皐月side

図書室戦争 2

 昼休み。昼食を食べ終えた私は図書室に来ていた。

 相変わらずこの本に囲まれた空間は落ち着く。綺麗に並べられた無数の本を眺めていると、まるでそれだけで心が洗われていくような気さえしてしまう。そんな事を考えていると。


「さーちゃんって本当に本が好きだよね。何と言うか、本なしでは生きていけないんじゃないかって時々思うよ」


 一緒に来ていた霞がそう言ってきた。まあ否定はしないかな。と言うかできない。

 家事やバイトに追われていなかった頃は、今の倍くらい読んでいたっけ。それこそ活字中毒と言っていいくらいに。

 今だって読む量自体は減ったものの、もし数日の間本を一冊も読まなかったら、気がおかしくなるかもしれない。


「たまに本を読む以外に趣味の無い、可哀想な奴って言われることもあるけどね」

「そんなこと無いよ、夢中になって読めるっていい事じゃない。そんなに本が好きなら、いっそ小説家でも目指してみたら?」

「小説家かあ。そう言えば昔は小説家になりたいって思ったこともあったわね。小説家は無理があるにしても、本に関わる仕事に興味はあるかも」

「それじゃあ例えば編集は?」

「悪くないわね」


 周りに迷惑がかからないよう小声でそんな話をしながら、借りる本を探していく。そうしてしばらく吟味した末に霞は一冊、私は五冊の本を手にした。


「そんなに借りるんだ」

「一度に借りた方が手間が省けていいでしょ」


 本当は興味のある本はもっとあったのだけど、多く借りすぎると他の読みたがっている人に迷惑がかかる。

 選び終えた事だし、後はバーコードを通してもらえば貸し出し完了だ。

 そいうわけでそれらの本を持ってカウンターに向かったのだけど、そこにある光景を見て思わず足を止めた。


(何の騒ぎ?)


 カウンターの前には人だかりができていた。よく見ると集まっていたのは女子生徒ばかり。何事かと思ったけど、その答えはすぐに分かった。


「笹原君、おすすめの本ってある?」

「図書委員の当番って大変じゃない?昼休みに遊べないなんて」

「ねえ、放課後みんなでカラオケに行くんだけど、一緒にどう?」


 場もわきまえずに大きな声で喋る女子達。だから嫌でも分かってしまうのだ。

 どうやら彼女達のお目当てはカウンターの奥にいるアイツ、笹原のよう。そうか、今日はアイツが当番だったんだ。


 経緯のほどは定かではないけど、おそらく彼女達は本を借りに来たのではなく笹原に絡みに来たのだろう。笹原は顔が良いから、気持ちは分からないでもないけど。しかしそれでも図書室で騒ぐのはどうかと思うなあ。

 そしてはしゃいだ様子の女子達とは違い、笹原の方は面倒くさそうな顔をしながら受け答えをしている。


「おすすめの本は図書館戦争シリーズ。委員の仕事は別に大変じゃないし、カラオケには行かねえ。つーかお前ら、少しは静かにしろよ」

「ええーっ、笹原君冷たーい!」


 注意されたにもかかわらず、彼女達は一向に騒ぐのを止めようとしない。笹原がうんざりしているのは一目瞭然なのだから、いい加減大人しくすればいいのに。

 するとその様子を見ていた霞が小声で話しかけてくる。


「あれって、前に言っていた笹原君だよね。なんだか凄い人気だね」

「顔はいいからね。それに一見クールっぽいからそれが格好良く見えるんじゃないの?あと、吸血鬼って言うのもポイントかも。ダークヒーローっぽくて格好良いって言う人もいるだろうし」

 だけどこれだけ騒がれたとあっては、笹原にしてみればいい迷惑だろう。おまけにカウンターの前を占領しているものだから、他の利用者も困っている。遠巻きにチラチラ様子を窺っている生徒が何人か見受けられるけど、みんな声を掛けられずにいるみたいだ。


「どうする?今回は出直す?」


 霞までそんなことを言い出す始末。だけどそんなつもりは無い。

 腹をくくった私はたむろしている女子達にズカズカと歩み寄って、すうっと息を吸い込んだ。


「本を借りたいんだけど、退いてもらえるかな?」


 お喋りしている彼女等にも聞こえるよう大きな声で注意すると、皆に話すのを止めてこちらに目を向けてきた。

 しかし、その目にはいずれも不満の色が窺える。良い所だったのに邪魔をされた、空気を読んで割り込まないでほしかった、そう訴えているかのようだ。


 どうでもいいから、早く退いてほしい。そう思った時、カウンターの奥に座る笹原が動いた。

 さっきまでは面倒くさそうにしていた彼だったけど、今度はもっときつ目の声で周りに注意を促した。


「だから言っただろ、騒ぐなって。借りも読みもしないなら出て行ってくれ。邪魔になって仕方が無い」

「でも…」

「ちょっとくらい良いじゃん」


 彼女達はなおも食い下がったけど、追い打ちをかけるようにさらに一言。


「いいからさっさと出て行け。これ以上騒がれると迷惑だ」


 はっきりとした拒絶の言葉。これにはさすがに彼女達もごねる気にはなれなかったようで、そそくさと退散していく。しかし去り際にその中の一人が、私を見て呟いた。


「ムカつく」


 明らかに敵意のこもった目と言葉。まあ別にいいんだけど。

 ちょっとは悪い事をしたとは思うけど、悪いのは五月蠅くしていたあの子達の方だ。負い目を感じる必要なんて無い。すごすごと退散する彼女達を見送ると、気を取り直して霞を呼ぶ。


「霞、借りよう」

「う、うん」


 恐る恐る様子を窺っていた霞だったけど、本を片手にこっちへ来る。そして二人でカウンターに並んで手続きをしていると、笹原が申し訳なさそうに声をかけてきた。


「悪かったな、本当は俺が注意しなきゃいけなかったのに」

「注意ならしてたでしょ。それより、これお願いできる?」

「ああ、ちょっと待ってろ」

 

 差し出された本を受け取った笹原は、付いているバーコードを読み取っていく。だけどふと、そのうちの一冊を手にして動きが止まった。


「図書館戦争か。お前も読むんだな」

「ああ、そう言えばさっきあの子達に、お勧めの本だって言ってたっけ」


 てっきり適当に答えたものだと思っていたけど、わざわざ手を止めたのを見ると本当に気にいっているみたいだ。


「まあな。押しキャラとかいるか?」

「うーん、毬江ちゃんかな」

「なるほど、良い趣味だな」


 この様子だと笹原も嫌いじゃないみたい。もしかして、意外と趣味が合うのかも。だとしたらいつか、好きな本について談義するのもいいかもしれない。

 そんな事を考えながら手続きを終え、カウンターを後にしようとする。すると、去り際に笹原が再び声をかけてくる。


「今日は悪かったな、五月蠅くして。それと、この前も」

「だからいいって。また同じような事があった時にちゃんと対処できればいいんだから、そんな気にすること無いでしょ」

「了解。敵わないな、皐月には」


 フッと笹原の表情が明るくなった気がした。

 不思議だ。笹原と話したのはこれで二度目のはずなのに、不思議なとっつき易さがある。いったいどうして?


「ど、どうした、皐月?」

 

 おっと、いけない。ついボーッとして、まじまじと見つめてしまっていた。

 失礼な事しちゃって、気を悪くしてないかな?何だか笹原、顔はほんのり赤くなっている気がするし。


「ごめん、何でもないから。行こう、霞」

「あ、うん。笹原君、本ありがとう」


 挨拶を交わし、今度こそその場を離れる。

 実は図書室を出るまで、笹原はじっとこっちを見ていたのだけど、私は最後までそれに気づくことは無かった。

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