皐月side

身勝手な噂 1

 窓からどんよりとした空が見える。五月の晴れと書いて五月晴れというけど、今日は生憎の雨。私、水城皐月は洗濯物を干してこなくて良かったと思いながら、校舎の廊下を歩いていた。


 雨はあまり好きじゃない。洗濯物は乾かないし、買い物に行っても濡れるから運ぶのが大変だ。梅雨はまだ先なのだから晴れてくれれば良いのに。そんな事を考えていると、ふと誰かの声が耳に入った。


「おい、あいつだろ。この前の強盗事件の子」


 一瞬足が止まりそうになる。そっと目を向けると、二人の男子がひそひそと話している。


「吸血鬼に誘拐されたってやつか。やっぱ血吸われたのかな」

「だろうな。他にも色々されたんじゃないか」


 私は聞こえなかったふりをする。

 ああやってこそこそ噂されるのは良い気がしない。言いたいことがあるならハッキリ言えば良いのに。私はため息を付きながら、雨音の響く校舎を歩いて行った。

 


         ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ゴールデンウィークが終わってから半月が経つ。せっかくの連休は私にとってあまり良いものではなかった。

 連休初日に私のバイトしている喫茶店に強盗犯が立てこもり、私は人質として犯人に連れ攫われてしまったのだ。

 その後何とか救出され、犯人は捕まって事件は無事解決したけど、連休が明けてから何だか腫れ物に触るような扱いを受けている。最初は心配する声が多かったけど、次第に興味本位で好き勝手言うヒソヒソ話をよく耳にするようになってきた。


 いつもなら陰口をたたかれてもどうってことないけど、事の発端となった事件がニュース報道されるくらいの大きな事件だったためか聞こえてくる頻度があまりに多く、流石にちょっと疲れている。

 言うのは勝手だけど、せめて本人に聞こえないところでやってほしいわ。


「さーちゃん大丈夫?元気ないみたいだけど」


 心配そうに声をかけてくれるのは、同じクラスで親友の田代霞たしろかすみ。事件の前も後も、変わらない態度で接してくれる優しい女の子だ。

 今は学校の昼休み。私はいつものように霞と二人で昼食を取っていた。


「うん、ちょっと寝不足なだけだから」

「なら良いけど、あまり無理しちゃだめだよ。家の事も大変なのはわかるけど」

「そっちは大丈夫、八雲も手伝ってくれてるし」


 本当、あの子がいなかったらとっくに倒れていたんじゃないかと思う。

 バイトが忙しいうえに弟の面倒まで見るのは大変じゃないかという人もいるけど、それは違う。今日だってバイトのある私に代わって、夕方のタイムセールに行くって言ってたし、面倒な手伝いだって嫌な顔一つせずにやってくれる自慢の弟だ。


「いいねえ、よくできた弟君がいて。私も八雲くんみたいな弟が欲しいなあ」

「いくら霞でもダメよ。八雲は私の弟なんだから、あげないよ」


 そんな冗談を言い合って笑っていると。


「あの、水城さん」


 後ろから呼ばれて振り返ると、そこには基山の姿があった。


「数学のノートある?集めて持って行かなきゃいけないんだけど」

「あ、ゴメン」


 そう言えばさっき授業が終わった後、係の人に出すように言われていたっけ。机からノートを取り出し、基山へと差し出す。


「はい。そう言えば昨夜借りたお鍋、今日返しに行けば良い?」

「いつでも良いよ」

「ありがとね。八雲も美味しいって言ってたわ」


 実は昨夜、アパートのお隣に住んでいる基山は私がバイトに行っている最中にうちに来て、八雲と一緒に鰤の煮つけを作ってくれたのだ。


「いつも悪いわね。八雲の面倒も見てくれてるし、助かるわ」

「気にしないで。僕も八雲と一緒にゴハンが作れて楽しいし」


 その辺はちょっと複雑だけど。最近八雲が私より基山に懐いている気がするから、少し焼きもちを焼いてしまっている。とは言え感謝していることに違いは無いので、ここは素直にお礼を言う事にする。


「今度私も何か作って持っていくから。貰ってばっかりじゃ悪いし」

「えっ?いいよ、気にしなくても」

「ダメ。いつも貰っているお裾分けだってタダじゃないんだから、基山の方も貰ってくれなきゃ私が気にするの」

「まあ…そういう事なら」


 勢いに押されたのか、あっさり承諾する。基山は女子アレルギーだからか、ちょっと強引に言ってやれば大抵の場合は折れるのだ。こんな事ではいつか女子から面倒な仕事を押し付けられないかが心配だけど、今は利用させてもらうとしよう。

 するとそんな私達のやり取りを見ていた霞が、ニコニコとした目を向けてくる。そう言えばこの前、基山が同じアパートの隣人だって教えたんだった。


「何だか二人とも、すっかりご近所さんだね。でもねえ基山くん」


 霞は私に聞こえないくらいの小さな声で、何やら基山に話しかける。


(さーちゃんがいない時にお邪魔してどうするの?バイトが休みの日にでも遊びに行けば、さーちゃんとも一緒にいられるじゃない)

(それはそうなんだけど、水城さんだって八雲と一緒に遊びたいって思っているだろうし。邪魔するのは悪いかなあって)

(なるほど、そう言う気づかいは大事だよね。けど、基山くんの場合もうちょっと積極的に動いた方がいいんじゃない?)

(そうかもしれないけど……ゴメンなさい)

(えっ?別に謝らなくても良いけど)


 二人が何を話しているのかは、生憎まったく聞き取れない。だけど小声で話しているため段々と霞の顔が基山に近づいていて、それにつれて基山の顔色が悪くなっていく。

 基山は女子アレルギーだから、きっと霞が近づいたことで焦っているのだろう。

 生憎霞は、基山が女子アレルギーという事を知らない。しかし、これは早い所助け舟を出した方が良いのだろうか?そう思って口を開こうとした時。


「吸血鬼と攫われた女か」


 ふと誰かのそんな声が耳に入った。思わず声のした方を見たけど、昼休みの教室はごった返していて誰が言ったのか分からない。


(またか)


 本当、所かまわず視線を浴びせられ、勝手な言葉をぶつけられるようになってしまった。興味を持つなとは言えないけど、騒がれるこちらの身にもなってほしいものだ。

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