「お客様!」

「堪忍なぁ。ちょこっと手荒なお迎えやねん。」

「鶴丸!」

「俺らトモダチやもん、なぁ。ほな、行こや。」

 係員を押しのけて、強引に鶴丸が雅を引っ張る。怒鳴り散らしたり逃げ出したいけれど、騒ぎになって注目を集めたくはない。今はグッと堪えて、人の目線がなくなるまでは、一先ず抵抗せずに着いて行く。鷹も戸惑いながら、少し距離を空けてついてきている。最善の判断だ。しかし、なんでここに、なんで今、なにをしに、鶴丸が。

「ごきげんさんでおます。」

「鶴丸、お前、」

「前は急に元気のうなって帰ってしもうて。あれからどないでっか?」

「なんの用や!」

「そーらーそーうーと。」

 植木道を超えた草原。周りに人が居なくなったのを確認し、鶴丸はクルッと、雅のほうへ向き直る。

「自分、なんや、おもろい話聞いてんけど。チノメアのオマケ、もろたんやて?」

「!」

「せやのになーんも言わへんのやもん。水臭いわぁ。ウチと自分の仲やん、なぁ?」

 チノメアのことが、鶴丸にまで知れ渡っている。いつの間に、どこから漏れたのか。

「ほんで……そのぼんが、チノメアのオマケ、なんかな?」

「!」

 鶴丸の目線が鷹に移って、咄嗟に背中に隠した。目的は、こっちのようだ。

「自分、ようやったやん!隠しとうたのはいけずやけどな。なんしか、そのぼんを売ったら、晴れて昇格やん。ようやるわぁ。あんじょうやりや。」

「鷹は売らない。売る気はあらへん。」

「はぁ?なんでぇなぁ。そのぼんなら高く売れるやん!今なら八鳥野会から直指名あるかもしれへんで?大手柄やぁん、さっすがやわぁ!」

「売らへん!」

 絶対離さないよう、鷹の手を固く握った。八鳥野会に、チノメアの情報は、鷹の帰る場所は、ひとつだって渡さない。鷹を守る。明日自分がどうなっても、明日鷹が笑顔でいられるのなら、それでいい。

「……なんでぇ?」

「なんでもや。」

「なんでぇ。自分、そないこと言うタイプちゃうかったやん?自分、いーっつも流れに身ぃ任せて、自分、いつ死んだってエエって、なんにもあらへんて、そういうお人でっしゃろう?」

「鷹に会うて、変わったんや。」

 二ヶ月前まで、雅の人生は、余生だった。今、この瞬間、雅の存在が消えてしまっても、誰にも何にも影響なんてなかった。だからこそ、簡単に自分の首に手を掛けることが出来た。

 でも、鷹がやって来た。どんな理由であれ、雅の元に来て、どんな理由であれ、雅を必要とした。帰りが遅いと露骨に寂しがった。怪我をしたら大げさに心配をして、元気がないと一緒に落ち込んだ。雅だけの空間だったあの部屋で、雅というただひとりの存在を、待っている鷹が居た。

「鷹のために、生きたいねん。」

 初めて、そう思えたんだ。

「……あかんたれ。そんなん、おかしいわぁ。」

「!」

 鶴丸は、一歩、雅に近付く。

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