12

「鷹様ぁッ!」

 人の物とは思えない声。ギラッと光ったなにか。鷹の仮面に飛んできた液体。少しの間の後、青年の目の下からあふれ出した、真っ赤な血。

「っ!」

「鷹様に触れるなァ!我らが宝に!鷹様さえ居たら、主が我らをお救いになる!誇り高きヨルドリ村がお前ら野蛮人に屈することなどないィッ!鷹様お逃げください!鷹様ァッ!」

 青年に掴みかかった村人が、一心不乱にそう叫びながら、握ったガラス片を振り回した。青年の目の下を貫いたガラス片は、最早標的を見失いひたすらに暴れるだけで、それから庇うように青年は鷹を抱き締めた。片目は固く閉ざされ、押さえても間に合わないくらいに、血が流れる。

「目、の、した……!」

「痛いわぁ、オンナやったら生涯台無しやで。でもまぁ、今までやってきたことから比べたら、足しにもならん傷やわ。」

「血、し、死んでしまう!」

「こんなんで人は死なんよ。こんなんじゃ、死ねないんよ。」

「っ……。」

 溢れる気持ちに対し、それを表す言葉をあまりにも知らなくて、鷹はもどかしさに歯を喰いしばった。違う。色んな事に対してそう思った。違う、違うんだ。でも、なにが違うのか、わからなかった。違う、でも、だから。

 鷹は、初めて自分が無力だと知った。神からの捧げものだと、生きる宝だと言われ続けた自分には、思ってることを言葉にすることさえ出来ないのだ、と。必死に奪い返そうと暴れる村人に、そこまでして自分を守ってもらってもなにも出来ないよ、と言いたかった。でも、そんな言葉をかける間もなく、暴れていた村人は、のっそりとやって来た人に蹴り飛ばされて、あっという間に動かなくなった。

「おうおう雅、随分良い面構えになってんじゃねぇか。こんな枯れ木にやられるなんてざまぁねぇな。お前も燃えといたらどうだ?暖かいぞ。」

「助かりました、ありがとうございます、佐助さん。」

「歩いてたらアイツが勝手に足に当たってくたばっただけだよ。ってなんだ雅チャン、姿が見えねぇと思ったら、こんなときに少年買ってたのか。優雅だねぇ。」

 村に放たれる火を煙草につけ、笑う大人。青年に佐助と呼ばれた大人は、袖で青年の血を乱暴に拭って、ジッと鷹を見た。その目が一瞬、とても優しく穏やかになったのを、鷹は確かに感じた。

「コイツがヨルドリ村のお宝サンか。良い値がつくぞ。お手柄だ雅、これは俺にまかせろ。」

「っ、そいつ、やっぱり売るんですか?」

「この年頃なら、どっかの金持ちの養子に売れるだろうよ。バラしたり下働きには勿体ないからな。ま、買い手がどんな奴かによるけど、少なくともこの村に監禁されて種馬として生涯を終えるよりは良い暮らしが待ってるよ。安心しろ。」

 その言葉を聞いて、青年は大きく肩の力を抜いた。佐助が放つ言葉の中では、珍しく優しいものだった。佐助は鷹を担ぎ上げると「もうそろそろ終いにすんぞー!」と叫んだ。

「っ、あ、あの!」

 青年との距離がどんどんと開いて、呼びたくても名前すらわからず、鷹はがむしゃらに暴れて声を上げた。気付いた佐助は咥えていた煙草を吐き捨てて、青年が追いつくまで歩を弛めた。

「佐助さん、その子、」

「んだようるせぇなぁ、そんなに具合が良かったのかよ。お前には売らねぇぞ。」

「違、」

「あの!」

 青年の言葉を遮って、鷹は必死に手を伸ばした。なにかを言いたかったけど、やっぱり言葉になってはくれなかった。その様子を見た青年はしばらく考え込んだあと、優しく笑った。笑いながら、重たく張り付いていた鷹の面を、取った。一気に明るくなった世界に、鷹の目は眩んだ。

「綺麗な顔やね、隠すの勿体ないで。」

「、」

「次に会ったとき、お前の気持ちが変わってなかったら、エエなぁ。」

 言葉の意味を理解する間もなく、青年は別のほうへと走って行ってしまった。佐助に担がれたまま、必死に首を伸ばし目を凝らして、鷹はその背中を、みえなくなるまで、見えなくなった後も、見つめていた。

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