身勝手な噂 6
暴力的だと思われていたことにショックを受けて落ち込む私。だけどそんな様子を見て、基山が慌てたように口を開く。
「と、とにかく、騒ぎの原因がその笹原って人だという事は分かったよ。けど、どうして水城さんの事で怒ったりしたんだろう」
「そいつ、自分も吸血鬼だって言ってたからね。自分までバカにされたような気がしたんじゃないのかな。同じ吸血鬼だから、基山ならもしかしたら知っているかもって思ったんだけど」
生憎当てが外れたようだ。だけど話を聞いた基山は、何を思ったのか、眉間にシワを寄せる。
「その人も吸血鬼なの?それで、水城さんが事件に巻き込まれた事も知っているんだよね」
「だと思うけど」
基山は少しの間難しい顔をしていたけど、やがて周囲の様子を窺った後そっと囁く。
「まさかとは思うけど、体質の事はバレていないよね?」
「体質?ああ…」
言わんとしていることがようやく分かった。私の血は吸血鬼に好まれるものらしいから、吸血鬼である笹原に何かされるのではないかと心配してくれているのだろう。
すると、事情を知らない西牟田が不思議そうに聞いてくる。
「体質って?」
「えっと、それは……」
基山が言い淀んでいる。西牟田に話したところで何か不都合があるとは思えないけど、それでもわざわざ言うようなことでは無いからねえ。
さてどうしようかと考えていると、今度はそれまで黙っていた霞が口を開いた。
「ねえ、ちょっと思い出したんだけど、さーちゃんが言っていた人って、四組の笹原君のことじゃないかな」
「えっ?霞は知ってるの?」
これは意外だ。体質の話などすっかり忘れて、早速そっちに食いついた。
「さーちゃんは知らないの?四組に格好良い男子がいるって、騒いでいる女子は結構いるよ」
「ああ、そっち方面の有名人ね。聞いたことあるかもしれないけど、覚えてないなあ」
決して他人の恋愛事情に無関心というわけでは無いけど、他のクラスの男子のことまでは覚えていない。というか同じクラスでも、顔も名前を覚えてない男子はいるからねえ。
この覚えの悪さ、そろそろなんとかした方が良さそうだ。
「それで、いったいどういう奴なの?」
「それが、私もそういう男の子がいるって噂で聞いたくらいだから、よく知らないや。ゴメンね」
そう言ってきたけど、何も霞が謝る事は無い。元々気まぐれで聞いてみただけなのだし。そりゃあ、私の事を知っているみたいと言うのはちょっと気になるけど。
「結局分かったのは女子人気が高いってことくらいか。まあ、確かに結構格好良かった気もするけど」
だけどこれではモヤモヤの解消にはならない。まあ仕方が無いか。
そう思った時、基山が慌てたように口を開いた。
「格好良いって、水城さんでもそう思うの?」
「何よその言い方?私が格好良いって思っちゃいけないわけ?」
「そういうわけじゃないけど…そいつの事、気になったりとかするの?」
「まあそれなりには」
私のことを知っているみたいだったしね。やっぱり気にはなる。
「で、でも相手の事はよく知らないんだよね。体質の事もあるし、一応用心のためにあまり近づかない方が良いんじゃ…」
「大丈夫じゃないの?騒ぎが起きる前、届かない所にある本を取ってくれたし、案外良い奴そうよ」
基山は私の血のことを心配しているのだろうけど、悪い奴には見えなかったんだよねえ。本を散らかしてしまった後はちゃんと謝ってきたし、警戒しなくてもよさそう。
「けど、用心に越したことは……」
「平気だって。ていうか、ちょっと心配し過ぎよ」
私の血が吸血鬼にとって魅力的だというのは分かるけど、この前の事件のような危ない吸血鬼なんて滅多にいないだろう。
すると今度は西牟田が、慌てた様子の基山を見ながら言って来る。
「水城さん、その体質って言うのはよく分からないけど、どうやら基山の心配事は別の所に移ったみたいだよだよ」
「別の所って?」
何の事だろう?皆目見当もつかない。
基山に目を向けると、今度は何だか顔を赤くしながら、恥ずかしそうに目を逸らしてきた。
「いったいどういう事?」
グイッと顔を近づけると、基山は慌てたように後ずさる。何だこの反応?よほど私に教えたくない事でもあるのだろうか?
「何でもないから。ごめん、さっき言った事は忘れて」
「何でもないようには見えないけど。基山、何か隠てるでしょ」
基山の事だから、何か悪意があるとは思わないけど、こうまであからさまな態度をとられるとやはり気になってしまう。本人は気付いていないみたいだけど、なんだか赤面していて、目を合わせようともしないのだ。これで隠し事をしていることに気づかないほど、私の眼鏡は曇っていないぞ。
「さあ、怒らないから言ってごらん。でないとヘッドロックかけるわよ。基山、女子からこの技を食らうのが苦手だって香奈から聞いたわ。嫌よね。嫌なら大人しく白状しなさい」
「だから、本当に何でもないから。そもそも香奈さん、なんて事を教えてるの⁉西牟田、田代さん、助けて!」
そう言ったものの、二人とも温かい目で見守るばかり。結局基山は最後まで口を割る事は無かったけど、度重なる私の追求に疲れたのか、最後は疲労困憊という様子だった。
「さーちゃんも、もうちょっと基山君の気持ちに気付いてあげても良いのにね」
「こりゃあ前途多難だな。見ている分には面白いからいいけど」
問い詰める私と追及から逃げる基山に、温かい視線を送る霞と西牟田。二人が何か言っている事には気づいたけど、生憎言わんとしている事はさっぱり分からない。
八雲もそうだけど、何だか基山と絡んでいると、こんな感じの視線を浴びることが多いような気がするなあ。
私は首をかしげながら、ヘロヘロになった基山に掛けていたヘッドロックを解くのだった。
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