第十一話 ガラクタの山とからくり翁

マデリンとシバタは、積み上げられた品々の山を見て回る。時々、マデリンがシバタにどんなものか訊いたり、シバタが説明したりという繰り返し…。


その傍らで、熱心に観察をしている老齢の武士?が、意を決したかのように、シバタに声をかける。


「そこの御仁。拙者にもこの物品の山々が何であるのか、教えてくださらぬか?」


「それは構いませんが、貴方はどちらさまで?ご身分のあるお方と存じますが、言葉遣いとか、作法が至らぬ点はなにとぞご容赦を」


どうにか、シバタは通じそうな言い回しを絞り出して返事をする。すると…


「拙者、久留米藩出身の田中久重と申しまする。ここに来るまでは佐賀藩の精錬方をしておりました」


名前を聞いたとたん、シバタは顎が外れんばかりに驚いた。

好きとはいえど歴史があまり得意ではないシバタでさえ知っていた、歴史上の人物が目の前に立っているのである。

あの、「からくり儀右衛門」その人だった。


「た、た、田中久重様ぁ?」


「トシさん、どうしたんですかぁ?」


シバタのあまりの驚きように、マデリンは事態を飲み込めていない。当然といえば当然の話であるけれど。


「マデリン、この方はヒサシゲ・タナカ様。あの武士の一団に入っているようだけど、あの時代の日本の偉大な発明家というかエンジニアというか…そういうお方さ」


マデリンに眼前の老人がどのような人物か、ごく簡単にシバタは説明した。


「失礼いたしました、田中様。私は柴田俊宏と申します。田中様から見たら、150年ほど未来の、東京と名を改めた江戸の町で商人といいますか、店たなの番頭のようなことをしていました…と言えばお判りいただけるかと」


「柴田殿、そう固くならずとも…これがこの世界での特有のことなのですかな?」


「と言いますと?」


「何が何だか判らぬまま、似たような身なりの者たちと身を寄せておったのだが、各々過ごしていた時が違っているようでの。話をしてみても、神君家康公の時代の者もおれば、家光公、吉宗公、一橋家を相続した慶喜公が将軍様になっていると言う者までおりまてな」


「田中様のお見立ては、ある部分では全くその通りです。ただし、日本人に限らず、オランダ、アメリカ、イギリスなどあらゆる国の、様々な時代の人々が同じように飛ばされてきているので混沌とした有様になっているようです。かく言う私も、実は今日飛ばされてきたばかりなのです」


「なんと…柴田殿、その「田中様」は勘弁していただけぬか?」


「ではなんとお呼びすれば?」


「田中殿で何卒」


「承知しました」


武士の一団に、とんでもない人物が紛れ込んでいたことに驚愕するシバタであったが、同時にいかにして彼らを味方にした上で、かつ、この世界で共に生き抜くか…ということに途方に暮れつつも、希望が出てきたことも確かだった。


「田中殿、ここにあります物は理由は説明出来かねますが、私たちの時代、田中殿から見れば百数十年後の世界の生活に必要な道具類というべき物でして…。我々もどのような物がどれだけあるのか未だ全ては掴みきれてはおらず、それを調べるためにこちらの女性を伴って調べようとしていたところです」


「なるほど。そちらの異国の女子おなごは随分とキテレツな格好をしておいでだが?」


「彼女はこちらの世界の偉大なる魔法師、ここサムトアール王国の至宝、マデレン・リンク殿です」


「サムトアール王国とは?いずこの国ですかのう、柴田殿?魔法師とは?」


「話せば長いのですが、ここは田中殿や私の暮らしていたいわゆる「地球」ではありませぬ。地球とよく似ていますが違う世界の天体の、サムトアールという王国のシズラー伯爵領というところになります。にわかには信じてはいただけぬ話かと存じますが、地球のありとあらゆるところから様々な人たちがこの地に飛ばされてきているようなのです。それとは別にこうして地球の物品のみがこの地に飛ばされておりまして…そして、ここはマデリン殿をはじめとする魔法を操る者も存在する世界なのだそうです」


あまりに荒唐無稽すぎて、久重翁は目を剥いたまま固まっている。


「な、なんと!ここは地球ですらないと?」


「残念ながらぁ、ここは地球ではないのですぅ」


なぜかマデリンが畳みかける。しかし、それで畏れおののかれても困るので、シバタは話を続ける。


「我々はあなた方と手を携え、この世界でここの人たちとともに暮らしていきたい。まだその段階ではないのですが、我々がこの世界に広められることもあるでしょうし、それには田中殿のようなご自身で掴みとられたような術を持つ方がたくさん必要です。因みに、田中殿をはじめとする御一統様方はどなたが纏めておいでなのでしょうか?」


「それはどういう意図ですかな?」


「纏められている方がどなたであれ、いずれは交渉に赴いてほかの地球から来た者たちと同じ様に経緯をご説明申し上げ、ここで共に暮らす同志となっていただきたい…その一心のみであります」


いきなりの遭遇にシバタ自身戸惑いは確かにあったものの、取り纏めているのが誰であれいずれロジャーに交渉を丸投げされることははっきりしているので、包み隠さず久重翁に話したのだった。


「こういう出会いがあるとは全く念頭になかったので、言いそびれてしまいましたが、私こう見えてもここの地球人組織、英語で『ヴィレッジ』と申しますがその副代表なる役職に推挙されることが決まっております。実はその代表は私と同じ時代のアメリカ人でして、皆様方やもう一団、田中殿と私たちの時代のちょうど中間の時代の日本の軍隊の一団とも誼を通じたい意志はあったのですが、如何にしてそれを成すべきか困り果ててたところに私が現れ縋られたというのが実状であります」


「なんと…貴殿はそんなご身分であったのか!しかしながら、貴殿は今日ここに現れたと申されたが?」


久重翁の疑問ももっともなことだ。


「話せば長くなりますが、今日ここに現れて、代表のトムリンソン氏に出会ったその場であなた方の一団と先程の軍隊の一団について分析を依頼され、私見を申したところその場で引き立てられて、さっきまで此方の人たちともどのようにあなた方や軍隊の一団に対応すべきか会議に参加してたところです。ですので身分についてはここの領主、シズラー伯爵の裁可や任命をまだ今の時点では受けてはおりませぬ」


「なんともにわかには、解し難い話ではありますな」


「私自らがその状況に戸惑いはあります。しかしながら、こうして田中殿と出会えたことは何よりの事かと。今すぐというわけにはいかぬと思いますが、そちらの皆様方と一献しつつ、この地で我々が何をすることが出来、何を得ることが出来るか、そんなことを膝を突き合わせて話せればいいかなと思っています。私の時代の地球から来た者たちよりも、田中殿を始めとする皆様方の方がここにおいては役に立つことが多いかもしれませぬ。どうやら、このサムトアールを始めとしたこちらの世界は、産業革命以前の欧州…のようなところと解釈していただいていいようですので、ここがどんなところなのかというご理解の足しにはなるかと」


重久翁は、釈然としないながらも、シバタは嘘はついていないと思ったのか、こう言った。


「幕府の長崎の海軍伝習所にいた折に、知己となった勝安房守様や勝様と同じくお旗本の榎本和泉守様が、我々を纏めておられるのです」


あまりのビッグネーム、しかも一癖も二癖もある人物が二人もこちらにいるとは…途方に暮れるシバタであったが、久重翁にこう切り出した。


「近隣に海がないのは残念至極なのですが、いずれ蒸気船や陸蒸気を一緒に作ってみたいですね」


「その時が来れば是非とも」


「田中殿や安房守様、和泉守様がおられるのであればさぞや船旅も楽しいものになるやも知れませぬな」


「それは…なんともまた」


鷹揚に久重翁は応じた。


「それと不躾ながら、安房守様や和泉守様にご伝言頂きたいのですが、いずれ米の飯を提供出来るよう今手配りをしているとお伝えいただければ。魚は海までの距離がある故に運ぶ手段が今のところ無く申し訳ないと」


「米の飯が食えるようになるのですかな?」


「こちらの人達は米を食する習慣は無いようですが、栽培はされているそうですし、交易で手に入れる段取りも組んでいるところです」


「それは重畳。しかとお伝えいたす」


ここでマデリンが異変を感じ取る。


「トシさん、なんか起こりそうな気がするのですぅ」


「どういうこと?マデリン」


「そこの空間が歪んでますぅ、何か出てくるかもぉ?トシさん、タナカ様も下がってぇ」


ゴゴゴゴゴゴゴ………………………グギャギャギャーーーーードガーーーン


そこに姿を現したのは、シバタと同じ時代の日本の大型トラックだった…。



「トシさん、タナカ様、大丈夫ですかぁ?」


「俺は大丈夫。田中殿は?」


「拙者も大事ごさらぬ…して、この鉄の巨大な代物は?」


「田中殿、これはトラックという荷を運ぶ車ですよ…マデリン、中の人間を引きずり出したら、魔法で封印みたいなこと出来るか?」


「それはお安い御用ですぅ!」


「それと、誰か人を送ってロジャー達にこのこと知らせて欲しい」


「今『念話』で送ってますぅ。すぐ来るそうですぅ」


「念話」…テレパシーみたいなものか?マデリンは魔法使いなんだから、それくらい出来て当然だよなあ…と、シバタは思った。


シバタは自分たちの無事を確認して、まずはトラックとドライバーの安全の確保を図ろうとした。


運転席のドアを開け、中のドライバーの様子を見る。

気を失ってしまってはいるものの、息はある。幸い外傷も無いようだ。


「柴田殿、これはどの様な仕掛けで動くものなのか?蒸気機関では無いようではあるが…それにしても精緻な鉄の細工でこざる」


「これは、石油を燃料としてその爆発による往復運動を回転運動にするエンジンという機関を、動力にして走るものです。江戸から大阪までなら半日もかからずに荷を運べます」


「なんと!して、どれほどの数が使われおるのですかな?」


「これは大きいものですが、小さいのを含めればそれこそ無数に。我々の時代の日の本においては、物産の流れの大半をこれで担っているのです」


目の色が変わってしまっている久重翁に辟易しつつも、辛抱強くシバタは説明する。


「鉄道…陸蒸気や舟の海運、空を飛ぶ乗り物の飛行機なるものもありますが、自動車を作ることが日の本の産業の一つでもあるのです。燃料の石油をほぼ外国から買わねばならぬ故、産物を外国に売ることも大事なことなのです」


「これが『セキユ』というもので走る車なのですねぇ」


重久翁やマデリンは、呆然としつつも初めて目にした鉄の塊であるトラックに、興味津々だった。



「トシ、トラックが現れたと聞いたが…こ、こいつは…」


ロジャー達がやって来て、目の前のモノに目を剥いている。


「トラックは見たところ破損していないようだし、ドライバーは気を失っているものの外傷はなし。荷物の確認はまだだけど、後で保全のためにマデリンに封印の魔法を掛けるようには頼んだ。ドライバーの介抱と気がついてからの事情の説明とか、事後のことはあんたやみんなに任せてもいいか、ロジャー?さすがに一日で色々ありすぎた…」



シバタはそのまま倒れこみ、眠ってしまっていた…

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