5
「キーモローン毛ー。朝でーすよー。」
リズミカルに叩かれる、寝室のドア。伸びをしながら目を開けて、呆然と天井を見上げた。
(最後の、一日や。)
明日の朝、鷹の任期は終了する。
(さいご。)
頬をペチンッと軽く叩いて、体を起こした。
(最後や!)
今日は、二人初めての、遊園地へ行く。
「ゆうえんち。」
「はいはい、楽しみやなぁ。」
「べつに。しかたないから、付き合ってやる。」
「そうなんか?じゃあ遊園地やめて今日は寝てよかな。」
「ねっ、寝過ぎは体に良くない!すごく!」
腕にしがみつかれて、寝室への道を塞がれる。その必死さに思わず吹きだすと、露骨に困った顔で雅の様子を伺った。
「はは、そか、すごく良くないんなら、起きてなきゃなぁ。」
「そうっ。それがよい。」
引っ張られたリビング。テーブルには、湯気をたてた出来立てのオムライス。いつもの位置に座ると、手渡されたケチャップ。鷹のを雅が、雅のを鷹が描く。雅から贈る言葉は、悩んだけれど、あの日と同じ『おつかれさん』。鷹は、雅の倍くらい悩んで、『忘れ』と書いた。その二文字が予想外に大きくなってしまったらしく、それに続く言葉を書く面積が残っていない。
「忘れ……なんやねん。」
「自分で、考える。」
「難易度高いわぁ。」
「いただきます。」
「はいはい、いただきます。」
スプーンを入れると、中から卵がとろけ出す。二ヶ月前まではスクランブルエッグ乗せケチャップライスだったのが、嘘のようだ。
「美味しい。」
「あたりまえ。」
短い二ヶ月。でも、たくさんのことが変わった二ヶ月だ。オムライスひとつだって、こんなにも。
「すごい、なぁ。」
初めは、なんにも出来ない、どうしようもないガキだった。素性の知れない、見るからに怪しい存在。鷹について、探ろうとしていた情報でわかったことは、多分そんなに増えていない。でも、わかったことは、たくさんある。
素直になれない性格だけれど、隠し事も苦手なこと。とても頭がいいから、慣れてしまえばなんてことないのだけれど、それに加えて超絶的に不器用だから、その落差が激しいこと。喜びが小指に出るところ。夜更かしが苦手なところ。なにに関しても褒められたり頭を撫でられるのは嬉しいところ。表情が乏しいけれど、そのぶんまとう空気みたいなものにハッキリと出てしまうところ。心配性で、寂しがりな癖に意地っ張りで、それらを全部、とても上手に隠せていると思っているところ。ほら、こんなにも、バレてしまっている。
ただの情報で、ただの同情。だったのに。
「……そんなに見たって、オムライス、あげない。」
「え?あー、ちぇー、ショックやわぁ。」
「自分の、食べる。」
「なぁ。」
「なに言われても、あげない。」
「楽しかった?」
自分の皿を雅から遠ざけて警戒する鷹へ、ポロリと言葉が零れ落ちた。
「二ヶ月間、お前は楽しかった?」
大きな目をぱちくりとさせながら、首は横に振られる。
「たのしい。」
鷹は小指を、ピンッと立てて。
(あぁ。)
雅はいちいち、鷹の一言全てに、救われていた。
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