身勝手な噂 2

 好奇心、興味本位。どうやらそんな身勝手な理由で、私は注目されてしまっているようだ。

 聞こえてくる雑音は耳障りがいい物ではないけど、いちいち誰が言ったか探したり、突っかかっていくなんて面倒なことはしない。騒ぎが治まるのをじっと待てばいいだけだ。

 気を取り直して霞と基山の方に向き直ったけど、いつの間にか二人もこちらに顔を向けていた。


「さーちゃん、気にすることないよ」


 さっきの声は霞も聞こえていたようで、心配そうに私を見つめる。基山はというと、何だか暗い顔をしている。

 きっと気にしているのだ、自分が吸血鬼だという事を。


 この前の事件の時私を助けてくれたのは基山だったけど、攫ったのも吸血鬼だ。私達は決して言いふらしたわけじゃなかったけど、私が犯人に血を吸われたことはもはや周知の事実となっている。


 そんな私が吸血鬼である基山と話をしていると、どうやらそれだけで好奇心を刺激するようで、面白おかしく陰口をたたいてくる輩がいる。

 実際に耳にしただけでも、あの夜以来基山とはただならぬ関係になったとか、血を吸われることに快感を覚え、以来吸血鬼である基山に依存しているとか、まるで胡散臭い週刊誌のような噂が流れている。


「みんな暇ねえ。いったい何が面白いんだか。気になるなら直接聞きにくれば良いのに」


 お弁当をつつきながら、いかにも気にしてませんよといった感じで声を出す。実際私は噂されている内容自体はあまり気にしていない。ただ耳障りが悪いから、陰口なら陰で叩いてほしいと思っているだけだ。

 だけど基山は違う。根も葉もない噂話を、重く受け止めてしっているのだろうか。いや、それとも…


「ごめん」


 消沈した顔で、基山は謝ってくる。別に基山が悪い事をしたわけでは無いのに。

 多分だけど、基山は自分の事を噂されているのを気にしているわけじゃない。その噂のせいで、私が嫌な想いをしていないかを心配してくれているのだろう。知合ってまだ一月半だけど、それくらいの事は分かる。


 だけどこのままと言うわけ無いはいかない。私は本当に平気なのだし、そもそも基山が悪いわけではないのだ。なのにこんな気にしなくて良い事を気にするだなんて間違っている。

 よし、ここははっきり伝えておく必要がある。


「基山」


 呼ぶとすぐに基山がこちらを向く。私はそんな基山の口に、すかさず玉子焼きを詰め込んだ。


「むぐっ」

「どう?ちょっとは元気出た?小さい事なんて気にしてないで、堂々としてればいいのよ」


 基山は何が起きたのか分からないように目を白黒させていたけど、モグモグと口を動かして玉子焼きを飲み込んだ。ちょっと荒っぽいやり方だったけど、悩んでいる時は食べて忘れるに限る。


「ありがとう。でも、こういう励まし方はちょっと……」


 あれ、玉子焼き嫌いだっけ?もう一個あげようかと思って箸で挟んでいたけど、悪い事しちゃったかなあ。まあ見たところ元気は出たみたいだし良しとしよう。


「さーちゃんって時々無意識で凄い事するよね」


 一部始終を見ていた霞が、何だか呆れたように言ってくる。


「どういう事?」

「ううん、何でもない」


 なんだかスッキリしなかったけど、それ以上は何も言ってくれなかった。


「そう言えば、さっきの話で少し思い出したんだけど」


 基山が急に小声になる。


「あれ以来、おかしなこととか無い?」


 あれと言うのはこの前の事件の事だろう。


「うん、今のところ何とも」

「なら良いけど」


 ホッと息をつく基山を見て、何を考えているのかが分かった。

 あの事件の後基山は、私が吸血鬼にとって特別美味しく、なおかつ力を与えてくれる特殊な血が流れている『魔力体質』と呼ばれるものだと言う事を教えてくれた。過去には魔力体質の人間が反社会的な吸血鬼に狙われるといった事例もあったようで、基山はそれを気にかけてくれているのだ。


 けど、本当にアレ以来変わった事なんて無い。

 私の血を狙ってくる危ない吸血鬼もいるかもしれないと聞いた時は怖かったけど、どうやらそれも考えすぎだったようで、平穏無事に過ごしている。


「気にしすぎよ。いくら私の血が特別でも、そうそう変な奴に絡まれたりはしないわ。それに何かあった時はちゃんと相談するから、そんな心配しないで」


 霞には聞こえないように小声で囁く。すると基山は安堵の表情を見せる。


「あと変な噂を気にして、距離を置こうとするのも禁止ね。最近学校では、わざと声をかけないようにしてたでしょ」

「気付いてたの?」

「そりゃあね。けどそんなの気にしなくていいから。だいたいこの前、何かあったら頼れって言ったのに、距離を置かれてたら頼り難いでしょ。それとも、面倒だから嫌になった?」

「ううん、そんなこと無いよ。頑張るから!」


 何だかやけに張り切っている。といっても、今すぐ何かしようって話でも無いんだけどね。

 そんな私達のやり取りを隣で見ていた霞が再びニコニコ笑いながら、なんだか楽しそうに声を漏らす。


「仲良いねえ、二人とも」


 仲、良いのかな?自分ではよく分からないや。まあ今までは積極的に男子と話す事なんて無かったかし、仲が良いってなるのかな?そう言うのも、悪い気はしないかも。

 お弁当をつつきながら、そっと口元を緩めるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る