図書室戦争 3

 ちょっとひと騒動あったけど、無事に目当ての本を借りられて良かった。そんな事を思っていたけど。

 図書室を出たところで、隣を歩く霞の視線に気がついた。


「なに?」

「ちょっと気になって。さーちゃんって笹原君と仲良いんだっけ?」

「別にそう言うわけじゃないけど、どうして?」

「笹原君、さっきさーちゃんのことを名前で読んでいたから」

「ああ、そう言えばそうだっけ」


 前も名前で呼んでいたから気になっていたんだ。今度聞いてみようかと思っていたけど、騒ぎのせいでつい忘れてしまっていた。まあ良いか、機会はまたあるだろう。


「まあ悪い奴じゃなさそうね。本の趣味も良さそうだし」

「さっき話していた図書館戦争だね。私も白泉社の漫画でなら読んだことあるけど、面白いなら原作も読んでみようかな」

「読みやすいからお勧めよ」


 霞と本の話が出来るのなら私も嬉しい。そう思った時……


「ちょっとアンタ!」


 不意に怒気のこもった声をぶつけられた。

 何事かと声のした方を見ると、そこには先ほど図書室で騒いでいた女子の一団がいて、不機嫌そうに私を睨んでいる。

 面倒そうな予感しかしない。できる事なら関わらずにこの場を離れたかったけど、そう言うわけにも行かず。仕方なく彼女らの方へと向き直る。


「何か用?」

「何か用、じゃない。さっきはよくも邪魔してくれたわね」


 邪魔と言うと、やはり図書室でお喋りを中断させたことを言っているのだろう。だけどあれは。


「あんな所にたむろされてたんじゃ本が借りられないじゃない」

「だからって追い出すことは無いでしょう!」

「いや、出て行くよう言ったのは笹原だし」


 私は本さえ借りられればそれで良かったのだ。もっともあの大音量でのお喋りは他の人の迷惑になっていたから、笹原のしたことは正しいと思うけど。しかしこんな事で彼女達の怒りは治まらない。


「なによ、人のせいにする気?」

「サイテー!」

「空気読めない上に性格悪いだなんて、ホント迷惑」


 自分達のことを棚に上げて、よくもまあツラツラと悪口が言えたものだ。こういう面倒な輩からは早めに離れるに限る。


「悪かったわね、次から気をつけるから。それじゃあ私はこれで…」

「ちょっと待ちなさい!」


 踵を返そうとした途端、がっしりと肩を掴まれてしまった。どうやらどうあっても、私達を逃がす気は無いらしい。諦めて振り返ると、案の定そこには怒りに満ちた顔があった。


「話はまだ終わってない!ちょっと付き合ってもらえる?」

「仕方ないわね。けど、話をするならここが良いわ。移動してたんじゃ時間が勿体無いでしょ」


 ここで言われるがままホイホイついて行ったら、きっと人目の無い所に連れて行かれるだろう。何の話をする気かは分からないけど、そんなのは御免だ。到底話だけで終わるとは思えない。


「別にいいわよね。話すだけなんだから。それとも、人に聞かれたらマズい話なの?」


 肩を掴んでいた子は苦虫を噛み潰したように顔をしかめる。だけどこれ以上ごねても無駄と思ったのか、諦めたように手を放す。


「仕方ないわねえ。それじゃあここで話してあげる」

「どういたしまして。霞、長くなるかもしれないから、先に教室戻ってて良いよ」


 霞は恐る恐るといった様子で成り行きを見守っていたけど、これには首を横に振った。


「待っておくよ。すぐに終わるんでしょ?」


 私としてはそうしたいんだけど、問題は相手の方ね。できれば手短に済ませてほしいんだけどなあ。


「それで、話って何?」

「簡単な事よ。あんた、笹原君に馴れ馴れしくするのを止めてくれない」

「はぁ?」


 薄々予想はしていたけど、いざ言われてみるとやはり呆れてしまう。そもそも、アイツとは少し話をしただけなのに。


「別に今までも馴れ馴れしくしていた覚えは無いけど」

「どの口が言うわけ?人のことを追い出しておいて、自分は色目を使ってたじゃないの」


 だから私は追い出してないし。それに色目だって使っていない。だと言うのに彼女等は間違いないと言わんばかりに私を睨んでいる。


(そっちこそその色眼鏡は外してほしいわね。だいたい、私や笹原が誰と仲良くしようと、文句を言ってくるなんておかしいでしょ)


 そう言ってやりたかったけど、神経を逆撫でするだけだろう。仕方ないけどここは相手のペースに合わせることにする。


「で、具体的にはどうすれば良いの?」

「そうねえ。それじゃあ笹原君に今後話しかけないっていうのはどう?」

「あと笹原君が当番の時は図書室に行かない」

「今までさんざん話していたんだろうから、これくらい守ってくれてもいいよねえ」


 何とも勝手な言い分だ。だけど彼女等は一つ勘違いしている。


「誤解しているようだから言っておくけど、アイツと話をしたのはこれで二度目だから。クラスや下の名前だって知らないわ」

「は?クラスや名前も?嘘つきなさいよ!」


 一瞬ポカンとしたようだったけど、すぐに口を酸っぱくして文句を言ってきた。でも、仕方ないじゃない。だって本当に知らないんだもの。

 すると霞が言い難そうに囁いてきた。


「さーちゃん、笹原君は四組だよ。この前教えたじゃない」

「そうだっけ?全然覚えてないわ」

「少しは男子のことも覚えてあげよう。クラスの男の子の名前だって全部は覚えてないでしょ」

「大丈夫、8割くらいは覚えているから」

「本当に?それじゃあ二つ前の席の男の子の名前って分かる?フルネームで」

「も、もちろんよ。モリミヤ…モリミヤ……ああ、下の名前が出てこない!」

「モリミツ君だよ!苗字すら違ってるよ!」

「ああ、それよ。ごめん、ド忘れしちゃってた」

「しっかりしてよ。それで、下の名前は思い出せたの?」

「………………」

「さーちゃん!」


 成績の割に顔と名前を覚えるのが苦手。昔からそう言われてきたからねえ。相手が女子なら話す機会も多いからか、割とすぐ覚えられるんだけど。男子相手だとどうも上手くいかない。

 そう考えると、よく笹原はすぐに覚えられたものだ。やっぱり最初の出逢いが衝撃的だったからだろか?

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