら知ってるんだけどな、アドレス。水城さん、聞いたら僕にも教えてくれるかな?

 そんなことを考えて悩んでいると、横で聞き耳を立てていた笹原が痺れを切らしたように西牟田に食って掛かる。


「おい、さっきから何の話をしてるんだよ?皐月が絡まれたとか言ってたけど、アイツに何かあったのか?」

「えっと、笹原…だよな。話を聞いてたのか?」

「たまたま聞こえただけだ!」


 嘘だ。絶対一字一句聞き逃さないようにしていたに違いない。


「それより、皐月が絡まれたってどういう事だ」

「言って良いのかな?まあ笹原も無関係ってわけじゃないし、むしろガッツリ関わってるからなあ。どうする基山?」

「仕方がない、この際だから話しておこう」


 さっきは僕が言うべき事じゃないと思ったからやめておいたけど、本人が聞きたがっているなら話は別だろう。


「水城さんから聞いたんだけど、昨日図書室で君のファンの子達が騒いでいたんだよね」

「ファンかどうかは分からねーけど、五月蠅い女子はいたな」

「実はその子達と水城さんがちょっと揉めちゃってね」


 彼女達と水城さんとの間に何があったのかを話していく。最初は静かに聞いていた笹原だったけど話が進むにつれ、「ふざけるな」「迷惑だ」などと言い始め、怒りを露わにしている。


「あいつら、何考えてんだよ。自分達の勝手を人に押し付けやがって」


 まったくもってその通り。初めて意見が合ったじゃないか。


「そいつら何組の誰だよ。一人ずつ捕まえて二度とよけいな事はするなって言ってやるよ」

「そうしてもらえるとありがたいけど、生憎クラスと名前まではちょっと」

「チッ、使えねえな」


 そう言われても。仕方がないだろうとは思ったけど、今彼と口論したところでどうにもならないだろう。今はそれよりも。


「それで西牟田、水城さんからメールがきたって言ってたけど、何だったの?」

「ようやくそこに戻ってくれたか。これなんだけどな」


 そう言って西牟田が差し出してきたスマホには、短く意味不明な文面が綴られていた。


『助け遠く時よ』


 何だろう、これ?

 まず文章として成立していない。水城さんはいったい何を思ってこんなメールを送ってきたのだろう?僕と笹原はそろって首をかしげる。


「とりあえず最初に『助け』ってあることから、助けを求めているんじゃないかとは思う。元々トラブルに巻き込まれた時用にアドレスを教えていたわけだし、もしかしたらまた昨日の子達に絡まれたのかも」

「ああ、なるほど。って、分かってたんならもっと早く言ってよ」

「まったくだ。こんなメールをよこすってことはよほど切羽詰まってるってことだろ。モタモタしてたらダメだろ」


 僕と笹原が揃って責める。しかし西牟田は疲れたように息をついた。


「しょうがないだろ。俺だってすぐに意味を理解できたわけじゃないし。それに二人がなぜアドレスを知ってるだの、昨日何があっただのって言いだすから、話すに話せなくなったんだよ」


 それを言われると辛い。見ると笹原も痛い所を突かれたと思っているのか、そっと視線を外した。


「まあ話している間に解読できたから良いんだけどね。多分この『遠く時よ』ってのは、場所を表してる」

「場所?」


 無理やり文章通りに解釈するなら、行くのに時間がかかるくらい遠くにいるという事だろうか?それにしたって無理があるような気がするし、そもそもそれだとどこにいるのかが特定できない。


「いいか、まずは全文を平仮名に直してみなよ」

「『たすけてとおくときよ』、やっぱり何のことか分からないんだけど」

「だろうね。多分だけど最初のは、『助けて』って入力したかったんじゃないかな。でも慌てていたから『たすけと』と打ち間違えた」


 なるほど。元々意味不明な文章なのだ。入力ミスと考えた方がよほど納得がいく。


「だったら残りの『おくときよ』ってのは何だよ?」

「確かにこれでは意味が分からない。けど『時』の読み方が、『とき』じゃなくて『じ』だったとすれば分かるんじゃないの?」


 そうか、『時』は『じ』とも呼ぶんだ。だとすると…


「おくじよ……もしかして屋上のこと?」

「たぶんね。屋上は立ち入り禁止だから、その前にある階段辺りにいるのかも。あそこなら人目も無いから、手荒なことをするにはもってこいだし…って、二人とも」


 場所が分かったならグズグズしてはいられない。西牟田の話を聞き終わらないうちに、僕は駆け出していた。そして笹原も。


「君も行く気なの?」

「アイツの言う通り昨日の奴らに絡まれているんだとしたら、俺も無関係じゃないだろ。それに、皐月を放っておけるかよ」


 そう言った笹原は酷く焦っているようで、よほど水城さんの事を心配していることがうかがえる。やっぱり彼は、水城さんの事が好きなのだろう。

 しかしそうなる時になる事がある。結局のところ、彼は水城さんの何なのだろう?水城さんは笹原のことをよく知らないみたいだったけど、彼の方はそうでは無いのかも。


(今それを考えても仕方ないけど)


 それよりも気がかりなのは、わざわざあんなメールを送ってきたという事だ。西牟田の解読が正しければ、少なくともピンチな状況であることがうかがえる。

 途中すれ違った先生の「廊下を走るな」という注意をスルーしながら、僕らは屋上へと続く階段を駆け上がっていくのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る