「……っていう話だ。」

 そこまで一気に話して、佐助は煙草を銜える。

「んな難しい話じゃねぇから理解できただろう。面倒だからもう一度は話さねぇぞ。理解できたよ、な。」

 つい癖で咄嗟に頷いた雅は、深呼吸をして、今までのことを思い返してみる。これまで数々の修羅場を乗り越えてきた雅の脳細胞は、トラウマ以外には有能で、すぐに正常な働きに戻ることが出来るのだ。

 が、冷静になってみても、やはり隣でニコニコ笑う佐助が『ニセモノ』とは思えない。

 聞き間違いでなければ、『真面目で誠実』と語られていたが、解釈違いか、あそこだけ別の人のことを語ったのか。はたまた雅はこれまでの人生で『マジメ』と『セイジツ』の意味をずっと正反対で覚えていたのか。

 たくさんの衝撃な事実を語られたけれど、雅はどうしてもそこばかりに反応してしまった。

「あるじさま。」

 いろんな角度から佐助を見つめ、真実と戦う雅の視界に、ひょっこりと鷹が入り込む。

 鷹は『女子供にも分け隔てなく平等に接することが出来る(制裁的な意味で)』と評判の佐助に、あろうことか密着し、寝転ぶように座る腹の上に跨っている。

 即座に謝罪して鷹を剥がそうとしたけれど、「また重くなったな。」と笑いながら手慣れた様子で抱え上げた姿に、ようやく少しだけ『主様=佐助』が真実かもしれない、と感じた。

 雅に植え付けられた様々なものは、間違いなく佐助自身が植え付けたものなのだから、その辺の信憑性が薄いのは自業自得と言えるのだけれど。

「あるじさま。」

 もう一度佐助を呼んだ鷹が、右耳に着けた通信機を外し、なにやら操作する。少しの間の後、隣に居る雅にもはっきり聞こえるくらいの音量で、通信機が鳴った。

「どうしたんだいきなり、スピーカーモードになんかして。」

「社長。」

「え?」

「社長がね、聞こえるようにしろーって。」

「!」

 鷹から発せられた「社長」という単語に、佐助が大きな動揺を見せる。

 目を見開いて、顔を赤くして、視線が忙しなく動く、あからさまな態度の変化。

 これまでどんな場面でどんな状況でも、ここまで感情を露わにしたことなど、ましてやこんな人間臭い反応など見せたことがなかったのに。

 そういえば、先ほどの話でも、佐助にとって社長がとても大事な存在だと明かしていた。

 つまり、なるほど、そういうことか。

 久しぶりに得意の勘が発動した雅は、「社長」という単語を、脳内の、「心臓の動かし方」や「呼吸の仕方」などと同じ場所に、しっかりと保存した。

「しゃちょー、聞こえるようにしたよー。」

『おうおう、あざーっす。んじゃあ、佐助にも、みやびっちにも聞こえてる感じかなー。』

「社長!」

 見たことのない表情に続き、聞いたことのない高揚とした佐助の声に、雅は思わず隣に居るのが八藪佐助であることを再三確認した。

 ……もしかしたら話を聞くのに集中している間に入れ替わったのかもしれない。

『おーいえ、アイアム社長!無事に解決したようでなによりだぜ。みんなお疲れ様ですわぁ。』

「社長、これで、」

『オイラが用意したシナリオはここまでっ。完全にこちらの都合で迷惑をかけちゃったから、今後どうするかはみやびっちに任せるよん。オイラに出来ることならなんでも協力する。ヤーさんから足洗いたいんなら、八鳥野会は佐助に押し付けて、チノメアで雇ってあげるよん。そうしたらホラ、長年お留守だったオイラの助手枠が完全なる空席になるわけだし。みやびっちなら喜んでー。』

「社長!?」

「わああああ。」

 鷹ごと通信機を揺らして猛抗議をする佐助。

 なるほど、この社長の仕込みでこの佐助が生まれたのは、確かに納得だ。

 最早通信機しか目に入っていない佐助から鷹を離して、少し遠巻きに様子を見つめる。

「……頭、じゃなくて、佐助さんは、社長って人の前ではいつもああなん?」

「うん、あんな感じだよ。子供みたいになる。社長が僕にくれたレイレイのチョコ、取ったりする。」

「ぷっ。」

 佐助の似合わない大人げない行動を想像し思わず吹き出すと、即座に鋭い眼光が突き刺さった。

 どんなに弱点を見付けても、やはり佐助は佐助だ。ライオンの爪を懸命に研いだって牙で噛まれたら即死には変わりないのだ。

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