第十三話 勝、榎本現る【後編】

「まずは生活の安寧を図りつつ、各々の時代の溝を埋めてくことでしょうけど、一朝一夕…とは行かぬでしょうねえ…。今すぐには無理ですが、相互理解のための寄り合い所みたいなのを作って、定期的に勉強会みたいなのは必要になるかもしれません」


「お前さんに何か策はあるかえ?」


「まだ、ここにいるトムリンソン殿にも言上していないのですが、ここのすべての人を対象に出身国、いた時代、職業経験や能力などを纏めたものを登録してもらって、それを一目で判るものを携帯してもらう…というのを考えてみたのですが、ロジャー、サムトアールの住民はどんなID登録のやり方してるのかなあ?」


「そういうものは必要なのは言われずとも判っていたが、なにせ、急なことだった上にやることが多すぎてな?こちらの住民の管理については、トーマスに訊いてみる」


「食糧の配給は?台帳とかで管理してないのか!?」


やりとりしながら、シバタは素朴な疑問をロジャーにぶつける。


「そこに持っていきたいところだったが、そうなる前にサムトアール側の住民も流入し始めてしまってなあ」


「こちら側で何かあったのか!?」


「そうではないのだが、ここで食糧を配っているだの、職にありつけるなどの流言が瞬く間に広がってしまった上に、宝物が湧いて出てるなんて話も同時に流れたあげくのこの混沌…というわけさ」


どんな理由で地球の人間がここへ吸い寄せられたのかはともかくとして、自然発生的に続々とここへ湧いてしまっている上に、この地の住人もあらゆる物を求めて集まっている現状は、カオスな状況を生んでることになるわけだけど、おそらく誰が頭になって治めようとしてもたいして状況は変わらない…と、昨日チラッと見ただけながらシバタは思っていた。


「別にロジャーを責めてるわけじゃない、混沌とはしていても混乱には至ってないのがある部分では不思議だったのさ。早い段階でシズラー伯爵が動いたのも救いだったのだろうけど、略奪や虐殺の類はほぼ無かったわけだし…

ということは、勝様や榎本様がどういう下知をご配下に下されたかは判りませぬが、それも効いていた…ということですね。ところで勝様、配下の方々になんと言われたので?」


「察しがいいなあ、お前さんはよ…だが、「様」は止めてくんねえかい?仮とは言え、副代表様にそう言われたらくすぐってえし、何より示しが付かねえ。おっとそうだった、下知の件なあ、『触れに背いて乱暴狼藉やらかす奴は、俺自ら問答無用でたたっ斬る!!それでもまだ逆らおうとすれば、向こうの軍隊連中が大砲で皆殺しにするだろうよ』って言ってやったのよ」


人を食った物言いをしつつも、そこは歴とした幕臣で、しかも直真影流の免許皆伝でもあり、更に虚実入り混じった脅しまで用いていたとは…ある程度は見当は付いていたものの、呆気にとられるばかりのシバタであった。


「その、勝殿も脅しに使った陸軍の連中なんですよねえ…頭痛いのは。彼らとて、罪人ではないのですし…。奥の手はあるにはありますが、出来うることならそれを使わずに恭順させたいところで」


シバタは溜息をつく。


「どんな奥の手だい?」


勝がニヤニヤしながら訊いてくる。


「この地には魔法使いというものがいるのは、聞き及んでおられるかと」


「うん。からくりの爺様も、昨夜お前さんの隣にいた魔女を初めて目の当たりにして、大層たまげたそうだ」


「彼女たちに依頼して、魔法を使って武装を解除して身ぐるみ剥がして装備一切合切取り上げた上に、魔物を召還して少々脅してもらおうかと…まあ山本閣下がここにいるのであれば、まだ方法は浮かびませぬがそんなことせずとも、別な手は採れるかと」


今度は、勝、榎本、龍馬、そしてロジャーまでもが唖然としている…。


「お前さんも見かけによらず、過激な事言いなさるなあ?俺たちと話が出来ねえって事になっていたら…まさか…」


「ええ、誰彼構わず無礼討ちや辻斬りされたり、軍人連中に『鬼畜米英』を叫ばれて無差別攻撃されて、もし被害者がこの国の高位の者に連なるものになったとすれば、事と次第如何ではシズラー伯爵では収まらず、国王デ・シャバール陛下が勅命を以て我々全体を討伐せよ…ってなことにも成りうるわけでして…向こう見ずな馬鹿一人のために、このヴィレッジ全体を滅亡の危機には追い込めないだろ?ロジャー代表殿」


「ううむ…確かに」


そんなことになってしまっては、『ヴィレッジ』どころの話ではなく、ここにいるほとんどすべての人間が、サムトアール王国の『敵』ということにもなりかねない。

どんな犠牲を払ってでも、そういう状況にはならないようにしなくてはいけない。


「でも、そういうのがケンカふっかけて返り討ちに遭った…位で済んでいるのは、昨日ロジャーにも話した通りで奇跡でもあるけれど、勝殿や榎本殿に武士のご一統がきちんと従っておられること、それと指揮官が誰にあるにせよ、かの軍人たちの指揮官もまたきちんと統率が為されているからとは考えられませぬか?どうにかして、その指揮官と話すことが出来れば…勝殿、面倒なお願いになるかも知れませぬが、一度、その山本閣下とされる方と引き合わせていただけませぬか?お話を伺うとかなり厳しい環境におられるようですが?」


ロジャーと勝、榎本一行を交互を見ながらシバタは言う。


「あの御仁もなかなかの狸だよ?でも、左手が利かねえってのに剣術の鍛錬したり、洋服で市場散策したりと、なかなかのしたたかもんだぜえ?」


「左手が利かぬのですか?まさか指が…」


シバタは、歴史に詳しくは無い…といいつつも、山本五十六が少尉候補生だったときに日露戦争に従軍、日本海大海戦時に乗艦していた装甲巡洋艦『日進』艦上にて負傷して、左手人差し指と中指を欠損した…という事実は、本を読むことで知っていた。


「何だい…お前さん知っていやがったのかい…隠し札に使えねえかとも思ってたんたが、お前さん相手にゃ通用しねえようだな…おい、山本さんや中に入りなあ」


天蓋の外で待たされていた頭巾姿の武士が、しずしずと入ってくる。


「山本さんよ、こいつはメリケンの太平洋艦隊よりも手強いかも知れねえ…頭巾外して顔拝ませてやんな。ここの住民組織全体の副代表様に推挙が決まっている柴田殿と、代表のトムリンソン殿だ」


そうして頭巾を外して顔が露わになった短髪の初老の男性は、シバタも写真を見たことがある、山本五十六その人であった…。

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