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少年院を出てすぐに、生まれ育った町から逃げ出した。一秒でもあの町に居続けたら、伯母に見つかる気がして。宛ては、先に少年院を出た鶴丸のところ。鶴丸は雅を喜んで迎え入れてくれた。二人での暮らしは希望に満ちていた。人生で早くも挫折を喰らった二人には、とても自由に思えた。けれど、それは最初だけ。すぐに現実の厳しさが襲ってきた。生活費は鶴丸の所持金のみだった。親がくれた、と言っていたそのお金は、当時の二人が見たことないくらいの額だった。なんでもできる気がした二人は、やりたいことをなんでもやって、そのお金をあっという間に使ってしまった。でも、それは鶴丸の両親からの『手切れ金』で、お金が底を尽きたとき、既に両親は鶴丸の知らないどこか遠くへと消えていた。高校にも通っていない、少年院に入っていた世間知らずな二人を雇ってくれるところなどなく、雅は、今度こそ自分の人生に終止符を打とうとしていた。鶴丸も、いいよって言った。来世はちゃんとした場所で出会って、今度こそ本当に自由になろうって。今日遊ぶ場所を決めるみたいに、死に方を探した。なるべくぐちゃぐちゃに、跡形もなく消えてしまいたかった雅は、車道に飛び込んで。
佐助に、出会った。
(世界が、止まって見えた。)
佐助の車は、雅に当たるか当たらないかくらいのギリギリのところで急停止した。佐助は雅に掴みかかって、怒鳴り散らそうとした。けど、雅はそれに一切怯えることなく、無抵抗で佐助を見つめていた。ただ一言、「ちゃんと、殺してな。」と微笑んで。
(この人なら殺してくれるって、神様に見えたんや。)
佐助は雅を気に入って、この世界に招き入れた。鶴丸も、雅がそれを選ぶなら、と着いてきた。それから雅は、ようやく人並みの生活を送るようになった。佐助が、雅を引き上げてくれたのだ。あのとき、あのまま死んでいたら、雅は人生というものをなにもわからないままでいた。
「俺、本当に頭に感謝しとるんです。」
捨てた人生を、佐助が拾ったんだ。だから、雅の命は佐助の物、だった。
『ありがとう。雅チャンのそういうとこ、好きだよ。ところでさぁ、』
でも、今は。
『今、誰と、なにをしていたのかな?』
今は、
(鷹、と。)
今は。
『ねぇ、雅チャン。』
あの日のように、世界が止まる。世界が止まっても、佐助だけは止まらない。違う。世界は、佐助と雅を二人きりにさせた。
『あのね、俺、今、』
まるで、なにかに導くように。
「貴方の後ろにいるの。」
「!?」
「なーんちゃって。こんな都市伝説あったよね。驚いた?」
「かっ、頭……!」
いつの間にか真後ろに、佐助の姿。足音にも、銜えている煙草の匂いにも気付かなかった。雅の心臓が跳ねる。
「たまたま雅チャンを見かけてね。嬉しくなって電話しちゃった。」
いつから見られていた。いつから佐助は側に居た。思考が暴れて止まらない。呼吸もまともに出来ない。だめだ、今ここでまたパニック状態になるわけにはいかない。だって。
「でさぁ、雅チャン。」
まだ、近くには、鷹が。
「一緒に居た男の子は、誰かなぁ。」
「!」
「鍵、渡してたよね。雅チャン、お部屋には俺しか入れなかったじゃぁん。浮気者だなぁ。あー、もしかしてあの子が、預かってる子?ふぅん。綺麗な子なんだね。随分雅チャンに懐いていた。うんうん、あの子がそうかぁ。でもなんか引っかかるんだよなぁ。どこかであの子を知っているような。うーん。」
佐助の手が、雅の肩を掴む。じわじわと力が籠って、爪がめり込んでいく。
「赤いジャージに、チョコ型の通信機。あれれぇ、雅チャン、これ、どこかで聞いた話だよ、ねぇ。」
「そ……れは……。」
「でもさぁ、もしも、もーしーも、雅チャンがチノメアのオマケを手に入れたとしたら、俺に内緒にする意味がわからないんだよねぇ。どういう意図があるのかな。考えても考えても、俺へのメリットがわからないんだ。」
肩を掴んでいるのとは逆の手で、吸っていた煙草を持つ。ゆっくりと、雅の顔にかけるように煙を吹いて、その煙草を頬に押し当てた。
「ぅあっ!」
「まぁさぁかぁ、俺を裏切ろうなんて、考えてねえよなぁ。」
低い声。佐助を知る人が聞いたら、必ず震え上がる声。煙草は離されることなく、ぐりぐりと雅の頬に押し付けられる。その火が消えると、鳩尾に一発、拳が入った。
「吐くなよ。地面が汚れる。」
「っぐ、はっ……!」
「わかってるよ雅チャン。お前のことなら、なんだって。」
跪いて蹲る雅の顎を、靴のつま先で無理やり上げて、佐助は新しい煙草に火を点けた。
「任期終了時に叶えてくれる願いってヤツを利用しようとしてるんだよな?それでちゃぁんと、あの少年を俺に売ってくれる。そうだよな?」
「……。」
「期待しているよ、雅チャン。」
唾を吐き捨て、一瞬だけ遠い目をして「帰りたいなぁ。」と呟いたあと、不気味なくらいの満面の笑みで、佐助はその場を去っていった。こみ上げる吐き気や悪寒に動かない体は、それよりも、鷹の顔を見たいという気持ちでいっぱいになっていた。
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