基山side
笹原の気持ち 1
学校の昼休み。昼食を終えた僕は自販機の前でパックのコーヒ―を買って飲んでいた。このコーヒーは最近のお気に入りで、いつもならよく味わって飲むところなんだけど。
「………」
無言のままそっと右隣に立つそいつに目を向ける。すると向こうも僕の方を見ていたようで、目が合うとすぐに視線を逸らされた。
言いたいことがあるなら言えば良いのに。って、それは僕も同じか。
視線の席にいるのは笹原。彼とは前もここで話をしたけど、タイミングが良いのか悪いのか。コーヒーを買いに来ただけなのに、またしても鉢合わせをしてしまったのである。
自販機の前でバッタリ会ってしまったのだけどお互いに何も言うことなく、かと言ってスルーする気にもなれずに。どういうわけか二人して並んで買った紙パックに刺したストローを口にくわえている。
何とも言えない気まずい空気が漂っている。別に用があるわけでも無いし、喧嘩したいわけでも無いのだからさっさと立ち去れば良かったのだけど、完全にタイミングを見失っていた。
笹原が口にしているのはこの前と同じ苺ミルク。やはり彼のイメージとは合わないけど、まあそれはいいだろう。
それよりも、いい機会だから水城さんの事でも 話しておこうかな?君のファンの子達に絡まれて迷惑していたから、何とかしてくれないと困るって。
(いや、それじゃあただの八つ当たりか。僕が絡まれたわけじゃないのだから、偉そうにしゃしゃり出るわけにもいかないか。敵意を持つな、昨日教会で懺悔をしたじゃないか)
けどそうなると、いよいよここに留まる理由が無くなってしまう。そうこうしているうちにコーヒーも飲み終わったことだし、もう行こうかな。いや、でも…
「何一人で百面相してんだよ?」
不機嫌そうな視線を向けられた。だけどこれは意外、悩んでいたら向こうから話しかけてきた。
「別に百面相なんてしてないけど」
「自覚無かったのか?隣でそんな顔されると気になるんだよ、キモイし」
「そこまで言われる筋合いは無いよ」
やっぱり笹原とは相性が悪いみたいだ。しばらく睨み合っていたけど、やがて向こうが疲れたように息をついた。
「ちょっと聞きたいんだけどよ、お前は吸ったのか?」
「何を?」
今の今ストローでコーヒーを吸っていたけど、その事を言っている訳じゃないだろう。すると笹原はイライラしたように頭を掻く。
「皐月の血だよ。この前の強盗事件で皐月が人質にされた時。アイツの血でも吸わねえと空を飛ぶとか魔力の消費が激しい術なんて使えねえもんな」
「は?何で空飛んだ事まで知ってるの?」
確かに水城さんを病院に運ぶために彼女を抱えて飛行したけど、夜で暗かったから見られたのは飛ぶ時にそばにいた警察関係者。あとは病院に降りた時に近くにいた人達くらいだろう。
事件の後で気になってネットにアップされてないかと調べたけど、そのような画像も噂もどこにもなくて安心していたのに。
「その話、どこで聞いたの?知っている人は限られているはずなのに。もしかしてストーカー…」
「はあ?親父に聞いただけだよ」
「お父さんに?」
「お前もあったんだろ。あの事件で指揮を執っていた荒木って刑事だよ」
「え、あの人が?」
荒木さんはゴールデンウィークの事件の時にお世話になった刑事さん。水城さんを助けたいから協力させてほしいと言う僕の頼みを聞き入れてくれた恩人だ。無茶をするなと言われていたのに犯人とやり合った為に怒られ里もしたけど、あの人には本当に感謝している。
それにしても、笹原のお父さんが荒木さんねえ。苗字が違っているけど?
いや待てよ。荒木さんは確か、別れた奥さんとの間に吸血鬼の子供がいるって話してくれたっけ。離婚したのなら当然苗字だって変わるはず。それじゃあ本当に…
「君が荒木さんの息子さん?」
「だからそう言ってんだろ」
その割にはあまり似ていない。お母さん似なのかな?いや、今はそんなことはどうでもいいか。問題なのは。
「いくら親子だからって、荒木さんが何の気なしに事件の事を喋るような人とは思えないんだけど。君がわざわざ聞いたってこと?」
「まあそういう事だ」
「何のために?」
「そりゃ近くであんな事件が起きたら気にもなるだろ。吸血鬼が絡んでいたわけだしな。お前だってそうだったんじゃないのか?」
そう言われればそうだ。同じ吸血鬼だから負い目を感じるわけじゃないけど、あの時は犯人が吸血鬼だから余計に何とかしなきゃという気持ちはあった。もし僕が笹原と同じ立場だったら、同様に調べようとしたかもしれない。けど…
「それに、噂で人質になってたのは皐月だって聞いたし」
そうそれ!やっぱり笹原は水城さんが事件に絡んでいたから余計に気にしていたんだ。もし人質にされたのが水城さんでなかったら、こうまで調べたかどうかも怪しいものである。
「で、そろそろ本題に戻っても良いか?」
「本題?」
「お前が皐月に血を吸ったかどうかってことだよ!忘れんな!」
「ああ、そう言えばそんな話をしてたんだっけ。吸ったことは吸ったけど、あれは緊急事態だったから。ちゃんと水城さんの許可も貰ったうえでの吸血だったから、何の問題も無いよ」
「やっぱり吸ったんだな!そうかー、マジか―」
肩を落として落胆の色を浮かべる笹原。なんだか今日の彼は表情豊かだ。
「なに?もしかして魔力体質の血を吸ったことを羨ましいとか思ってるの?」
「んな訳あるか!体質とか関係無しに、他の野郎にアイツの血が吸われたかと思うと何か嫌なんだよ」
この悔しそうな反応。薄々そんな気はしていたけど、これはもう間違いないだろう。
「君は、水城さんの事が好きなの?」
べコッ!
笹原の手にしていた紙パックがつぶれた。飲み干した後だったのは幸いだ。でなければ中身が噴き出していたことだろう。
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