身勝手な噂 4

 基山は何かと気にかけてくれているようだけど、特別変わった事なんてそうそう起きない。一夜明けた日の昼休み、昼食を終えた私は図書室に来ていた。


 本を読むのは好きだけど、最近は色々あわただしかったからほとんど読んでいない。今日はバイトもないし、今のうちに本を借りておいて帰ってからゆっくり読もう。

 ミステリー小説でも読んでみようかと思って、本を探す。しばらく物色して一つの本に目が止まったけど、生憎その本は少し高い位置にあった。


(踏み台が無くても行けるかな)


 そう思って手を伸ばしたけど、ギリギリ届かない。もう少し背伸びすれば何とかなりそうだけど。

 私がそうやって必死になっていると、ふいに横から伸びてきた手がお目当ての本を捉えた。


「わっ」


 無理な体勢で背伸びをしていた私はバランスを崩す。少しふらついた所で、私は誰かに受け止められた。


「大丈夫か?」


 男子の声だ。私は頭を上げて、その人を見る。長身で中性的で綺麗な顔立ち。髪は薄っすらと茶が混じっている。どうやらさっき伸びてきた手は彼のものだったようで、私は背中から彼に抱きとめられていた。


「悪い、余計な事をしたみたいだな。取ろとしてたの、この本か?」

「えっ?」


 差し出してきたのは、確かにさっき取ろうとしていた本だった。もしかして、わざわざ取ってくれたのだろうか。


「面倒でも次から踏み台使えよ。見ていて危なっかしいから」

「……ありがとう」


 格好悪い所を見られたのと助けられたのが恥ずかしかったけど、お礼は素直に言った。それにしても――

 私は彼の顔をじっと見る。


「……何?」

「ごめん、何でもない」


 気のせいかな?この茶髪男子、何だか前にどこかで彼を見たような気がする。けどそれがどこか分からず、なんだかスッキリしない。そんな事を考えていると。


「……おい、あそこにいるの、あの強盗事件の時の女だよ」


 ふとそんな声が私の耳に届いた。

 こう言った蔭口はだれが言ったか分からない事が多いけど、今回ははっきりしていた。少し離れた所からチラチラと私の様子を伺っている二人の男子だ。

 蔭口と言うにはボリュームが大きい事に気づいていないのか、彼らの声は嫌と言うほどよく聞こえた。


「気持ち悪いよな。きっと血吸われたんだぜ」

「血を吸われた人間も吸血鬼になるんじゃないか?」


 何を言っているんだか。

 馬鹿らしい。吸血により仲間を増やすなんてフィクションだという事は今時小学生でも知っている。おそらく彼等はわざと聞こえるように言って面白がっているのだろう。

 良い気分はしないけど、ああいう輩は関わるだけ無駄だ。私は無視して本を探し続ける。


「あいつ、同じクラスの吸血鬼と仲良いらしいぞ」

「奴隷にでもされてるんじゃないか?」

「迷惑だよな、そういう変な奴らがいると」


 ここは図書室だというのに大きな声で笑っている。耳触りが悪いし、これでは他の人にも迷惑だろう。ここはさっさと、本を借りて行くに限る。

 その前に本を取ってくれた茶髪男子にもう一度お礼を言おうとし思って向き直ったけど、何故だろう。彼は不機嫌な顔で笑っている二人を見ている。

 どうしたのだろうと思ってお礼を云いそびれていると、彼は二人に向かってづかづかと歩いて行く。そして――


「下らねえこと言ってんじゃねえよ!」


 いきなり喋っている一人の胸ぐらを掴み、そのまま後ろにある本棚に叩きつけた。


「ひぃ!」


 陰口をたたいていた男子はさっきまでのにやにや顔から一変。引きつった顔で情けない悲鳴を上げている。叩きつけられた本棚からはバサバサと本が落ち、周りの生徒達も何事かと彼等に注目する。


「ちょっと、何やってるのよ」


 私も慌てて駆け寄るも、茶髪男子は怒りを露わにしていて、こっちを見ようともしない。すると胸ぐらをつかまれていた陰口男が震えたような声を出す。


「な、何だよ笹原。お前には関係無いだろ」


 どうやら二人は顔見知りの様子。笹原、と言うのが彼の名前だろうか。彼の綺麗な顔立ちも、今は睨みをきかせているからむしろ威圧的な印象を与えてしまっていて、遠巻きに見ている生徒達も声をかけられない様子。

 すると笹原は低い声で、目の前の陰口男に言葉をぶつける。


「関係ない…ね。俺が吸血鬼だって言ってもか?」

「えっ?お、お前が?」

 

 へえー。あの笹原って奴、吸血鬼なんだ。なるほど、だから吸血鬼を馬鹿にするような発言をされて怒っているのか。

 思わぬ事実を突きつけられて、陰口を叩いていた二人が凍りつく。吸血鬼は人間よりずっと強いし、本気で喧嘩したら彼等は無事では済まないだろう

 。

「そんなに怒るなよ。冗談言っただけだって」

「そうそう。別にお前の事をどうこう言ったわけじゃ無いんだしよ」


 二人はそう言ったけど、笹原の怒りは収まらないようで、胸倉を掴んだまま相手を本棚に押し付け、またも衝撃で並んでいた本が落ちる。


「おい、誰か止めろよ」

「お前何とかしろよ。あいつも図書委員だろ」


 そんな声が聞こえてくる。

 思い出した。どこかで見た顔だと思ったら、本を借りる時たまにカウンターで見かかけた図書委員の子だ。けど、図書委員が図書室でこんな事をするのは良くないな。見かねた私は三人の方へ歩いて行く。


 三人とも興奮しているのか、私の接近に気付いてない。笹原のすぐ後ろまで行くと、先ほど本棚から取った本の背表紙で彼の頭を叩いた。


「いい加減にしなさい!」

「いてっ」


 思わず掴んでいた手を放し、こっちを振り返る。


「何をする――」


 私と目が合い、彼の声が途切れる。しかし固まった様子の笹原に私は啖呵を切った。


「図書室で騒がない。君、それでも図書委員?」


 そう言うと、彼はあっけにとられたように目を丸くする。私はそんな笹原を放って、今度は陰口を叩いていた二人を睨みつけた。


「そっちの二人、あんた達も謝ってから行きなさいっ!」


 騒ぎに乗じて逃げようとしていた二人だったけど、これだけの騒ぎを起こしてトンズラとは何を考えているんだ。だけどバレたことに気づいた二人は一目散に走って行く。


「ひぃ~」

「こら、待ちなさい!」


 慌ててそう言ったけど、止まってくれるはずもない。私はやれやれと肩を落し、散らばった本を拾って行く。

 よく考えたら本の片付けまですることは無いのだけど、中学の頃は図書委員だったこともあって、こうして本が散らかっているのを見ると我慢ができない。


「ごめん」


 本を拾っているとそんな声がした。見ると笹原が私に向かって頭を下げている。謝ってきたのは意外だった。もしかして、案外素直な奴なのだろうか。

 そんな事を考えていると、笹原も床に落ちた本を拾い出す。ため息をつきながら、言い聞かせるように語りかける。


「あれくらいで腹を立てすぎよ。まあ馬鹿にされて怒る気持ちもわかるけどね」

「それは…悪かった。けど、俺より皐月は良いのか?あんな風に言われて」


 本を拾いながらそう聞いてくる。どうやら彼は私が陰口を言われていたのも気付いていたらしい。けどそれはいらない心配だ。


「いちいち気にしていたらきりがないわ。相手にするだけ無駄よ」

「強いんだな」

「そうでもないわよ」


 私は散らばっていた本を棚に戻し終えると、借りようとしていた本を手に取る。そう言えば、これを取ってもらったお礼を言おうと思っていたんだっけ。


「コレ、取ってくれてありがとね。おかげで助かったわ」

「あ、ああ」


 どこか呆けた様子の笹原を残して、私はその場を去る。

 カウンターに行き、借りる手続きをしていた時、ふと気が付いた。


(アイツ、さっき私の名前を呼んで無かったっけ?)


 本を借りる時顔を合わせた事はあるけど、話したのは今日が初めてのはずだ。なのにどうして名前を知っていたのだろう。


(図書カードに名前書いてるから覚えられたのかな?)


 有り得ない話ではない。私はよく本を借りるから、中学時代は図書委員全員に名前と顔を覚えられた事もある。けどまあ、どうでも良いか。

 

 そんなことよりも、早くこの本を読みたい。さっさと手続きを終えた私は、足早に図書室を出て行くのだった。

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