第十五話 長官がスパイ!?
前日、この地に飛ばされてシバタは自分たちがこの地でなにが出来うるのか??ということを考え始めていた。
手近なところでは、混沌とした状態からまずは環境を整備してヴィレッジの長期自給体制というか、インフラを整備して住環境を整備しつつ、食料供給体制の改善、完全にこちらの人々との融合は無理にしても、協働しつつこの世界にはないものを少しずつでも広めていくということ。
日本人としては、米の栽培、味噌や醤油の醸造、現代日本の食文化の普及…なんてことを思ったりもするが、いずれにしても一朝一夕に出来ることでもない。
この地の鉱工業水準がどのくらいの域にあるのかを、飛ばされて間もないシバタは正しく理解していたとは言いがたいが、目にした範囲ではあるもののそれなりには掴んでいた。
「シズラー伯爵のところの役人であるトーマス・オガサア氏や、ここの状況打開を国王デ・シャバール陛下とシズラー伯爵から託されている魔法使いのマデリン・リンク女史、ここの治安維持を図りつつ、われわれを警戒監視もしているであろう騎士団長のブライアン・アライアンス氏にも話さなくてはならない、と言いますか、彼らの理解と了解は不可欠なのですが、ここから少し南に離れた海べりをわれわれが開発できるようにしてもらって、そこに勝さんたちが前に兵庫でしていた操練所みたいなのと、田中さんがいるのだから反射炉を作って近代工業の基礎みたいなことをはじめられないかと。その上で、造船技術なんかを確立して、ついでに近代漁法と海洋資源調査みたいなことも出来ればと。いずれは軍艦を作って近海の防衛や、交易船なんかを使って物産の輸出入…なんてこともできればと思うのですが、いかがでしょう?」
シバタは海の男たちを前にして、熱弁をふるう。
すると、各者各様の反応が返ってきた。
「操練所かえ?おらあ、あばら家でくすぶってるだけでここでの生活終わっちまうかと思ってたよ。こんなんで役に立つのなら、手伝わせてくれねいかい?」
「反射炉ですと!?柴田殿はその先に何か考えがおありのようだが?望まれるものが全てできるとも思えませぬが、私でもできることがあればお仲間に加えていただきたく」
「交易船やと!?ほんなら、わしもくすぶっとる場合じゃないきに。あっちでは出来んかったことをこっちでしてみたいがじゃ」
「トシ、俺はまだ何も聞いていないぞ!」
「勝さんや榎本さんなどとも諮りながら進めなくてはいかんが、まずはこちらの
ロジャーはともかくとして、勝、久重翁、龍馬、山本はシバタが言い出したとんでもないことに、乗り気な様子を見せている。
「あーわかった。ここに、トーマスとマデリン、ブライアンを呼べって言うんだろ?まったくとんでもないやつを副代表に推しちまったぜ」
ぼやきつつも、ロジャーはスタッフらしい若い男たちにトーマス、マデリン、ブライアンに至急参集するように伝える伝令役を指示する。
シバタも見た事の無い面々だが、ロジャーが代表なのだから昨日会った面々以外にもスタッフが何人もいたところで、何らおかしな話ではない。
「トシ、みなさん、私のサポートをしているスタッフのピエール、ケイト、アントニオです。出身はそれぞれ、フランス、イギリス、イタリアだったかな?」
三人はそれぞれ一礼する。
シバタは外国には行ったことは無かったものの、それぞれの容姿と名前はなんとなく一致した。
ケイトは女性なので判るとして、ピエールとアントニオは対照的とまでは言わないまでも、見た目の雰囲気はかなり違う。
そんなたわいもないことでシバタが観察していると、どうした訳か、勝と榎本が目を剥いてピエールの事を見ている・・・。
この二人が驚いたのは、ピエールの名乗った苗字であった。
「まさか…するとそなたは、ジュール・ブリュネ殿の子孫なのか!?」
「ウイ、まさか私の先祖のことを知る方に会うとは思いもしませんでした、ムッシュ勝、ムッシュ榎本」
なんとも恐ろしすぎる偶然だなあと、シバタは思った。
ジュール・ブリュネ…フランス第二帝政の皇帝ナポレオン三世が幕末、江戸幕府の陸軍近代化に協力するために派遣した軍事顧問団の一員で、副隊長(当時陸軍砲兵大尉)。戊辰戦争の際、榎本らの江戸脱出に同道して函館五稜郭の陥落直前まで留まり、脱出後帰国。一時退役の後、普仏戦争で現役に復帰。最終的には来日した際の軍事顧問団の団長だった、シャルル・シャノワールが戦争相のときに陸軍参謀総長にまで上り詰めた人物。
某ウィキ先生によると、ハリウッドのとあるサムライ映画の主人公は、この人物がモデルとも…。
シバタは、この人物が登場する時代劇ドラマをしっかり観ていた。
当のブリュネ役は、日本人離れしていて寧ろスターリンでもやらせたらそのまんま…という役者さんだったが、配役はともかくとしてどういうわけか記憶に残っていた。
「…まさか、アンドレ・カズヌーヴなんて人は出てこないよなあ??」
「柴田殿、どうしてその名を知っているのだ?」
血相を変えて、榎本がシバタを問いただす。
「榎本さん、先に申し上げたとおり、あなたから見れば私は百数十年も未来の世の人間です。文献のみならず、榎本さんや周りの方々を知る気になれば無論限りはありますが、調べる機会はあったのです。今はその
「そうか…」
榎本は釈然とはしない様子だったものの、いずれ知れることもあろうと気持ちを切り替えた。
あらぬ人物の名が登場したことで、脱線しかけた話をシバタは戻しにかかる。
「話を戻します。皆様方は私の妄言のような提案にお力添えしていただけるようですが、皆様方の総意と捉えてよろしいのでしょうか?ここにおられる皆様が興味を示していただいたことは誠にうれしい事ではありますが、勝さんや榎本さんの配下におられるご一統様方は、すんなりと我々ヴィレッジの住人となっていただけるのでしょうか?」
シバタは、ヴィレッジ住人が思うであろうところを勝に素直にぶつけてみる。
「そのへんは、食い扶持があって今よりましな家に住める…となりゃあ、話の振りようはあるぜ。もとより全員が全員、すんなり一発で「はい」とは言わねえかも知れねえが」
「なるほど…それは無理もないことかと。それとは別に、勝さん、榎本さんにお願いしたいのはお手前方全員の身元の調べ書きと、このヴィレッジでどんな生活を職業含めてしてみたいか…ということをお手数かけますが聞き取って頂きたいのです。公儀のお役人といっても、奉行所や代官所勤めの方とか、普請をされていた方、物産に携わる方とかいろいろおられるでしょうし、あるいは各藩の大名に仕えていた方、さらには武士ではない方もおられるのではないかと思いますが、さすがに我々では見た目だけでは判断できませんので」
「ああ。わかったよ」
勝が諦め顔ながら応じる。
このタイミングがいいのかどうかはさておき、シバタはある疑念を山本にぶつけてみる。
「さて、唐突で不躾ながら山本さん、向こうの頭は誰でしょうか?表向きは陸軍の若手の将校が率いている体を取っているようにも見えますが、もっと上位の指揮官の方がいるのではないですか?海軍ならばご関係が深い井上成美中将とか、陸軍ならば山本さんの知己のある今村均中将、あるいはそのお二方ともおられるとか??」
「…………ッ!」
「連合艦隊司令長官自ら間者のようなことをされる意図はどのようなことでしょう??おそらくは未知の世界に放り出されて、誰にどのような接触をとるべきか測りかねてゆえ…というところは、こちらも同じわけだったのですが、ここの住人の代表が朴念仁でもまた困ったことになったのでしょうねえ…」
山本の顔色が見る見る変わっていく。
「民間人を装って、紛れ込んでる陸軍中野学校あたりの出身者がひょっとしたらいるのかもしれませんが、さすがに未来の人間を遭遇する場合や、異世界に飛ばされることなんかは想定はされておりますまい。もっともそんなの時代問わずどこの軍の兵学校も、情報機関の養成所みたいなところでも、教えるところなど無いでしょうけど」
ここまで言ってシバタは、山本になんとウインクして見せた。
「だからこそ危険を顧みずに、山本さんは正体を明かした上で勝さんや榎本さんに接近されたのでしょうけどね」
もとより、シバタにしても山本を糾弾しようなどとという大それた意図などさらさら無くて、何とかして武士や軍人たちと誼を通じるきっかけが欲しかった…ということでしかない。
「山本さん、若輩なわたしが不躾な物言いをしてしまいましてご不快にさせてしまったのなら、お詫びします。何ゆえさまざまな時代の地球人がこの世界に飛ばされてきたのかは皆目見当が付かないことですが、時代を超えた人々がここに集うのも生意気なことを承知で言わせていただければ、何かの縁なんだろうと思います。時代や国籍、ましてここは異世界でもあるのでそれに伴う困難というのもまた多いでしょう。これからどうなっていくかということを考えるだけでも大変な仕事です」
シバタは山本に向き合い、滔々と語りかける。
「いや、貴君を始め代表のトムリンソンさんや、勝さんや榎本さん、そのほかの皆さんにも試すような真似をしてしまい申し訳ない」
搾り出すように山本は答える。
「いえいえ。軍人たちを仕切っている方々が、本土決戦を叫ぶような将校とかだったらおそらくは話のきっかけさえ掴めなかった訳で、話ができる方がおられればこそだと思います」
「察しのとおり、あそこの軍人たちをまとめているのは井上と今村さんだ。隊長は角田という若い大尉だが、今村さんが日なたに、井上が影になって仕切っている」
「偶発的なことは止むを得なかったにしても、陸軍の方たちは恐ろしいまでに理性的で、イケイケな指揮官であれば相手を見定めることなく突撃…何ってこともあったかもしれません。ただ、私が見た中に高位の将官の方の姿は見受けられなかったので、おられるとすれば黒子に徹しておられるような気がしていまして。そんな風に思っていたところに山本さんの話が出て、ご本人がやってきた。ひょっとしたらと思いカマを掛けました。すみません」
「なんこったい!!」
しばらく話の推移を見守っていたロジャーが、素っ頓狂な声を上げる。
当然彼もこの状況は理解できていない。
「しかし、柴田殿は山本さん以上に喰えないねえ…とても小さな店の番頭には思えないぜ」
魂消たように、勝がおどける。
「ミスター・トムリンソン、これからこちらの人を呼んで話し合いをするのだったな?」
山本がロジャーに尋ねる。
「はい。ミスター・カツやミスター・エノモト、プロフェッサー・タナカもおられますので」
「そこに2~3人追加してもかまわんかな?」
「もちろんです」
「何か書くものはあるかな?」
ロジャーが紙とペンを渡すと、山本は一枚の紙に短く書き記して封筒に入れ、封をする。
そしてロジャーに詳細を説明する。
「この封筒を軍人たちのリーダーである角田大尉に届けて欲しい。軍使の旗を立てていけば、無条件で受け取ってもらえる」
「中身が毀損されたり、伝達されない…ということは無いのですね??」
「無論だ。そこは徹底されているので、問題ない」
ロジャーからスタッフに託された山本の手紙は、無事届けられた。
そこにはこう書かれていた。
「橋、開通セリ。至急渡ラレタシ」
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