第十四話 異世界の長官

山本には、付き添いが一人いた。

からくり翁こと、田中久重であった。


「はじめまして。柴田殿、ミスター・トムリンソン、山本です」


「昨晩もお会いしましたな。改めて、拙者は田中久重と申します」


ここが異世界でなくとも、眼前にものすごい人物が複数現れたら、シバタでなくとも腰を抜かすような顔ぶれ。勝海舟、榎本武揚、坂本龍馬、久重翁…だけでもとんでもないのに、さらに山本五十六まで…

錚々たる面々を前に、胃が縮み上がるような思いをしつつも、シバタは努めて平静を装っていた。


「はじめまして。ええと、山本五十六さんですよね?なんとお呼びすれば?」


「今は素浪人同然なので、山本でいいだろう」


「承知しました。では他の方々も「さん」で統一します」


髷がないとはいえ、和服姿でも着こなしに違和感がない山本。

もっとも、シバタが見たことある写真の山本は、そのすべてが軍服であり、あの時代に生きていた日本人であれば和服は着慣れていて当たり前だよな?と思った。

話はいきなり核心に迫る。


「山本さん。すでにご存知のことと思いますが、われわれには二つの懸案がありました」


「ああ。でも、片方はもうどうにかなるのではないか?ここにおられる方々でどうにかなるのではないかな?とすれば…」


「はい。詳細を全て掴んだ訳ではありませんが、陸軍の兵を中心とした一団のことですね」


「うむ。わしは陸さんにそんなに伝はなかったからのう…。もっとも、あったとしてもこちらでは役に立つとも思えぬが…」


「指揮官は何者か不明ですが、統率はかなり取れていると思われます。不用意な行動は絶無ではないですが、組織的にやらかしてる様子はないようなので」


「誰か間者かんじゃでも、潜り込ませるかえ?」


勝が割り込んでくる。

勝の言うように、あるいはスパイを送り込む…というのは、ひとつのやり方なのかもしれない。しかし、あの時代の陸軍の一団の中に潜り込めるスキルを持つ人物など、ここにいる全員に宛てなどあるはずもなく…。


「勝さん、それはここにいる全員が同じ時代、同じ価値観ならば採りえた手かもしれません。しかしながら、われわれの時代の日本人はすぐにばれるでしょうし、それは勝さんたちのお仲間でも同じことかと」


シバタは勝を宥める様に言い、さらに続ける。


「今日の今日で出来ることではないですが、正面突破で指揮官に直談判するのが実は一番衝突が回避できるのではないかと個人的には思っています。それに、彼らとて、ここの住人であることに変わりはないわけで、戦闘能力はともかくとして、開拓や治安維持…という部分では、非常に有用になるのではないかと」


ただ、それをどう実現させるかは、まだシバタにも浮かんでいなかった。

他にも片付けなければいけない案件はいくらでもあるし、せっかくこれだけの面子がいるのだからと、シバタは思っていることを切り出す。


「せっかく今日はここにこれだけの方々がおられる訳ですから、今日は別な話もしてみたいなと思いまして」


「別な話とは?」


怪訝そうな顔でロジャーがシバタの顔を見つめる。

シバタは実はロジャーとも相談していないし、またロジャーが決められることでもないのだが、せっかくこれだけの人材がいるのだから駄目もとで振ってみる価値のある話とは勝手に思っていた。


「皆さんでここに近代海軍をつくってみませんか?」


「「「「「「「はあーっ??」」」」」」」


これにはさすがにその場にいた、シバタ以外の全員が目を剥いた。


「いきなりこう言ったら、さすがの皆さんでも魂消ますか…??これは、私が勝手に思っている長期的な計画の一端でしかないのですが、われわれがこの地に出現したことで、いまは平穏かもしれませんが、いずれ国同士の力関係や均衡に変化が現れることになるかと。ここの領主であるシズラー伯爵や、デ・シャバール陛下の腹の内はわかりませんが、周辺国が黙ってみているだけとも思えません」


シバタとて、まだ会ってもいないここの領主であるシズラー伯爵や、サムトアール王国を治めるデ・シャーバール陛下の腹の内など判るはずもない。しかし、この地の変化は周辺国にとってどう映るかは、注意しておかねばならないことだろうとシバタは思っていた。

それに、異世界の見知らぬものたちが怪しげな技術を使っている…などという話は、たとえこのヴィレッジにスパイが潜り込んでいようがなかろうが、尾ひれがついて周辺に広まることは間違いのないことだろうとも、シバタは思っていた。


「まずは、このヴィレッジを街としての体裁を整えなくてはなりませんが、その過程で当然こちらの方々の協力は不可欠です。その見返りと言うわけでもないのですが、私はそれを行う中で当然われわれの持つ技術や文化、習慣というものが望むと望まざるとこちらの方々にも知られる…と思っています。ならばいっそのこと、われわれの持てるものはこちらの人々に与えつつ、魔法の習得は無理にしても、協業による魔法と技術の融合みたいなことで、こちらの工業技術や生活水準の向上、農林水産業の効率を上げるとかそういったことは可能なのではないと思いまして…」


一同目を剥きつつ、固まるのみであった。

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