9
「雅……。」
「有難うなぁ。俺今、めっちゃ嬉しい。鶴丸が俺んこと、嫌いになってなかったんやって、めっちゃ嬉しいねん。」
鶴丸の笑顔が消えて、涙だけが変わらずに流れ続けた。でも、まとう空気か変わったのを、確かに感じる。
「俺ら兄弟やん。組違っても、同じ家族やん。俺と、お前で、これからの八鳥野会、作っていくんやで。」
「これから、の。」
「せや、俺とお前なら、最高の好敵手で、最強の仲間や!して、ずっとずっと、おじいちゃんになって腰曲がって、頭真っ白になっても、そのままで、最後はどっちが長生きするかとかで争って。」
いつか、無邪気に語り合ったときのように、二人、身を寄せ合って、見つめ合って、笑いあう。
「そのほうが、楽しそうやない?」
「……ホンマやな、楽しそうやわ。」
「なっ、そうやって、生きていこ。」
振り返ることをつい忘れてしまうから、ちゃんと隣で、同じくらいのペースで、歩み進めて。
もう、道を違えてしまっても、「アイツなら大丈夫や」って、胸張って笑えるように。
「大好きやで、鶴丸。」
「……ぷっ、なんや唐突に。自分、きっしょいわぁ。」
「本心やわぁ、失礼な奴やなぁ。」
「ははは、おおきに。お気持ちだけもろうときますわ。」
「かっわいくないなぁ。」
笑いあって、ゆっくりと、手を離す。
「ありがと、な。」
どちらともなくそう言って、鶴丸が先に、歩み出した。
少年院で始めて出会ったとき、声をかけてきたのは鶴丸のほうだった。学校はまともに通えず、放課後は寄り道せずに帰宅しなければ伯母に怒鳴られていたせいで、友達が出来なかった雅に、初めて現れた心通える存在だった。少年院での生活はとてもつらかったけれど、鶴丸と居る時間はなににも代えがたいくらい大切なものになっていた。
家族も、友達も、親友も。その温もりを教えてくれたのは鶴丸だった。
離れてみてようやくそのことに気付けた。十年近く一緒に居て、初めての喧嘩だ。
そして、初めての仲直り。
(うん、もう、大丈夫や。)
鶴丸の背中を見送って、鷹の元へと駆け寄る。
「雅!」
「ごめんなぁ、せっかく楽しかったんに、怖がらせてしもうて。」
「痛いとこ、ない?喧嘩、もう、大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。なんもあらへんよ。」
「本当に本当?」
「ホントにホント。」
心配そうに顔を覗き込む鷹の頬をつねって、笑う。膨れながら文句を言おうとしてきたのを止めるように、鷹の体を、力いっぱい抱き締めた。
「……雅?」
「あんな、お前に、聞いて欲しいことがあるんや。」
鶴丸に、背中を押された。
言いたいこと、伝えたいこと、可能なうちにちゃんと伝えなきゃ、ダメだ、って。
「お願いごと、決まってん。」
「……なに?」
例え裏切られたとしても。真実がどこにあるとしても。もう、なんだっていい。
なにより怖いのは、明日から訪れる、ありふれた日常。鷹が居なくても、進んでしまう時間。
当たり前に過ごしていた、ひとりの時間の過ごし方を、もう、忘れてしまったんだ。
だから。
「一緒に居て欲しい。」
願うこと、なんて。
それ以外浮かばないんだよ。
「明日からも、これからも、ずっとずっと、一緒に居て欲しい。」
「……みや、び。」
「それが、それだけが、俺の願うこと、や。」
「雅……!」
鷹の、大きな目から、次々に、涙がこぼれる。頬を伝うそれは、手で拭っても間に合わないくらい、流れて。
「ちょ、ティッシュなんて持ってないでー。」
「っ、ぐ、み、やび、っ。」
「そない泣くことないやろ。こっちまで泣きそうになるやん。」
「っ、っっ。ちが、う。僕は、ずっと、ずっとまっていた。」
「え?」
「あのときの、七年前の、返事。」
「!」
七年前。
鷹の口から零れたその言葉に、雅の頭の隅っこが忙しなく暴れた。七年前、という言葉を聞いて、思い浮かぶのはただひとつ。燃え盛る村。泣き叫ぶ人たち。人の焼ける匂い。固く閉ざされた地下牢。目の下に刺されたガラス片。
狐の面の、少年。
「ヨルドリ、村……?」
ごくわずかな人間しかもう覚えていない、今は工場地と化したその村の名前に、鷹はゆっくり頷いた。それは、七年前に八鳥野会が滅ぼした、とても小さな孤立した村。とても小さくて、でも、雅には一生忘れることのできない、村。
(忘れ、た?)
オムライスに書かれた言葉。観覧車で思い出しかけたなにか。それが今、全て繋がった。鷹はジャージの袖で涙を拭いながら、拙い声で、ゆっくりと話を始めた。
「僕は、ヨルドリ村に生まれた、『神が与えた宝』だった……―――」
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