第五話 異世界のフィールド・オブ・ドリームス?

「どうしたもんかねえ…」


シバタは、一人ため息をつく。買い被りもいいとこだよなあと。

事態は切迫していることも多いし、かといって、すぐには行えない案件も山積みなのも確か。


「一息入れたら?」


シャロンが、コーヒーの入ったマグを手渡す。


「ありがとう、シャロン」


「いいえ。トシって、日本で何してたの??」


「ああ、今こんな格好じゃ信じてもらえないかもしれないけど、東京でサラリーマンしてた。大きい会社じゃないけど、一応モノを売る店のショップマスターだった」


「そう」




料理人とか、職人とかならばあるいはこの異世界でもその才能を発揮して、食うに困らないかもしれないだろう。自分には出来ない才能だ。


上から押しつけられる無茶ぶりとしか思えないノルマに、不必要な抵抗はしなかったものの、それでも時々ノルマを大きく越えたときは誰も見ていないところで


「ざまぁ見ろ!本社のアホ共!」


とガッツポーズしていた。その程度の反逆?しかしなかったためか、会社での評価は決して悪くはなかった…。

ふと、そんなことをシバタは思っていた。



「…そういえば、こっちにコーヒーなんてあったんだ?」


「どういうわけか、煎った豆の入った袋が見つかったのよ。今のところ、道具がなくて挽くことは出来ないから、それこそ大昔のアメリカンスタイルで煮出しただけなのよ」


どういうわけで煎ったコーヒー豆なんてあったのかは謎だが、一心地つけた。


「いやいや、あるのと無いのとじゃあ全然違う!」


「うふふ…でも、日本じゃそこら中に飲み物の自動販売機があったんでしょ?缶コーヒーってのがあるって聞いたわ」


「まあね。どのドリンクメーカーも缶コーヒーは自動販売機やコンビニエンスストアには欠かせないアイテムだからね。どのメーカーも毎年のように新商品開発してるから、何がなんだか判らないくらいたくさん種類あるよ」


「そんなになの!?」


「ああ、自分たちは当たり前に思っているけど、日本を初めて訪れた外国の人がまず最初に驚かされるのがドリンクの自動販売機なんだとさ…こんなに種類があるのかって、降りたった空港でまず驚かされるらしいよ」


シャロンとの何気ない会話で、ずいぶんとシバタは楽になったような気がした。


「シャロンはアメリカ人でいいんだっけ?ここにいちゃあ関係ないけど、どこで何してたんだい?」


「わたしは、中西部の田舎町のダイナーで働いてたのよ」


「そうか…一時期、日本でもアメリカンダイナーって流行ったなあ」


「あら」


「二十年くらい昔だけどね。そのときは小洒落たレストランと何が違うのかよくわからなかったけどね」


「へえ」


「当時、気になってた女の子を誘って出かけて…あえなく撃沈。まあ、今となっては笑い話だけどね」


「うふふ。そのころのトシを見てみたかったわ」


「よせやい」


そういえばそんなこともあったなあと、苦笑するシバタ。


「そういえば、日本って野球のプロリーグがあるわよねえ?」


「アメリカほどじゃないけどね…この20年くらいは、サッカーの方が盛り上がってるし、バスケットのプロリーグが二つあったのが、一つにまとまったし」


「でも、MLBに来て活躍するような選手もいるじゃない?」


「たしかにね。ピッチャーやリードオフマンタイプの選手なら活躍できるだろうけど、スラッガーはねえ…元々の体格差が大きすぎるよ」


自らは運動音痴を地で行くシバタだが、球場へは足が遠のいていたものの、時間があって気が向いたら日本のプロ野球やMLBの試合をテレビでたびたび観戦していた。


「知ってるかはしらないけど、ヤンキースにいたゴ○ラといわれた彼だって、もともとは日本屈指のホームランバッターだったんだし」


「そうなの!?」


「ただ、彼はMLBで新しい役割を見いだしそれに挑んで、それを掴んだからこそ、あれだけみんなに愛されたんじゃないかな?」


「そうねえ」


「それに…彼の背番号、日本にいた時からずっと55だったけどそれには理由があってね」


「何かのおまじない?」


「シーズンで55本ホームランを打って欲しい…ってことさ。実際、日本でプレーした最後の年は50本打ったし。今は抜かれたけど、55本が当時の日本のホームラン記録だよ」


異世界で野球談義になるとは思わず苦笑したけど、それはそれで楽しくもあるなあと思っていたシバタが、ふと閃く。


「あのさ、シャロン」


「なに?」


「今すぐは無理だけど、みんなもう少し落ち着いたらフィールドを整備して道具を職人に作ってもらってこのヴィレッジで野球出来ないかなあ?」


「ええーっ!?」


「ヨーロッパからここに来てる連中もいるから、サッカーのフィールドも一緒に…って話になると思うけど、娯楽にもなるし、異世界交流になるんじゃないかなあって」


「すごいわ!ナイスアイディアじゃない、トシ!!」


思わずシャロンは飛び上がって、シバタに抱きついた。

女性との交際経験は一応はあったが、そこは日本人、顔が真っ赤になる。


「それは、グッドチョイスだ!今から下準備しておくぞ!!」


空気を読んでか読まずか、そこへロジャーが現れて割り込んでくる。


「ロジャー!?いつのまに?」


「実は話を途中から聞いててね。まさかベースボールフィールドの話が出てくるなんてと思ってたとこさ」


「野球じゃなくたって、バスケットのコートでもアメフトのフィールドだっていいと思うけどね。ただ、サッカーフィールドのような日米はじめ野球が盛んな国以外の各国から来た連中が呑めるような『土産』は、最低でも必要だろうねえ?」


「ああ、そうだな」


「それに、さっきシャロンにも言ったけど、娯楽や異世界交流にもなるし、話に乗ってくれるかどうかはさておき、伯爵を巻き込んでスポンサーになってもらって『伯爵杯チャンピオンシップ』なんてやったら、伯爵領以外にも広められるんじゃないか?」


シバタは思ったことを素直に言ってみる。


「でも、とっくに誰かがこのくらいのこと言い出してると思ったんだが、そこまでの暇が無かったってことなのかなあ?」


「そうだなあ…そのくらい、我々も日々のことに追われて精一杯だったのかもしれんなあ」


「土地に関してはいくらでもあるし、グラブやボールはひょっとしたら日本のアーミー連中が持ってるかもしれないさ」


「「ええーっ!」」


シャロンとロジャーは目を剥く。


「おいおい…彼らのいた日本には、すでにプロ野球はあったし、それに、プロリーグよりもミドルスクールのナショナル・チャンピオンシップや大学のリーグ戦なんてのが盛り上がってたんだ。だから、経験者はまずいるだろうし、ひょっとしたらとんでもない逸材が紛れ込んでいるかもしれないぞ?そのためにも彼らをキチンと仲間にしなっくっちゃな?」


「ううむ…」


なにやら、ロジャーが真剣に悩んでいる…。


「それに、さっきシャロンに話したことに関係することだけど、かつて日本でシーズン55本のホームランを打ったバッターは、メンタルトレーニングをかねて日本刀で天井からぶら下げた紙を斬る…という方法でスイングをトレーニングしていた。当時はなかった野球を知らないサムライの連中や、こっちの騎士団の連中にそんな話振ったら、案外みんなしてハマったりしてな?」


「うーん…」


悪い話ではないはずなのに、ロジャーの顔がだんだん険しくなっていく。

でも、さっきまでのヴィレッジをどうするかという切実な悩みとかではなく、別のことのようだ。


「アメリ…「それは無しだ、ロジャー?」


「え?」


「まずはどこ出身とか、地球からの転移者とかこちらの人間とか、そういうのは関係無しでまずはみんなで楽しむことからじゃないのか?下手な煽りなんか入れると、場合によっちゃ住人のコミュニティーが壊れるぞ!」


ロジャーが言いそうになったことを察したのか、シバタが遮る。


「最初はやりたい奴、やれる奴でしか出来ないかもしれないけど、それを少しずつかもしれないけど、広げていくこと大事なんであってさ、最初に結果ありきじゃあ火傷じゃ済まなくなる」


「そうねえ…コミュニケーションのためにって始めても、ナショナリズムとか持ち出したら白けるわ」


やりとりを聞いていたシャロンが応じる。


「草野球なら気にする必要はないだろうけど、チャンピオンシップとかをやるとなったら『地球人は2ヶ国以上の出身者がいて、かつ、こちらの人間が同じチームに属していること』っていうのは必要な要件にした方がいいかもね…ロジャーみたいに、ドリームチームでも組まれたらほかは勝負にならないし。もちろんほかの球技も含めてね」


「ぐっ…ばれたか」


ロジャーは自分でチームを作って、勝つ気満々であった。

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