第十二話 第12話 勝、榎本現る【前編】

「…おはよう、トシ」


「んん…シャロン?ここは?」


「『ヴィレッジ』のあなたのテントよ」


思い返してみても、異世界であるサムトアールに転移した1日で、何十年分もの「濃い」経験をしてしまったのではないか…とシバタはぼんやりとした頭で思った。


「コーヒーと朝食置いとくから、冷めないうちに食べてね」


「ああ、ありがとう」


ぼんやりしていても、そうは問屋が卸してはくれないようで…

それでも、いつ何が起きてもいいように、トレーに載せられた朝食に手を伸ばす。


「おう、柴田ってえのはここかえ?」


天幕の外でなにやらある様子。ひょっとして?


「何ですかあなた方は?」


「俺ぁ勝って言う者だ。ふーん…通詞(つうじ。通訳)が要らねえってのは便利だねえ、釜よ」


「勝さん、何も田中殿の話を聞いてその足でここに来ることもないでしょう」


「べらぼうめえ!こういうこたあ、早えに越したことねえんじゃねいかい?」


「それはそうかも知れませぬが、段取りだってお互いあるでしょうに」


「なーに、初対面であのからくりの爺さんを誑し込んだんだ、その未来の日本人ってのの面を拝んでみてえって興味沸かねえかい?なあ、龍馬もそう思うだろう?」


やっぱり…


勝海舟と榎本武揚のいわば幕府海軍コンビ…なら、重久翁から聞いていたので大袈裟でも何でもなく、覚悟というかそういうのはあったであろう。よもや、坂本龍馬までくっついてくるとは…。


ロジャーが中へ入ってくる。


「トシ、来客なんだが…その…」


ロジャーが体裁悪く、歯切れの良くない言い方で言う。


「ロジャー、さっきから丸聞こえだったよ。昨日の顛末を報告した後に、どうしようか相談しようと思ったんだけど、向こうから来ちゃったねえ…。まずはお通しして、ロジャーも同席してくれた方がいいと思う」


「ああ、分かった」


暫し後…。勝海舟と榎本武揚、その後ろから坂本龍馬が天幕の中へと入ってくる。


「おう、邪魔するぜ。聞けば、お前さんは昨日ここに現れてそのまま八面六臂で動き回ってたって言うじゃねえかい?無理して起き上がるこたあねえよ」


勝は、あわてて起き上がろうとしたシバタをを気遣う。


「田中殿から話は聞いたのだが、我らの生存のためにここに来た早々から尽力されておるそうだな?」


「どんな豪傑がおるんかと思っちょったら、とんだ優男じゃき」


「これ、坂本…無礼であろう」


思わず榎本が龍馬をたしなめる。


「柴田殿、我等が何者かは言わずとも?」


「はい、このような格好で相まみえるご無礼は平に御容赦を、勝安房守様、榎本和泉守様、坂本龍馬殿」


シバタの眼前には、幕末の有名人が三人並んでいる。それぞれの写真を見たことはあるし、書かれた本を読んだり、それぞれを主役にしたドラマを観ていたりはしている。

自分が元の世界にいて、彼らに出くわしたのなら腰を抜かしたかもしれないが、そこまでの感慨は今のシバタには無く、上体を起こして冷静に挨拶する。


「俺あ堅苦しいのは苦手でなあ…勝、榎本で構わねえよ」


「ではそのように。改めて私は、昨日ここに現れた柴田俊宏と申します。此方はここの、我々は『ヴィレッジ』と称しておりますがその代表をされている、ロジャー・トムリンソン殿です。ロジャー、こちら武士の一団を纏めておられる、ミスター・リンタロウ・カツ、ミスター・タケアキ・エノモト、そしてミスター・カツの弟子にしてボディガードのリョウマ・サカモトさんです」


「初めまして皆さん、ここ、『ヴィレッジ』の住民代表を務めるロジャー・トムリンソンです」


「ロジャーさんってのかい?おいらは勝麟太郎。安房守ってのはまあ洒落だ」


「お初にお目にかかる、それがしは榎本武揚だ。勝さんほどではないが、まあ俺の和泉守も洒落だよ」


「わしゃあ、勝さんの弟子で護衛の坂本龍馬ちゅうきに、よろしくぜよ」


それぞれ挨拶を交わす。


「トシ、この二人の『アワノカミ』『イズミノカミ』というのは?」


「ロジャー、私も詳しくはないけど、武士がある程度の地位まで上がると古いステートネームとかを付けたりして名乗る制度があって、細かいルールはあるけど、勝さんは東京周辺で一番小さなステートから「安房守」、榎本さんはお住まいのあたりの地名『神田和泉町』から「和泉守」と名乗られたのそうで、だからお二方とも洒落だって」


「なるほどねえ」


釈然とはしないながらも、その場は頷くロジャー。


「おめえさん、よくそこまで知っていやがるなあ…尤も、百年以上時が離れていりゃあ、おいら達のことも読み物になってんのかも知れねえなあ?でももう一声、なんか無えかい?」


シバタは躊躇いながも自分の時代の紙幣、一万円札を三人に見せる。

そこに描かれた人物に、勝、榎本、坂本の三人は目を剥いた。

少なくともこの三人が知っている人物ではあるけれど、彼らが知るその人物はそれに描かれているように老けてはいない。


「こらぁお前さん…豊前中津藩の福澤かえ!?…こりゃあたまげた、しかし随分と手の込んだ細工の印刷だねえ」


「福澤諭吉さんとは何かと因縁のあったお二方故、躊躇いはあったのですが…」


「俺はまだ無いが…そうかいそういう事かい…俺がこっち来た後に、色々と難癖付け始めたってわけかい」


榎本は当たらずといえども遠からず…の鋭い事を言って見せた。


「時にお前さん、俺達の後の世の海軍の山本五十六っての知ってるかえ?」


「連合艦隊司令長官の山本五十六大将の事ですか!?まさか…」


「そのまさかでよお、奴さん俺らのところに紛れ込んでる」


「アドミラル・ヤマモト…だって!?」


次から次へと…

流石にロジャーが目を剥いて驚くとは、シバタも驚いた。


「しかしまた何で勝様達のところへ?」


「陸軍の連中にめっかると、自分が殺られるだけならいいが周りに騒ぎを引き起こすのが不味いのと、陸軍の連中を誰が纏めているかを見極めないとあの集団の中には入れないんだとさ」


確かに勝の言う、山本五十六とされる人物の言い分は、シバタにも理解できる。

陸軍の一団を抑えている人物は、理性的に兵たちが暴走しないよう警戒しつつもなりを潜めているが、たしかに山本のような大物がいきなり現れたらその言動如何ではどういうことが起きるか予想がつかない。


「確かに…軍令部や海軍省にいたら、いつ暗殺されるか判らないから連合艦隊司令長官に親補された…という話があるくらいですからねえ。駐在武官や軍縮会議に参加なされたご経験故でしょう、アメリカやイギリスとは戦争してはならない、ドイツやイタリアとは同盟してはならないと言い続けた方でしたからねえ…ドイツ贔屓が多い陸軍はともかく、それに乗っかった将校は海軍にも随分いたようですしねえ…」


シバタが思い付くまま言うことを、勝たちは感心しながら聞いている…。


「お前さん、歴史でも究めてたのかえ?」


「そんな…とんでもないことです。無論、私のいた時代のごく当たり前の歴史的知識…とは申せませぬが、人とは多少違った本の読み方はしたかも知れません」


シバタはキチンと歴史を学んだ訳でもないし、ミリオタと言えるほどの知識があった訳でもない。人より歴史や戦記ものの小説は読んでいた、その程度なのである。

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