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「オイラのお家の近くにさ、昔からやってるちっちゃなお菓子屋さんがあったの。ちっちゃいんだけど、オイラが食べてきたお菓子の中で間違いなく一番美味かったの。一粒数千円の高級チョコより、有名パティシエが焼いたクッキーよりもね。」
「んでもさ、とにかくちっちゃい店だったの。家族だけでやってるお店でね。近隣のひとに通ってもらうくらいの賑わいで満足してたから、特別宣伝もしていなかったし。そんなもんだからさ、ねぇ、騙されちゃったの。弟子入りしたいってやって来た奴を疑うことなく受け入れて、レシピも技術もぜーんぶ、盗まれちゃったんだ。」
「盗んだやつは、有名なお菓子メーカーだった。ほら、このメーカー、聞いたことあるでしょう。丸々パクったレシピで作った新商品は爆発的大ヒットで、このメーカーの代表作になった。そしてメーカーにとって目の上のたん瘤になったちっちゃなお菓子屋さんは、お金の力で、潰されてしまったんだよ。無かったことにされてしまったの。収入源も生きる意味も奪われた、ちっちゃなお菓子屋さんはね、ひとり息子を遺して一家心中。燃え盛るお店を、オイラもこの目で見たの。」
「悔しかった。オイラはあのお店のチョコが本当に大好きだったんだ。だからね、生き残ったお店のひとり息子と一緒に、お菓子屋さんを作ることにしたんだ。どこにも負けない、あのメーカーにも負けないお菓子屋さんを。でも二人じゃさすがに無理。手が足りない。けど他人は信用できない。だからね、考えたの。間違いなく裏切らない人材。それはね、それは。」
「例えばさ、裏切りで殺されかけた人の命を救ってあげたら、その子は決して裏切らないと思うのね。」
「……てなわけで、キミはこの、未来の超有名製菓の栄えある社員第一号に選ばれたってわけ。よろしくね、期待してるし信じてるよん。佐助クン。オイラのことは、社長って呼んで。あそこにいるのが、さっき話した生き残りのひとり息子。お菓子作り担当の……ねーひよたん、名前ってオイラ以外に教えたくないんでしょー。だよねー。んー、じゃあ、チョコ作るのがめっちゃ美味いから、彼のことはチョコ売りクンって呼んであげて。人と関わるのにトラウマ持っちゃってるからさ、あんまり関わらないであげて……って、え、今オイラ名前呼んでた?うそー、聞かなかったことにしといて。」
社長は佐助を自分の家に連れていくと、すぐに全てを打ち明けた。社長がここまで全てを打ち明けたのは、後にも先にも、佐助とチョコ売りにだけだった。
「俺は、頭も良くないし、不器用だし、気弱だし、役に立てる自信はありません。でも、貴方を裏切ることはしません。絶対に。」
「ん、採用条件には充分だお。」
こうして、馬鹿と天才が紙一重であると痛感させられるような社長と、腕だけは確かな人間不信のチョコ売りと、気弱でクソ真面目な佐助という三人で、不安だけを抱えて、全ては始まった。
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