図書室戦争 4

 それにしても、笹原のファンの子に因縁をつけられて困っていたのに、どうして男子の名前を言えるかって話になったんだっけ?

 そんなどうでもいい事を考えていると、私達のコントのようなやり取りにムカついたのか、女子達が痺れを切らしたように声を張り上げてきた。


「いい加減にしてよ!まだこっちの話が終わってないでしょ!」

「ああ、そうだった。で、何の話だっけ?」

「笹原君に今後話しかけない、当番の時は図書室に行かないって話よ!」


 そう言えばそんな話だったっけ。しかし、随分一方的で理不尽な要求だ。彼女達はこんなものを飲むと本気で思っているのだろうか?

 しかし信じられない事に先頭の子は勝ち誇ったように、ニヤリと笑みを浮かべてくる。


「まさか、嫌なんて言わないわよねえ。仲が良いわけじゃないなら問題無いでしょ。今度から近づかないで…」

「嫌よ」


 すぐさま相手の言葉を遮る。もちろん向こうはムッとしたようだけど、構うことは無い。文句を言われる前に、先にこっちから言ってやる。


「確かに笹原とは仲が良いわけじゃないし、今後喋らなかったとしても問題があるとは思えないわ」

「何よ!だったら良いじゃないのっ!」

「でもそれって、人に言われたからアナタとはもう喋りませんってことでしょう。そんなの失礼じゃないの」


 いくらあまり話した事の無い相手でも、礼儀くらいはわきまえている。私が笹原のことを嫌っているならまだしも、自分の意思とは関係無しに一方的に関係を断ち切ろうという気はさらさらない。人の繫がりというものはそんな簡単なものでは無いのだ。

 そして、何よりも納得できないのは。


「だいたい、笹原が当番の時は図書室に行っちゃダメってどういう事よ。私は本が読みたいって思ったらすぐに借りたいの。曜日とか関係なく!」


 図書委員の当番は曜日ごとに変わる。彼女達の要求を飲むという事は、週に一度は図書室を利用できなくなるという事だ。そんなの我慢できるわけが無い!


「借りたい時に借りれないなんてありえないわ。笹原と話すかどうかよりも、そっちの方が大問題じゃない!」


 私のささやかな読書ライフをぶち壊しにする気か?腹を立てていると、何故か霞が悲しそうな顔をしてくる。


「最後のは言わない方が格好良かったよ。これじゃあ笹原君が可哀想だよ」

「そんなこと言われても、実際どっちの方がデメリットが大きいかって考えたらねえ」

「それでもわざわざ言う必要は無かったんじゃないかな?」


 そうかなあ?大事な事だから声を大にして言っておいた方が良かったと思うんだけど。しかし霞の言う通り最後の啖呵が癪に障ったのか、女子達が苛立ちを露わにする。


「さっきからごちゃごちゃと!バカにしてるのっ!どうでもいいから、あんたは私達の言う事を聞いてればいいのよ!」

「だからそれは嫌だって」

「――ッ!やっぱり笹原君目当てね」

「話聞いてた?笹原は二の次だって言ってるでしょ」

「笹原くんのことまでバカにしてっ!」


 ダメだ、このままじゃ埒があかない。騒ぎが大きくなってきたせいか、廊下を歩く関係ない生徒達も何事かと様子を窺っている。だけど興奮している彼女達はそんなこと気にも留めてくれない。

 あーあ。誰か先生を呼んできてくれないかな。って、あれ?あそこにいるのって……


「ちょっと、聞いてるの?」

「あ、ごめん。ちょっと聞いてなかった」

「———ッ!このっ、いい加減にしろっ!」


 一人の女子が怒って手を振り上げる。ヤバイ、これは殴られるパターンだ。そう思って思わず身構えたけど。


「待った!」


 予期していた衝撃は来ずに、代わりに女子生徒の振り上げた手を掴む男子が一人。


「……基山」


 とっさに助けてくれたのは、何と基山だった。実はさっき廊下の先にコイツの姿があるのは見えてたんだけど、事態を察して急いで走ってきたらしい。それはもう吸血鬼特有の足の速さを生かして、目にもとまらぬスピードで。

 しかし、手を掴まれた女子は苛立った様子で基山を睨みつける。


「邪魔しないでくれる!」

「ご、ごめんなさい」


 すぐさま手を放して後ずさった。そうだ、基山は女子アレルギーだった。さっきはとっさに助けてくれたけど、きっと内心ビクビクしているに違いない。何だか顔も引きつっているし。

 それでも私達を庇うように前に出て行くけど、相手は女子の大群。いったいどこまで持つか。


「……ええと、暴力はいけないし、それに…」

「何よアンタ?文句あるわけ?」

「無いです」


 あっさりと折れてしまった。まあ仕方ないか、基山だし。

 女子アレルギーなのに怖いのを我慢して殴られるところを助けてくれたんだ。それだけでも感謝しなくちゃ。


「文句ないなら引っ込んでてくれる?」

「ま、待って。やっぱり文句あるから。何があったのかは知らないけど、乱暴はいけないと……」


 基山の声がだんだんと弱まっていく。

 仕方が無いか。怒気に満ちた顔を近づけられ、すっかり蛇に睨まれた蛙状態だ。可哀想に、「アンタには関係ないでしょ」だの「さっさとどっか行きなさいよ」だの怒鳴られて、顔色も悪くなっている。


「……はい…ごめんなさい……あ、でも水城さんには手を上げないでくれると……嬉しいのですが」


 あ、一応まだ庇ってくれるみたいだ。だけどこれ以上無関係な基山を巻き込むわけにはいかない。私は基山をグイッと押しのけて、女子達の前に立つ。


「ちょっと、基山は関係ないでしょ。邪魔されたからって、弱い者いじめはしないでよね」

「弱い者っ?」


 基山はショックを受けたように表情を崩し、突っかかっていた女子は再び私に向き直る。さて、これでまたふりだしか。

 早く終わらせるつもりだったのに。この騒動、どうやら長くなりそうだなあ。そう思った時。


「もうその辺にしときなって」


 そう言って近づいてきたのは西牟田だった。いったいいつから見ていたのか、余裕のある笑みを浮かべながら女子達に近づいていく。

 度重なる乱入者の登場に集まっていた女子達は怪訝な顔をするけど、基山と違って西牟田は動じる様子は無い。表情を崩さずに、眼鏡の奥にあるその目を光らせる。


「これ以上騒ぎを大きくしない方が双方のためじゃないの。どうしてもっていうのなら止めはしないけど、その前に周りを見てみなよ」

「周りって…」


 彼女達はハッとしたように口を閉じる。忘れていたみたいだけど、ここは人通りの少なくない廊下なのだ。私達はもう、すっかり注目の的になっている。


「どう?ここは一つ引いてもらえないかな」

「……わかったわよ」


 これ以上騒ぎを大きくしてはいけないと分かったのか、彼女等は苦虫を噛み潰したような顔をしながら、私を一睨みする。


「あんまり調子に乗らないでよね」


 そう捨て台詞を吐いて去っていく。やれやれ、やっと終わった。

 時間は掛かったけど基山と西牟田が間に入ってくれたおかげで、どうにか事なきを得ることが出来た。

 離れて行く彼女達の後姿を見つめながら、私と霞は胸を撫で下ろすのだった。

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