8
「自分、そんなん言うたこと、あらへんかった。自分、そんなんちゃうかってん。」
一歩、手を伸ばせば触れられる距離。雅は鷹を背に隠す。
「あんときも、自分、生活出来んくなって、すぐに、一緒に死の、言うてくれはったやんか。」
一歩、少しでも動いたら、触れ合う距離。
「あんときも、そう言うてくれはったんに、自分、他の人んとこ、簡単に、行ってしもうて。」
一歩、もう、逃げられない、距離。
「ウチには一度だって、そんなん言うてくれはったこと、あらへんやん!」
「!」
鶴丸の手が、肩を掴んだ。咄嗟に鷹を突き飛ばして、鶴丸の手を抑える。
「ウチが一番自分と居たんに!ウチが一番自分知ってるんに!自分、一度だって、そんなこと……!」
「鶴丸、」
「同じや言うたんに!なんでぇや!」
「!」
鶴丸の右手が振り上げられる。すぐにそれを押さえて、足払いで体勢を崩した。距離を取りつつ、鷹には決して近づけないよう間合いを取って、次の攻撃を警戒した。
けれど、鶴丸はよろけたまま、地面を見つめて、動こうとしない。
「……雅がウチを拒否したわぁ。」
「鶴丸……?」
「……ウチ、初めてやってん。雅がな、初めて心許せる奴やった。出会えてものごっつ嬉しかってん。二人で暮らして、バカやってたときが、いっちゃんしゃーわせやったわ。それ続けれのうなって、自分が死のか言うてくれはったとき、ウチ、どんだけ救われたか。」
「俺もそうや!でも、鶴丸が俺を、」
「自分が先に裏切ったんやで。」
銀色の髪が揺れて、ゆっくり顔が上げられる。その瞳からは、涙が。
「自分が、佐助はんに簡単に尻尾振って。自分が、ウチから離れていった。佐助はんがウチをよしてくれんかったとき、自分、ウチと鴨野目組けーへんで、迷うことなく八藪組に行ってん。ずっこいわぁ。」
「それは、組が違ってもオマエとなら大丈夫や思うて!」
「ウン、大丈夫や。大丈夫やで。ウチ、ずーっとな、考えてん。どないしたら雅はウチんとこ戻って来るんやろか、って。そしたらな、ウチの頭が、鴨野目はんが言うてくれはったんや。」
涙をボロボロと流しながら、顔はとても穏やかに笑って、雅を見つめる。
「雅を上手く騙して、八藪組落として、晴れて鴨野目はんが組長になったら、ウチに鴨野目組をくれる、って。そうしたら、そこに雅を引き入れてやる、って。あの憎たらしいこんばばな佐助はんから、雅を奪い返せる、って!」
子供のように無邪気に笑いながら、悪戯を計画するみたいに、鶴丸は話し続ける。
「そんなん夢みたいやん!ウチと雅、二人の組!あん頃の続きや。でも、今度はすぐには終わらせへんで。ずーっとずーっと、一緒にやりたいことやって、今度の今度こそ、一緒に死ぬんや、な?もーすぐや。そのぼんを売れば、すぐに、叶うんや!」
「……。」
「雅、な、おんなじ、やろ?」
鶴丸の手が、差し出される。
(……そうか。)
二ヶ月前。鶴丸に裏切られたとき、自分は嫌われていたのだとばかりに思っていた。だから裏切ったのだと。その真意も、嫌われた理由も、探ろうとはしなかった。
(違ったんやな。)
裏切ったのも、気持ちが離れていたのも、傷付けたのも、全部自分のほうだった。
(鶴丸は、あの日のまま、待っていてくれたんや。)
嬉しい。純粋に、そう思う。
(でも、)
だけれど。
「その手は、取れへん。」
無邪気に笑いあった、子供のままだったあの頃とは、違う。すれ違っていた気持ちに気付くには、あまりにも遅すぎた。
「もう、あの頃には、戻れへん。」
鶴丸は、今もあの日のあの場所で立ち止まっている。
でも、雅は、そこからずっと遠くへ歩き出してしまった。後ろを確認することなく、見えなくなるくらい、遠くへ。
「俺はもう、お前が好きになってくれた、俺やない。」
佐助に忠誠を誓った。八藪組にその身を置いた。鶴丸の知らない場所に、新たな居場所を見つけてしまった。そしてそこで、鷹という存在に、出会ってしまった。
「同じや、ないねん。」
今の雅は、もう、言えない。
「俺、鶴丸に、死のうなんて、言えない。」
やっと、気付いた。ここまで離れて、ここまで違えて、やっと、気付いた。
鶴丸が死んでしまったら、嫌だ、って。
あの頃軽率に言った呪いを、実行しようとしていたその事実を、考えたら恐ろしいと思える心を。どんなに変わっても、変わらなかったものを。
「鶴丸が大事だから、言えない。」
今なら。
君だけでも生かせないか、って、考えることが出来るんだ。
「俺は、なにがあっても、鶴丸に生きていてほしい。」
大事ってなにか、やっとわかったから。
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