基山side

図書室戦争 1

 まだ六月にも入っていないと言うのに最近はやたらと雨が多く、今日も朝から生憎の空模様。

 日光が苦手な僕としては助かるけど、今朝水城さんと話をした時、洗濯物が乾きにくくて困るって言ってたっけ。洗濯物が乾かないのは僕も同じだから、コインランドリーを使ったらどうかと提案したけど、途端に顔をしかめられた。


『乾燥機なんて使ったら何百円も取られるじゃない。だったら時間がかかっても、部屋干しして扇風機の風を当て続けた方が安くつくわ』


 何とも水城さんらしい言い分である。しかし何とかして彼女と共通の話題は無いかと考えてみたけど、たどり着いたのが洗濯物の話と言うのはどうなのだろう?

 一応他にもどこのスーパーが安いとか、料理をする時の時間短縮法などネタはあるにはあるものの、どれもこれも所帯じみていると言うか。もう少し盛り上がれる話題はないだろうか?


『何だか基山と水城さんを見ていると主婦の井戸端会議のように思えてくるよ』

『いいんじゃないの?本人たちがそれで満足してるんだから』


 前の休み時間、僕等の会話を聞いていた西牟田と田代さんがそう言っていた。だけどそれは違う。それなりに楽しんではいるけど、満足はしていない。僕だって彼女ともうすこし高校生らしい話がしたいと思っている

 最近は水城さんと話すこともだいぶ慣れてきたから、もっとたくさん話をしたいと思っているのだけど、生憎良い案など浮かんでこない。変に絡みすぎるとストーカーになってしまうし。


 そんなわけで一旦水城さんの事は忘れ、休み時間に僕は一人、自販機に飲み物を買いに来ていた。

 購買のすぐ横に設置されている数台の自販機。その中の一台に硬貨を入れ、コーヒーを買う。

 そう言えば西牟田が前に、考えが詰まった時は焦らずに一息ついた方が良いって言ってたっけ。アドバイスは素直に聞いておこう。

 そうしてコーヒーを口に運んでいると、一人の男子生徒が自販機の前に立った。


「………」


 気のせいだろうか。その男子生徒は一瞬僕のことを見たような気がした。

 会ったことがあるとは思えない。身長は170センチ後半。茶の入った髪をして整った顔立ちにキリッとした目の彼は、男の僕が見ても一目で格好良いと分かる容姿をしている。これだけ目立つ人なら会ったことはあるけど忘れた、という事は多分ないだろう。


 何となく彼の事を目で追っていると、彼は自販機に硬貨を入れ、苺ミルクを買った。一見するとブラックコーヒーが似合いそうな雰囲気があったから、このチョイスは何だか意外だ。

 とは言え人の好みに口出しするつもりは無い。コーヒーも飲み終えた事だし、そろそろ教室に戻ろう。そう思ったのだけど、

 唐突にすぐ横で苺ミルクの彼が話しかけてきた。


「お前、吸血鬼の基山太陽か?」


 それは本当に唐突な質問。最近は吸血鬼についてあれこれ聞かれることも多くなったけど、何故か不思議な違和感を感じる。

 どう言うわけか直感的に、彼は単なる興味本位で聞いてきたのではないような気がしたのだ。


「黙ってないで答えたらどうだ?それとも違うのか?」


 いけない。ついボッーっとしていたら、怪訝悪そうに催促をされてしまった。


「そうだけど、君は?」

「四組の笹原」


 その名前には聞き覚えがある。確か前に水城さんが図書室でトラブった時、助けてくれた吸血鬼の名前だった。けど、その彼がいったい僕に何用なのだろう?


「笹原、だね。ねえ、水城さんから聞いたんだけど、そっちも吸血鬼なの?」


 とりあえず思ったことを口に出してみる。しかし返ってきた答えは望んでいたものではなかった。


「はあ?お前には関係ないだろう」


 眉間にシワをよせながら、露骨に面倒くさそうな態度をとられた。自分から話しかけて来たくせにこの反応。さすがに少しイラっと来てしまう。そして同時に、吸血鬼だという事を否定しなかったことが気になった。


「話を振ったのはそっちでしょう。それなら答えてくれても罰は当たらないんじゃないの?それで、本当のところはどうなの?」

「うるせえなあ、俺も吸血鬼だよ。これで満足か?」


 やはり面倒草そうだったけど、一応答えてはくれた。だけど彼が吸血鬼となると、途端に心配事が浮かんでくる。


「君は水城さんの事を知っているの?家の事情とか、体質のこととか…」

「体質?なんだよそれ」


 本当に何のことか分からないようで、キョトンとした顔をされてしまった。この様子だと、彼は水城さんが魔力体質だという事を知らないのだろうか。いや、知っていてとぼけているという可能性もある。

 

 それにさっきから気になっていたのだけど。何だか水城さんの名前を出した時、彼が一瞬反応したような気がしたのだ。僕の気のせいでないとすると、彼は水城さんに対して何かしら意識しているということだ。


 まさかとは思うけど、たぐいまれなる彼女の血を欲しがっているとか。

 初対面の相手にこんな風に疑ってかかるのは良くないけど、どうしても警戒心を持ってしまう。もう水城さんをこの前みたいな危険な目に遭わせるわけにはいかないのだから。

 笹原はいったい何を考えているのか。訝し気に視線を送っていると、彼は何かに気付いたよう口を開く。


「もしかしてお前、皐月が魔力体質だってことを言ってるのか?」

「―――ッ!」


 やっぱり知ってたんじゃないか!

 この前の事件のニュース報道を見て感づいたのか?最初知らなさそうな態度をとっていたのには何か意図があったのか?だとするとなぜこうもあっさりと知っていることをばらしてしまったのか?

 頭の中で様々な思考がぐちゃぐちゃと渦を巻いていく。だけど、何より僕が一番気になったのは、それらのことでは無い。


(笹原、何で水城さんの事を名前で呼んでるの⁉)


 歌詞かに笹原は今、水城さんの事を『皐月』と下の名前で呼んでいた。

 呼び方なんて個人の自由なのだから僕がどうこう言うのは間違いだって言う事は分かる。だけどその馴れ馴れしい呼び名を聞くと、どうしても不機嫌になってしまうのだ。


「そんなに睨むんじゃねえよ。隠してたんじゃなくて、本当に忘れていただけだ」

「本当に?それじゃあ君は、どこでその事を知ったの?そもそも君はどうして水城さんの事を知っているの?」

「うるせーな。一度にそんなに答えられるかよ。つーか何も知らねえよ、皐月のことなんて」


 また皐月って言った!

 どこかで警鐘が鳴っている。最初は彼が吸血鬼と聞いたから念の為警戒した方が良いかなと思っただけだったけど、今は違う。

 水城さんとはどういう関係なのか。そう疑問がよぎると同士に、こいつは警戒すべき相手だと僕の直感がつげている。本当はもっとしつこく問い質したかったのだけど、それよりも先に向こうが口を開いた。


「さっきから聞いてばっかりだけど、お前こそ皐月とどういう関係なんだ?お前、ゴールデンウィークの立てこもり事件の時に活躍したんだろ。その時に何かあったのか?」

「そっちには関係ない」

「はぁ?ダンマリかよ」


 二人ともだんだんと口調が荒くなっていく。互いに睨み合いながら、徐々に空気が張り詰めてきた。もしどちらかがセリフのチョイスを間違えてしまったら、その瞬間喧嘩が始まってもおかしくは無かった。しかしこの一触即発の状況は唐突に破られた。


「基山、次の授業は化学室でやることになったから。早いとこ移動するか?」


 不意にそう声をかけてきたのは西牟田だった。

 いったいいつからそこにいたのか。僕の後ろに立つ彼はこの重たい空気を物ともせず、いつも通りの穏やかな感じで振る舞っている。


「早いとこ行かないと遅れるぞ」

「…分かったよ」


 促されるままに渋々頷く。チラッと笹原に目をやると向こうも気がそがれたのか、ため息をつきながら踵を返している。


「邪魔したな」


 捨て台詞を履いて去って行く笹原。一瞬何か言おうかとも思ったけど、別に喧嘩をしたかった訳じゃない。ここで呼び止めても何にもならないだろう。結局何も言えないままその背中を見送る。

 そうして笹原が去った後、最初に口を開いたのは僕ではなく西牟田だった。


「珍しいな、基山が喧嘩腰だなんて」

「何だ、やっぱりわかった上で声をかけてたんだね。そもそもいつから見ていたの?」

「アイツと対峙しているところから。何だかただならぬ雰囲気だったからな。放っておいたらそのまま喧嘩になりそうだったから止めたんだけど、お節介だったか?」

「いや、助かったよ」


 あのまま話を続けていたら売り言葉に買い言葉で、西牟田の言う通り喧嘩になっていたかもしれない。水城さんの話では笹原は図書室で男子生徒に掴みかかっていたそうだから、もしかしてけんかっ早いのかも。だとすると、下手をすると殴り合いになっていたかもなあ。

 もめ事はおこしたくないから、西牟田には感謝しないと。


「で、いったいアイツは誰なんだ?」


 そう言えば西牟田は笹原の事を知らないんだっけ。とは言え僕も彼の事なんて知らないから、詳しい紹介なんてできない。彼に関して知っていることは吸血鬼という事と、あとは…


(何故か水城さんの事を名前呼びしてるってことか)


 こんな事を西牟田に言っても何にもならないだろう。だから余計な情報は与えずに、分かっている事実だけを口にすることにした。


「アイツは敵だよ」


 これだけは間違いない。少なくとも僕にとっては。すると西牟田は呆れたように苦笑いを浮かべる。


「敵ねえ。何をもって敵認定したかは、聞いても良いのかな?」


 こっちが一方的に敵視しているだけなんだけどね。僕は次の授業のため化学室に移動しながら、何があったかを西牟田に話すのだった。

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