第六話 ヴィレッジ見て歩き
シバタは、このヴィレッジに飛ばされてきてまだ数時間しか経っていない。
それなのに、何年もここにいるかのような扱いをされた挙げ句に、実はこのヴィレッジの実質的なリーダーである、ロジャー・トムリンソンに同格で、名目上は副代表になってくれと言われてしまった。
何千人もこの場所にいるのだから、キチンと一人一人調べればもといた国はどこであれ、行政や自治の実務者くらい何人もいるんじゃないか?と思った。
自分なんぞ、所詮一介のサラリーマンでしかないのに…。
…そういえば、シバタはふつうに日本語をしゃべっていたが、ロジャーやフレディ、シャロンはアメリカ人、フランツはドイツ人、ニルスはオランダ人だったか?
マデリンやブライアン、トーマスはこちら、サムトアール王国の住人だから何というかは知らないが、現地の言葉をしゃべっているはずなのに、シバタは日本語で話し、相手の言葉も日本語で聞こえている。
最初にロジャーに出会ったときに、生で吹き替えの外国映画を見ているように声と口の動きの違和感を感じていたが、あれこれと話している内に気にならなくなっていた。
シバタは気づいていないが、実はシバタに限らず、転移で飛ばされてきた全員には、来た時点で「同時通訳会話」なるスキルが付与されていて、自身がしゃべった言葉は相手にはそれぞれの言語で聞こえ、相手がしゃべった言葉は自身の言語(シバタは日本語)で聞こえるようになっている。
そうでなければ実は今までの会話こなすだけで、何倍もの時間がかかってしまいそうなものだが、当のシバタ自身が転移して間もない内にあれやこれやと関与させられたためか、一歩引いて考える…という暇がなかったようだ。
まだヴィレッジがどんなところかさえ、ほとんど見ていなかったのでシバタは天幕の中にいるみんなに声をかけて、ヴィレッジの中を探索したいと申し出た。
すると、フランツとニルスが同行してくれと言うので、一緒に天幕を出る。
「一緒に来てくれてありがとう、フランツ、ニルス」
「なんと言うこともないぞ、トシ」
フランツはドイツ人だからということもないだろうが、ややお固い。
「…日本人と話すなんて、初めて」
ニルスは、線が細くて口数が少なそうな、言ってしまえば内交的な印象があるけど、二人がその内暴走してしまうのをシバタはまだ知らない。
「ドイツやオランダだと、身近な球技ってやっぱりサッカーなのかな?」
「ああ」
「うん」
「ロジャーたちとは話したんだけど、サッカーフィールドとか整備したら、みんなサッカーするかなあ?」
「それはいいアイディアだと思うぞ」
「僕はしないけど、いいと思う」
ヨーロッパ人の二人に、サッカーグラウンドの話をしてみると、感触は悪くはなさそうだ。
「…僕はサッカーより、コナモン」
「は?」
「ニホンのコナモン食いたい…」
「え!?」
ニルスは突然、思いもよらぬことを言い出す。
「ニホンのアニメの中で言ってたコナモン、食ってみたい!」
「ニルスは日本のアニメを観るのが好きなのか?」
「うん」
見た目とのギャップに困惑しつつも、ニルスの話を無碍にも出来ないシバタ。
「コナモンがいつでも食べたいなら、ニルスの知恵を借りなきゃいけないかもな?」
「どういうこと?」
「オランダの風車って、ニルスは直接関わりないと思うけど、あれって小麦粉とかを挽くのにも使っていただろう?」
「うん…昔はそうだったみたい」
「コナモンっていうのは、小麦粉で生地をを作って、それをつかって調理したものの総称で、一つの料理のことをを指すじゃないんだ…でも、小麦粉は欠かせない」
「??」
「今はすぐには無理だけど、ここの人たちが大量に食事をするためには、どうしても大量に小麦を調達してそれを粉にしなくちゃいけない。その方法が見つかれば、コナモンのどれかはごちそうできるよ」
米が主食の日本人をはじめとして、アジアの人々をのぞけば地球では小麦を材料とした主食が多かったんじゃないかとシバタは思う。
もちろん、それ以外にも、トウモロコシだとかいろいろあるだろうが、このサムトアールも小麦粉が原料のパン食のようなので、小麦自体は何とか確保は出来るだろう。問題はそれをどうやって大量に製粉するかだ。
「ニルス、ヴィレッジにある店の中でコナモンを売ってるような店って、見あたらなかったのか?」
「あるのかもしれないけど、どれがコナモンなのかはよく知らない…」
どうやらニルスは、日本のアニメの中の『コナモン』という言葉に惹かれはしたが、具体的にどんな食べ物なのかは分かっていない様子だった。
「俺と一緒に歩いていたら、見つかるかもしれないよ?期待はしないで欲しいけど、探してはやる」
「本当?」
「どういうものなんだ?トシ」
「具体的にこれがコナモン…って定義なんか厳密じゃなくてさ、主に西日本のお好み焼きというものとか、たこ焼き、それに近いモノを指して『コナモン』って言ってるんだと思うけど、離れた地域に住んでた自分にはあまりピンとこないんだよ、フランツ。それぞれは食べていてもね」
「ふーむ…」
「あのさ、フランツがドイツのどこに住んでいたとか、どういう生業をしていたかはまだ聞いていないから、俺は知らない。でも、フランツも自分がいた地元以外の場所の食べ物ってあんまり知らないだろ?それと同じさ」
「そうか、言われてみればそうだなトシ」
三人は話しながら、ヴィレッジのマーケットと呼ばれているところを巡る。
言ってみれば青空市場なんだろうけど、雰囲気的には日本の戦後の闇市に近いかもしれない。
ヴィレッジの中心にいくつか天幕があって、そこがヴィレッジの住民代表であるロジャーや周りの面々、別の天幕にブライアンやトーマス、マデリンといったシズラー伯爵領の面々がいる。
それを取り囲むように縦横にマーケットが並んでいて、その外周に無秩序的に天幕やテントとかがあって、ところどころに小屋のようなモノまである。それらが住居だ。
西の外れにはシズラー伯領騎士団の仮屯所があって、東の外れには北側に武士たちの集まっている場所、南側に日本兵の集まっている場所がある。
食べ物屋、古着屋、武器屋、防具屋など、見た目はともかくいろんな店が並んでいる。
さっき、この場に飛ばされてきたときと同じ、どこかで見たような看板を掲げた店もある。
でもそれは例外で、多くの店は扱っているモノを絵やレリーフにしている看板である。
ここに飛ばされてきた者には「同時通訳会話」のスキルがあるので会話に困るようなことはないのだが、文字で示すとなるとサムトアール人の多くが自国語の文字も読めない…という状況なので、自然発生的に絵やレリーフで扱ってるモノを示すというのが伝わってるらしい。
そんな中、あちこち見ているとそれはあった。
木の板に描かれた、湯気の立ちのぼるお好み焼きが見事に描かれた看板だった。
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