第四話 聞きたくなかったこと・やっと判ったこと

仁王立ちしたマデリンは、地球人を一瞬で固めてしまう言葉を放つ。


「このサムトアール王国の秘宝にして最高位、八百年の苦行に耐え抜いたマデリン・リンク様がぁ疫病なんか根絶してやりますぅ!」


「は、八百年!?…秘宝というより、ブラックホー…」


シバタが思ったことをうっかり口に出してしまった瞬間、周囲は暗転して体感温度が一気に下がる…。


「あ`ーっ??ワレ、今なんか言うたかいのぉ?」


思わず、頭の中に響く走馬燈のBGMって某任侠映画のテーマ曲なのか?と、愚にもつかないことを思いながらも、あわてて発言を修正する。


「いやぁ、すみません…ブラックホークのようにすごいんじゃないかなあと言いたくて」


「さよか………もぉ、マデリンの早とちりならいいのですぅ」


どうにか暗転は解除されて、ぽわぽわマデリンが復活する。

サムトアール王国と書いて、修羅の国…

シバタは肝に銘じた…。


「あんまり毒舌が過ぎるとぉ、トシさんにはスケルトンになってもらった上、パウダーの魔法をかけちゃいますからぁ」


シバタやロジャーはおろか、列席するブライアン、トーマスも固まっている。

もとより、単に見た目相応の魔法使いの少女…であれば、よほどの能力保有者でもない限りはこういう席にはいないのだろう。

そうシバタは無理矢理に自身を納得させた。


「すみません、話を元に戻しますが、衛生環境の改善策としてシズラー伯領の方々には何か案はおありですか?」


「それは、手早くちゃんとした街をここに作ってしまえばいいのですぅ」


「え!?」


事も無げにマデリンは言うが、シバタ、ロジャーはともかく、聞いていなかったらしくトーマスやブライアンも驚愕する。


「それはどういう方法で?」


「マデリンがぁ都市作成魔法を使えばぁ一発ですぅ!」


「騎士団としても、そうしてもらえるとありがてえなあ」


久しぶりに、騎士団長のブライアンが口を挟む。

どうも彼はこういう席が不得手のようだ。


「領地の運営を預かる私としてもありがたいですが、シズラー伯爵の負担となると…なかなか踏み切れませんで…」


「お金はいらないのですぅ…王様からも対処をするよう賜っているので、図面さえあればパパッと出来るのですぅ!」


「なんと!陛下の王命でありますか!?でも、相当の量の資材が必要になるのではないですか?」


トーマスが驚愕する。


「それは必要ないのですぅ!呪文を発動すると、勝手に資材は現れるのですぅ。この国にあろうとなかろうと、それは問題がないのですぅ!」


「お尋ねしますが、図面さえあれば、どんな街、建築物でもその魔法で作成できるのでしょうか?」


思わず、シバタが突っ込みを入れる。


「はいぃ!私がここにきたのはぁ、対処を要請されたシズラー伯爵様の依頼もありますがぁ、街を作るという王様のぉ王命でもあるのですよぉ」


「たとえば…街の図面が出来るまで、仮の小屋を大量に作ってもらうって出来ますか?」


「もちのろんなのですぅ」


マデリンさん、今度は日本の昭和臭を漂わせ始めた…。


「トシ、今の質問の意図は?」


ロジャーが訊いてくる。


「街の図面なんて一日二日じゃ出来ないのだから、衛生面とかを考えたら仮にマデリンさんに小屋を大量に建ててもらって、ヴィレッジごと一旦そこに引っ越しをして、住人たちの意見を採り入れつつ詳細な設計をしてから、あらためてキチンとした街をマデリンさんに作成してもらうのがベストかなあと」


「どういうことだ?」


「二度手間にはなるけど、早急に今の劣悪な環境は改善しなくてはいけないし、日本では災害復旧ではよくやる手なんですよ、ロジャー」


「そういうことか」


「トーマスさんはどう思いますか?」


「たしかに、二度引っ越しをしなくてはいけないのが懸念ですが、いつまでも今の状態にここにいる人たちを置いておくことも忍びないですしね…マデリンさんがよければ、こちらとしてはよろしいかと」


「マデリンさん、いま私が言った方法でお願いできるでしょうか?」


「はいぃ」


「まずは、店舗タイプと住宅タイプ、ほかにいくつかの建物の図面を作るのでこれの案と大まかな配置を決めて、今のヴィレッジの隣の土地に道を造ったり水道とかの基盤を整備してもらいます。その後に一気に建物を建ててもらって出来上がれば引っ越しという段取りが取れればいいと思いますが、そういう形で出来るでしょうか?」


「任せるのですぅ」


事も無げにマデリンは返事をするが、どれだけすごいんだ?


「では、そういう方向になることで伯爵に報告して、陛下にも伝わるよう報告書を作成します」


トーマスが即答する。


「…そういえば、基本的なことですけど、まだ私は何も聞いていなかったのですが、ここはサムトアール王国という国で、ここはシズラー伯爵という方の領地だったんですね…ほかの話にのめり込んでしまっていて、最初に伺うのを忘れていました」


思い出したかのように、シバタは言う。


「はい、ここはシズラー伯爵の領地、領都サムエールから東に位置します。サムエールから王都エルトアーレまでは街道が通じていますし、ここからさらに東へ進めばどこの国にも属さない自由貿易都市、イカサがあります」


「王都はともかく、領都のサムエールやイカサはその内行く機会もあるでしょうねえ…。まあ、ここでの問題がある程度片づかなくては、そんな時間はないでしょうけど」


トーマスが教えてくれたことに、シバタは感想を言う。


「とりあえず、今日の話し合いはこんなとこかな?日本の二つのグループについては日を改めよう」


ロジャーが話し合いの〆にかかる。


「奴さんどもについちゃあ懸念がないわけでもないが、今の状況じゃあ手の打ちようもない。突発的にまずい事態が起きてしまったら、いざとなればマデリンの魔法でどうにかなる…ってのもあるがなあ」


ブライアンが納得したように言う。

ひとまず話し合いは終わって、マデリン、ブライアン、トーマスは天幕から出ていった…。


それにしても、このサムトアール王国というところに転移してまだ数時間しかたっていないのに、何年も都市運営に携わったかのような話にほぼ問答無用で入らされて、シバタは困惑していた。


皆が去った後、天幕の中で、話し合いの後片付けをしていたロジャーに声をかける。


「ロジャー、頼みがある」


「なんだトシ?」


「私はまだここに現れて数時間しかたってないのに、こんな席に加わってよかったのか?」


「トシがいてくれたから、実際話は進んだだろう?」


「そういうことじゃなくて、ロジャー、あんたのことや、シャロンやフランツ、ニルス、フレディのことも、今し方まで話していたマデリンやブライアン、トーマスのことも知らない。ロジャーだって、私のことは何も判っちゃいないだろ?」


「たしかに、トシの言うとおりだな…私は焦ってテンパっていたのかもしれん。それでも、事態を動かすために貴重な意見を幾つも出してくれたことは、十分感謝と尊敬に値するよ」


「そう言ってくれるのはありがたいし、おそらくやることは山積みなんだろう。でも、立場も権限もはっきりしないまま、なし崩し的に今のポジションで事を運ぶには対外的にもマズくないか?」


ロジャーと一緒にこの何時間か行動しているが、誰からも指示や命令を受けたわけでもない。

シバタ自身は、ロジャーとともにこのヴィレッジのために何かしたい…という意志はあっても、身分とか立場がはっきりしなままではそのことが足かせになったり、それだけでは済まないことになるんじゃないかと心配していた。


「判った、トシ。早急に領主のシズラー伯爵に話を通して、面談してもらった上で、俺と同格で雇用してもらうようにと手紙を出そう。それならば問題ないだろう?」


「ロジャー、あんた、領主のお抱えだったのか!?」


「ん?ヴィレッジの地球人側の代表だからな。トシには名目上は副代表…ってことになるが、格としては同格になってもらう」


「おいおいロジャー、いきなり現れて副代表って…周りの連中だって納得なんかしないだろう?」


「それを納得させられるのが、代表の権限ってもんだぜ!」


お茶目にウインクするロジャーを見て、とんだ藪蛇だったと思うシバタだった。

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