3
「雅……!」
徒歩十分の距離を、一時間かけてようやく帰宅すると、玄関でずっと待っていたらしい鷹が顔を真っ青にして出迎えてくれた。
「な、どうして、そんな、顔、怪我、なにが!?」
急にボロボロな姿で現れた雅に鷹の脳内はパニック状態になっていた。けれど、反して雅はその声に体の力が抜けて、鷹の胸に倒れて、目を閉じながら深呼吸をした。自分の部屋と、鷹の匂い。ほんのりとチョコレートの甘いに匂いがして、痛みが和らぐ。
「ははは、驚かせてごめんなぁ。ちょっと転んでしもうたわぁ。」
「どういう転びかた!」
「お、ツッコミできるようになったんやな、エライエライ。」
柔らかい茶髪を撫でる。自然と口角が上がっていく。癖になってしまった笑顔だけれど、鷹といるときは、なにか違った。ちっとも頬が痛くなくて、心から笑顔でいたいと思った。
「……みやび。」
「んー?」
「ぼく、僕は、知ってる。」
大きな瞳が、揺れる。キラキラに溜まった涙が、今にも溢れてしまいそうだ。
「お前は、チノメアのこと、知りたいんだろう?」
「!」
「チノメアのこと、知らなきゃ、怖い人にいじめられてしまう。だから、僕と一緒にいて、だから、怪我をしたんだろう?」
息を、飲んだ。
言葉が出なくて、思考も動かない。
雅はただ、鷹を見つめた。鷹は雅の頭を抱えて、いつも雅がやるように、その髪を優しく撫でた。
「いいよ。」
「……え?」
「お前になら、チノメアのこと、ぜんぶ、話す。」
鷹は、ずっと耳に着けていたチョコ型の通信機を外して、スイッチのようなものを切り、ポケットにしまう。その顔はとても穏やかで、珍しく眉をひそめたり眉間に皺を寄せたりせず、少し大人びたように感じた。
(あぁ、そうか。)
ずっと、子供だと思っていた。どうしようもない、世間知らずのガキだ、って。
でも、鷹は全部気付いていたんだ。雅のこと。チノメアのこと。気付いていたけれど、気付いていないふりをして、いつまでも子供のままで居てくれたんだ。
ずっと、ずっと、雅のために。
「……はは。すごいなぁ。せやな、お前、頭エエもんなぁ。」
「願い、叶える。僕の知っていること、なんでも話す。」
「そうかぁ、有難うなぁ。」
これで、雅の目的は達成される。このために、今日までやって来たんだ。
でも。
「でも、嫌や。聞きたくない。」
「え……?」
「聞いてしもうたら、もう二度と、お前に会えない気がするから。」
佐助の役に立ちたい。佐助が八鳥野会の組長になったら、泣いてしまいたいくらい嬉しい。佐助を裏切りたくない。なにされたって、佐助のことを心から慕っている。返しきれない恩がある。
だけれど。
「お前と居たい。」
抱き締めた、腕の中にある小さな温もりが。自分のために、小さな体いっぱいに、色んな努力を詰め込んでくれた、このどうしようもない存在が。
失えない。そう、思うんだ。
「みや、び。」
「はは、ごめんなぁ。」
「おまえは、ばかだっ!」
「わっ、」
ポカポカと頭を叩かれて、思わず吹きだした。笑ったはずみで頬の煙草の痕が痛んで、それがなんだか可笑しくて、また笑った。
(ねがい。)
そんなものは。
考えるまでもなく、浮かぶのはたったひとつだけだった。
「なんやぁ、エライ疲れたわぁ。」
「ソファで、横になる?」
「そうしよかな。」
鳩尾を殴られるのは、恐らく両手で数えきれないくらい。根性焼きは、八度目。こんなのは慣れっこだ。けど、どんどん体から力が抜けていく。
チョコレート。レインレイター。チノメア。甘い。甘党。佐助。鶴丸、鴨野目組。争い。組長。夢。眠気。怠惰。色んな事が頭をぐるぐるとする。ソファに寝転ぶと、もう体を起こすのも面倒になって、そのまま目を閉じた。
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