【7 であいとたびだち】
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ビルの屋上。手紙の上に揃えた靴。強い風に揺れるスーツ。豆粒みたいな通行人を見下ろして、男は二十数年の人生に終止符を打とうとしていた。とてもよく晴れた、夏の日。
「んねぇねぇ、捨てるんならその命、オイラにちょーだいな。」
空に雲すらないものだから、暇を持て余した神様が、目の前に落ちてきた。
大した学歴を持ち合わせていない、やる気だけがアピールポイントだった自分を奇跡的に雇ってくれた大企業。その喜びで誠心誠意勤めていたら、会社はそんなものを自分に求めて雇ったのではなく、『会社のお金をたくさん使い込みしたので人生ごと辞めます』という心当たりなどまったくない遺書を渡され、屋上に立たされた。そんな話が現実にあるだなんて思ってもいなかった。呆然と、これから叩きつけられる硬い地面を見下ろして、ただただ虚しさだけが胸に募っていた。会社に抗議する勇気も、世間に訴える度胸も、自分にはなかった。
だから、生まれ変わるなら、勇気も度胸もある、皆から恐れられるくらい強い人になろう。そう決意した。
そんなときに現れたんだ。神様が。
「死ぬくらいなら、勿体ないからさ、オイラの片腕になってよ。」
チノメアの、社長が。
「ここがわりと洒落にならない額のお金を誤魔化してるのは前々から気付いてたんだよねん。目ぇつけてたら案の定新入社員リストにひとり、コネクションも肩書も、騒ぎ出す親族ももない子が不自然にポツンと入っちゃったから、あーこれは屋上か駅のホーム要チェックだなぁって思ってたらもードンピシャ。我ながら名推理に身が震えたお。」
握られた手は、自分よりも一回りほど小さかった。165センチほどの背丈も、思春期の青年のような声も、女性ならショートと呼べるけれど男性なら少し長いと感じる黒髪も、大きなサングラスで隠した茶色の二重も、そのサングラスのせいで余計小顔に感じる輪郭も、性別の判断に戸惑うものだった。なにひとつ読み取れなかった。たった今、勤め先から騙されたばかりなのに。
「てなわけで、今日からキミはオイラの物だよ。八藪佐助クン。」
小さな子がかくれんぼで遊ぶみたいに自分の命を救った目の前の人を、心の底から信じたいと、そう思った。
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