14
「な、ん、で……。」
「なんでもだよ。さ、その子を渡してね。イイ子のイイ子の雅チャン。」
抱き締めた鷹ごと引っ張られ、人ごみから足早に離される。息が、荒くなる。心臓が、もう壊れてしまいそうで。頭が一気に、動かなくなる。
「みーやびちゃん。間違ってるよ雅チャン。お願い事、ちゃあんと正しくしなきゃ。うんうん、ちょっとやそっとの間違いは誰にでもあることだ。けれど、最近の雅チャンは、ちょーっと、間違いが多すぎるかな?そろそろ我慢の限界だよ。ね。仏の顔は三度まで。仏だって、三回以上ヘマされたら……二度と出来ないよう物言えなくするしかねぇなぁ。」
「っ。」
「残念だよ、雅チャン。俺、ほんとーにお前のこと、可愛いと思っていたんだ。だから、出来ることなら、この手をお前の血で汚したくはなかった。でもなぁ。仕方ねぇよなぁ。反抗期にはちゃーんと教育しないと、イイオトナにはなれないからなぁ。可愛い子には旅をさせよ。あの世まで。ってね。お土産ヨロシクね。ま、もう二度と会いたくないし、会えないけどね。あはははは。」
歯が噛みあわないくらい震えそうになる体を、必死に抑える。落ち着いて、考えなくては。ここからどうやって逃げ出そうか。鷹を連れて。せめて、鷹だけでも。だけど、逃げ出せたとして、そのあとどうしたらいい。八藪組には、もちろん戻れない。戻れないどころか、一気に追われる身になる。追われたものがどうなるか、なんて自分が一番よく知っている。この身を投げ出せば鷹だけでも逃がせるだろう。でも、じゃあそのあと鷹はひとりでどうする。ここまで素性がバレた状態で逃げ切れるわけがない。芋づる方式でチノメアもあっという間に釣り上げられるだろう。
(なら、今ここで諦めても、同じこと。)
格好つけて、見栄を張って、鷹を守って。そこになんの意味があるのだろうか。鷹を抱き締めるこの腕を離したら、そうしたら。
「……雅?」
「おーい雅チャン、またフリーズ?本当にポンコツだな。一回バラして中見た方がいいんじゃないかー?」
そうしたら。
「佐助さん、俺、」
鷹を抱き締める腕の力を、弛めた。身動きが自由になった鷹は、ゆっくり雅を見上げる。その瞳は、怯えることも戸惑うこともなく、ただ、まっすぐに雅だけを、きらきらと写していた。
(初めて会ったあのときと、同じ。)
なにか言おうとしたのか、そっと開いた鷹の口。
「、」
そこにそっと、唇を重ねて。
(はは、考えるだけ、無駄や。)
雅の心は、もうずっと、決まっていた。たとえそれがどんなに無駄なことだとしても。
「鷹は渡しません。」
「ヒュウ。かっこいいねぇ雅チャン、今死ねたら本望、ってか?」
鷹とずっと一緒に居たい。
だけど今はそれよりも、もっと叶えて欲しい願いがあるんだ。
(なんだって、いいから。)
小指がピンと立ってしまう、嬉しいときの癖。その癖がずっと治らないでほしい。
(生きて。)
ずっと治らないで、そして、小指が攣ってしまうような。そんな日常を送ってほしい。
(神様、どうか。)
たとえそこに、自分がいなくても。
「……決心はついたみてぇだな。ま、俺はその坊主さえ手に入るなら、お前の血が流れようとどうでもいいんだよ。」
佐助が一歩、雅と鷹に近付く。懐に手を入れて、もう一歩。
「こんなとこで物騒なモン使ったら大騒ぎになりますよ。」
「安心しろ、その辺はプロだからな。」
雅が目を瞑って、もう一歩。触れられる距離。こめかみに、硬くて冷たいものが当てられて、雅はそっと、鷹から手を離した。
「遺言はあるかい?一言だけなら聞いてやるよ。」
ゆっくり息を飲んで、鷹の背を、押す。
「逃げろ、鷹ッ!」
力いっぱい叫んで、最後にその姿を見届けるために、目を開けて。
雅の視界は、佐助に抱き着く鷹を、写した。
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