第三話 ほわほわリンクと連合の騎士、判じ物役人登場

シャロンに促されてようやく食事にありついたシバタ。


食器の素材は違うものの、パン・肉の入った野菜のスープが乗ったトレーを見るとなぜだか彼は小学生の頃の給食を思い出した。

野菜の味は出ているものの、基本的には塩味のスープ、それにやや固めのパン。

元の世界で普段自分たちが食していたパンと違って全粒で挽いた小麦粉だからなのか、やや色がついている。

これが今ここで取れうる最良の食事…足りなければ、買い食いすればどうにかなるだろうが、この時点でシバタはここで使える貨幣をまだいっさい持っていなかった。


物思いに耽りつつぬるいエールを流し込むと、計ったかのようなタイミングでロジャーに先導されて天幕の中に三人入ってきた。


紫色のマントを羽織り、お約束のようなとんがり帽子に宝石が幾つも散りばめられた杖を持つ見た感じネジが抜けてる感が漂う魔法使いと一目で分かる少女?、ガッシリしたフランツよりさらに立派な体躯を持ち、銀色の防具を纏った騎士の男性、そしてこちらの一般的な服装なんだろうという出で立ちの役人と思しき男性。ロジャーに促されて、シバタに向かって三人横並びで腰掛ける。


「トシ、この三人はここで我々とこの状況の収拾に当たっている、魔法使いのマデリン、騎士団長のブライアン、そして領都の役人のトーマスだ」


「はじめましてぇ~。魔法使いのマデリン・リンクですぅ」


「ここの暫定騎士団長のブライアン・アライアンスだ」


「はじめまして、この領地でシズラー伯爵の元で働いております、トーマス・オガサアです」


また三人、すごい名前の人たちがきたなあ…しかも最後の役人さん、「オガサア」って逆さまに読むと朝顔じゃないか!まだカプラー縛りは続いていたのか!?


シバタは、そんなことはおくびにも出さず、相対する三人に挨拶する。


「みなさんはじめまして。ついさっきこちらに来た、トシヒロ・シバタです。トシとお呼びください、よろしくお願いします」


「トシさ~ん、よろしくお願いしますぅ」


「トシ、何かと大変だろうがよろしく頼む」


「トシさん、着いた早々で申し訳ないですがよろしくお願いします」


「こちらこそ、来たばかりできちんとした身なりでなく申し訳ないです」


ようやくシバタは、転移したときのままの格好なのに気がついた。

部屋で晩酌していたときの格好だったが、気分転換に外出するつもりだったためにTシャツを着てジーンズを履き、なぜだか履き慣らしたスニーカーは履いていた。


「早速だがロジャーからも聞いたが、トシは『ニホンジン』らしいな?」


さっそくブライアンから訊かれる。


「ええ、ただしここのみなさんの懸念する二つの集団よりもずっと未来の、おそらくはここにいるロジャーたちと同じ時代の日本人です」


「その二つの集団、『ニホンジン』で間違いないのか?」


「片方の、ほとんどが帽子を被り武装している集団は、自分の居た時代の70年ほど昔、日本がロジャーの国アメリカなどと戦争をしていたときの軍人たちの格好です」


「そうか」


「さっきロジャーにも言いましたが、彼らは銃という武器を多くが携行していますが、その弾薬はほとんど尽きているのではないのかと」


兵士の何人かはあるいは装備が万全な者もいるかもしれないが、それだけで当然全ては充足できない。


「もう片方、剃り上げた頭に、刀をみな下げているグループは武士といいます。こちらの方々のように言えば、そのほとんどが王や領主に仕え、騎士であると同時に役人でもあります。こちらは自分たちの時代からすればおおよそ150年前から400年前の者たちです。そして、実は風体や文化、生活習慣とかは違いますが、一番みなさんの生活に近い暮らしぶりをしているかと。ただし、食生活が大幅に違い、コメを炊いたものが主食で、肉ではなく魚を主に食べています。これは食事に関しては軍人のグループもあまり変わりません」


「「「え!!!」」」


流石にそこまでのことを話した日本人はいなかったらしい。


「つまり、『ブシ』のグループの方々は、みなさん武官であり文官なのですね?」


「そうでないものも少数はいるかもしれませんが、ほぼそう解釈していただいて問題ないかと」


「コメというものは、ここでは食用にはしていませんが、作付けはしています。ただそれで足りるかどうか…?」


「この周辺で交易のある諸国ではいかがでしょうか?私と同じような肌の色やもっと褐色に近い肌をした人たちも見かけましたが?彼らも転移者ではなく、こちらの人たちでしょうか?転移者もいるのかどうかは判りませんが…」


「トシさんは、『南方人』や『東方人』のことを仰っておられるのですか?」


「…コメを主食とし、二本の棒なもの使って食事をして、さらには独自の文字を用いて独自の文化がある…とかではないですよねえ、いくらなんでも??」


三人が固まっている…ロジャーも顎がはずれたような顔でシバタを凝視している。


「え!?まさかそうなの??」


「トシ、何でそれに気がついた?」


驚いた様子で固まったままの三人に代わって、どうにかロジャーが訊く。


「いえ…さっきここへ来るときに抜けてきたマーケットの中に、東南アジア風の格好をした人の店があって、そこでコメで作った麺を出していたのを見たんだ。てっきりベトナムとかあのあたりから転移してきた人なのかなと思って見てたけど、彼らはこちらの人だったのね!?」


シバタは、転移してきた東南アジアの人々と見たようだが、似たようなこちらの人たちが本当にいるようだ…。


「ええ…南方や東方の人たちはぁ、おコメを炊いて食べますしぃ、おコメを挽いた粉から麺を作ってぇ鳥のスープで出してくれるんですよぉ~。とっても健康的なんですからぁ~」


固まっていたマデリンが、にこやかにぽわぽわとした口調でこたえる。


「マデリンはあれを食べたことあるんだ?」


「はいぃ。とっても美味しくってぇ、わたしはぁ好きですよぉ」


「トーマスさん、南方人や東方人の商隊からコメやその他食材を買い付けてもらうことは可能ですか?」


「量にもよりますが、どういったものを?」


「今話に出たコメの麺や、魚を漬けて甕かめで寝かせたもの、どこかにあるのであればこちらとは違う種類の小麦の麺とかも。それと干した魚介とかですかねえ?」


「そのくらいであれば、当たってみます」


「それと、こちらでは何というか分かりませんが、白い小さな豆って栽培していますか?」


「ダイズーのことですか?」


シバタは、トーマスに畳みかける。


「大豆でいいんですね?今はまだいいですが、大量に確保できるように繋ぎは付けられますか?日本人の食生活に大豆は不可欠です。我々の時代の日本人では不可能ですが、ひょっとしたら軍人や武士の中に味噌や醤油といった調味料の醸造法を実践できる人がいるかもしれません。今すぐは無理でも、将来には役に立つかと」


「どういうことだ?、トシ」


ロジャーがシバタに問いただす。


「彼らと信頼関係を構築してからになる事ですが、もし彼らの中に武士であれば地域の物産に関わる仕事をしている役人か、あるいは軍人の中に糧抹廠に勤務経験がある者、もしくは兵士の中にひょっとすれば彼らの実家でそういったものを生産した者がいたとすれば、現代技術に頼ることなくそれらのプラントをこちらの方々とともに作ることが可能ではないかと。もちろん日本に限らず、今ここにある以外の酒の醸造法や製法を知るものはいるかもしれませんし、先の話になりますが、それは我々が消費するものでもありますが、この地の産物としてほかの地域に売ることもできます」


「「「なんと!」」」


シバタは、ロジャーに言う。


「ロジャー、流石に我々がもといた21世紀の食生活を完全にトレースすることはできなくとも、この世界の産物と我々転移者がいろんな時代の者が集まっているということをうまく活用すれば、今の状況を打破できることは可能だと思う。人手はあるのだから、新たな畑の開墾とかもそんなに難しい話ではないさ。むしろ、早急に居住空間や衛生状態をどうにかしないと、あるいは魔法とかで治せてしまうのかもしれないが、疫病とかのパンデミックが起きたりして厄介事になるかも」


「うーむ…」


深刻なロジャーよそに、とんがり帽子が立ち上がって仁王立ちになる。


「そういうことならぁ、マデリンにおまかせなのですぅ!」


今度は、シバタとロジャーが固まった…。

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