身勝手な噂 5

 放課後、授業を終えた生徒は、部活に行くなり家に帰るなり、それぞれに動いている。

 私はというと、普段ならバイトに行くところだけど、今日はシフトは入れていない。さっさと帰ろうかとも思ったけど、少しだけ教室に残り、席について霞とおしゃべりに花を咲かせていた。

 と言っても、話の内容は他愛も無いものだけど。


「さーちゃんってよく小説を読んでいるけど、どんな内容なの?」

「ジャンルには特にこだわりはないかな。ミステリーも読むし、時代小説も読むよ。定期的に何か読まないと、本欠乏症になるわね」

「なんだか凄いね。私なんて年に数回読む程度だよ。最近はどんなの読んでるの?」

「そうねえ。この前読んで面白かったのは、『セーラー服とマシンガン』かな。セーラー服に身を包んだ海兵がマシンガンを撃ちまくる話よ」

「そう言えばセーラー服って、基は海兵の服だったっけ。なんだか想像していた内容と違うや」


 霞の言う通り、タイトルから受ける印象と中身は少し合ってないかな。

 だけど意外と面白かった。今度続編の『セーラー服を取り上げないで』も読んでみよう。たしかこっちは、退役を勧められた海兵が辞めるかどうか、制服を脱ぐべきかどうかで葛藤する話だったかな。そんな事を考えていると……


「水城さんっ!」


 何だか慌てた様子の基山と、それに続くようにクラスの学級委員、西牟田が教室に入ってくる。この二人、学校ではよく一緒にいるけど、二人して私を尋ねてくるというのは珍しい。

 眼鏡をかけ直しながら、どうしたんだろうと首をかしげる。


「何か用?」

「用ってわけじゃないけど、ちょっと気になる話を聞いて。今日の昼休み、何か変わった事は無かった?」

「昼休み?ああ、もしかして図書室でちょっと騒ぎがあった事を言ってるの?」

「やっぱり!何か言われたりしなかった?」


 何故か食い気味に聞いてくる基山。そう言われてもねえ。


「えっと…別に大したことは言われてないけど」

「それじゃあ、言われた事は言われたんだね!」


 そりゃあ陰口を叩かれはしたけど、いったいそれがどうしたというのだろう?さっきから質問してくるばかりで、肝心な事は何も言ってくれないから意図が読めない。

 疑問に思っていると、基山に代わって西牟田がそれに答えてくれた。


「水城さん、この前の事件の時に血を吸われた事を悪く言われたんでしょ。基山はその事を気にしてるんだよ」

「ちょっと、西牟田っ」

「別に隠すこと無いだろ。ちゃんと説明しないと、話が進まないし」

「それはそうだけど……」


 基山はバツの悪そうな顔をしているけど、私としても西牟田の言うとおり、話は早い方が助かる。けど、基山は少し気にしすぎだ。おそらく自分も血を吸ってしまったから変に責任を感じているのだろうけど。


「前にも言ったけど、別に基山が気にすることはないでしょ」

「けど、あの時は僕も血を貰っちゃったわけだし。その事で何か言われたのなら、やっぱり気にするよ」

「余計な心配よ。ちょっと何か言われたくらいで落ち込むとでも思っているの?」


 昔から陰口を言うような奴は断固無視すると決めているのだ。直接文句を言うような度胸も無い奴が何を言おうが、いちいち相手してはいられない。


「基山もさ、過剰に反応すること無いから。放っておけば自然と治まるわよ」

「それなら良いけど…ゴメン、変な事を聞いて」

「謝らなくてよろしい」


 そこまで言ったところで、ふと図書室で会った笹原の事を思い出した。

 アイツ、なんだか私の事を知っているみたいだったけど、私は彼の事をまるで知らないから、少しモヤモヤしていたのだ。


(そう言えばアイツ、自分も吸血鬼だって言ってたっけ)


 現代日本において、吸血鬼はさほど珍しくない。普通にその辺で生活している。だから知り合いがいないわけじゃないけど、笹原なんて吸血鬼の知り合いはいないなあ。


 親しかった吸血鬼と言えば、保育園の頃仲が良かった女の子くらいか。あの事は毎日のように一緒に遊んでたっけ。ハロウィンの時に一緒に撮った写真は、今も家に大事に飾られてる。  

 もっともその写真はその子が魔女の仮装をし、あろうことか私が吸血鬼の仮装をしているというちょっと変わったものだけど。

 確か、今日は私が吸血鬼をやりたいって言ったんだ。その子は普段から吸血鬼なんだから、こんな時くらい可愛い魔女の格好でもすると良いってなって、二人してはしゃいでたっけ。

 幼少の頃の可愛い思い出だ。


 あとは八雲の同級生の竹下恋ちゃん。最近八雲が仲良くなった女の子だ。

 吸血鬼ってことで虐められてたみたいだけど、八雲が助けてくれたって言ってたっけ。さすが八雲、困っている女の子はちゃんと助けないとね。おかげで恋ちゃんとも打ち解けたようで、学校でもよく話しているみたい。

 転校してから、学校で上手くやっていけてるか心配だったけど、あんな良い子と友達になれたのなら安心だ。

 もっとうちに遊びに来ても良いのに。広くは無い家だけど、恋ちゃんなら大歓迎なんだから。


 さて、過去を振り返って吸血鬼の知り合いを思い出してみたけど、やっぱり心当たりは無い。そもそも二人とも女の子だし。

 やっぱり会ったことなんて無いのだろうか?そう考えた時、ふと視界に基山が入った。そうだ!もしかしたら基山なら、吸血鬼同士という事で何か知っているかもしれない。

 そう思った私は、さっそく尋ねてみることにする。


「ねえ基山、笹原っていう男子のこと知らない?一年生で、図書委員をやっている奴なんだけど」


 そう質問すると、基山はキョトンとした顔をする。


「ちょっと分からないけど、どうしたの?もしかして、その笹原って人に何か言われたとか?」


 どうやらこの様子だと基山は、図書室で騒ぎがあった事は知っていても、そこに笹原がどう絡んでいたかは知らないようだ。まだ見ぬ笹原に敵意を向けているのか、若干目つきが鋭くなっている。まあ元がふにゃっとした顔だから、凄んだところで迫力は無いんだけどね。


「違う違う。図書室での騒動の時、その笹原って奴が私をからかってきた奴に掴みかかったのよ。基山がどんな話を聞いたかは知らないけど、私よりも笹原の方が騒ぎの中心にいたかも」

「そうだったんだ。僕が聞いたのは、水城さんが吸血鬼関連の事で何かを言われて、それで騒ぎになったって話だったから。てっきり水城さんが相手に手を上げたのかと」

「あのねえ、私がそんな事をするように見える?」


 全くもって心外だ。だけど基山は、あろうことか答えるかわりに、気まずそうに視線を逸らしたのだ。


「何よその反応?」


 口にこそ出さなかったものの、これでは私が手をあげるような奴に見えると言っているようなものだ。しかも良く見ると、後ろに立つ西牟田も同じように目を逸らしている。


「まったく失礼な。ねえ霞」


 同意を求めようと、今度は霞に目を向ける。が……


「う、うん。そうだね……」


 何と霞まで同じように目を逸らしてしまった。そんな、私はそんな暴力的な女だと思われていたのか。

 何だかショックだ。吸血鬼事件の事でとやかく言われるよりも、ずっと堪えてしまう。

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