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「社長、お願いがあるんだけど。」
チョコ売りがお菓子の持ち込み以外で初めて社長室を訪れたのは、そんな頃だった。
「恩返しをしたい人がいるから、少し長い休みが欲しい。」
思えば、会社を立ち上げてからずっと、社長と佐助とチョコ売りは、まともに休んだことがなかった。休む、という発想がまず無かった。忙しい、とかではなく、住み込みなのも相まって、仕事をしていることが生活と化していた。とくにチョコ売りは寝るかお菓子を作るか、どちらかしか姿を見たことがなかったから、人間の姿をしたサメなのだと思われていた。そんなチョコ売りが自ら「休みたい」と言ってきたのは、レインレイター事件簿のトップページに載るような衝撃を与え、さすがの社長も聞き間違いを疑い、三回ほど聞き返した。世にも珍しい社長の動揺した姿その二、だ。
「家族で店をやっていた頃の常連の子で、あの頃はまだ小さかったけれど、今年高校生になるんだ。ウチのチョコは俺が作ったものだってすぐに気付いて、連絡をくれたんだ。あの子にだけは、携帯番号教えていたから。」
(佐助はこのとき初めてチョコ売りが携帯を持っていたことを知った。)
「俺が初めて作ったチョコを食べたのも、その子だった。その子がいつも正直な感想を言ってくれたから、ここまで腕を上げることが出来た。店も家族も失って、それでもお菓子作りを続けられたのは、あの子にまた食べてもらいたいって、その一心だったんだ。」
(社長は黙ってコクコクと頷いていたから、多分そのことを直接聞きはしなくても、勘づいていたのだろう。)
「単純に会いに行こうと思ったのだけれど、メールの内容を見る限り、進学のために一人暮らしを始めたらしくて、それが最早行き詰ってるって。とにかく家事なんて出来ない子だったから、なんとなくそうじゃないかと思ったのだけれど。」
(このとき、僅かにチョコ売りの口角が上がって、衝撃で佐助はそれまで聞いていた内容を全て忘れてしまった。)
「だから、恩返しも兼ねて少しの間住み込みで家事をしてあげたいんだ。ここから通うには遠いから、まとまった休みが欲しい。」
「にゃーるほどね。」
多少の複雑な事情はあれど、つまりは黙って有給なりなんなりをくれという単純な内容だった。佐助がそっと盗み見た社長の顔は笑顔だったから、この話は『社長がチョコ売りに長い休みをあげる』ですぐに解決するものだと、そう思っていた。
「その話、ちょいとオイラに時間をもらえないかい?」
だけれど社長は、佐助ともチョコ売りとも違うことを考えて、その単純な話を、とっても面倒くさくて回りくどい話へと変えてみせたのだ。
「まずね、恩人クンにチョコを売ります。ウチの商品じゃなくて、チョコ売りが昔にお店で作ってたチョコの改良版。そしたら恩人クンは間違いなく飛びついて買うでしょう?昔からチョコ好きな恩人クンのことだから、家に帰ったらすぐにチョコを開けると思うの。そのタイミングを見計らって、チョコ売りがお宅訪問。」
「はぁ。」
「してね、恩人クンに言うの。自分はチョコのオマケでやって来ましたーって。オマケなんで無償で一ヶ月家事代行しますーって。そしたら恩人クンも受け入れやすいじゃん?」
「いや、かえって怪しまれる気が。」
「大丈夫大丈夫。生活費はウチで全面負担するし、んー、じゃあ、二ヶ月使ってくれたら最後の日に一個お願い叶えるサービス付き!ドヤ!」
「怪しさが全力で増してますよ。ねぇ、チョコ売り。」
「……自分は別に、なんでもいい。」
「えー!?」
「はいほら、決まり!名付けて、チョコのオマケは召使い大作戦!」
社長がどうしてそんなに面倒で大変なことを提案したのか、佐助にはわからなかった。(当事者のチョコ売りは心の底からどうでもいいと思っていた。)ただ、佐助の疑問や不安は当たり前のように無視され、チョコのオマケは召使い大作戦は実行へと移された。
警察を呼ばれてもおかしくない、と佐助は思っていた。実際チョコ売りの恩人はとても警戒し、受け入れようとしなかった。でも、入念に練られた社長の計画により、チョコ売りは無事二ヶ月間の恩返しを全うして。そして。
「これからも、ずっと一緒に居て欲しい、って。」
チョコ売りの恩人は『最後の日に一個お願いを叶えるサービス』で、そう望んだ。絶望と共に家族を失ったチョコ売りに、希望で満ち溢れた『帰る場所』が出来たのだ。社長はお祝いに、と、レインレイターへも学校へも通える場所に位置するマンションをプレゼントした。一年間365日、カビが生えてしまうのではないかと思うくらいレインレイターに籠りっきりだったチョコ売りが住み込みではなくなったというニュースは、一気に社内に広まった。それまで佐助にさえ必要最低限の言葉しか交わさなかったチョコ売りが、微々たるものでも周りと関わりを持つようになった。
その姿を見て、チョコのオマケは召使い大作戦の目的がこの結果であったことに、佐助はようやく気が付いた。これは、誰よりも側で頑張っていたチョコ売りへ、社長からの『恩返し』だったのだ。恐らくもうずっと前、レインレイターが完成するよりも前から考えていたのではないか、と思って、佐助はそんな社長の姿に、34回目の告白をして、33回目のスルーを喰らった。
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