【6 なかないで】


「れーいーぃんれいーいのちょーこはー、あまーくてしあわせはこぶのよー。」

「へたくそ。」

 たまには二人で買い物に行こうと、近所のスーパーへ足を運んだ。相変わらずお菓子売り場でレイレイのチョコを吟味する鷹を待ちながら、雅はなんとなく耳に残るCMソングを口にする。

「こんな歌やなかったけ?」

「レイーンレイターのチョーコはー、甘くてー、幸せ運ぶのよー。だ。」

「あんまし変わらへんやん。」

「劇的な変化!」

 レイレイのチョコになると異様に厳しくなるのも、相変わらずだ。

「で、何個買うんや。」

「十個はないと、心もとない。」

「そない食べられへんて。」

「食べる!」

 一応チョコを売っているチノメアからしたら、チョコ菓子市場でトップに躍り出るレイレイは目の上のたん瘤かもしれないのに。レイレイのチョコがたくさん載っている請求書を見て、チノメアの人はどう思うのだろうか。

「俺の上司も大好きやねん、レイレイのチョコ。」

「当たり前だ。」

 何故かどや顔で雅を見て、カゴいっぱいにチョコを入れる。レジの人には多分、『チョコの子』というあだ名をつけられていることだろう。正式には『チョコのオマケの子』だけれど。まぁ、そんなことを言っても多分、通じない。

「ふくろ、もつ。」

「せやな、お前のチョコばっかりやもん。」

「チョコは、おいしい。」

「それ、あんま関係あらへんやろ。」

 誰かと笑って話しながら、スーパーを出て家に帰る。そんな何気ないことを、二十三年目の人生でようやく感じることが出来た。少し前を、スーパーの袋を抱えて歩く茶髪の旋毛。息子、にしては大きすぎるかな。弟、が居たらこんな感じなのかな。これが家族なのかな。それとも。

「さいきん、」

「!」

 呆然と見つめていた鷹が急に振り返って、雅を見上げる。相変わらず表情が乏しいけれど、大きな目はキラキラと輝いて、雅には鷹の、高鳴りの表情がきちんと伝わっていた。

「煙、吹かなくなった。」

「煙?」

「たばこ。体に良くないやつ。」

「え、あ、あぁ。」

 言われて初めて、そういえば、と思い出した。少し前までは、常に銜えていないと落ち着かなかったのに、最近は持ち歩いてすらいない。事務所に居る時は吸っているけど、そうだ、鷹といるときは、いつなにをされるかわからなくて、すぐに対応できるよう吸う回数が減っていって。でも最近は、違う。最近は、鷹とずっと話していたから、口が空く暇がなかったんだ。

「言われてみたらそうやなぁ。」

「よいこと。」

「はは、良いことなら、続けなアカンな。」

「ご褒美、レイレイのチョコ、あげる。」

「それ、俺が買うてやったんやけど。」

「チノメアの金だ。」

「たしかに、ん?」

 差し出されたチョコを受け取ろうとしたとき、ポケットの携帯が鳴った。

「……、鷹、俺ちょっと電話せなアカンから、先部屋戻ってて。」

「ん。」

 部屋の鍵を投げ渡して、近くのベンチまで走る。鷹との距離が開いたのを確認して、すぐに応答を押した。 

「もしもし、出るの遅なってスミマセン。」

『いいよいいよ、いきなり電話したのはこっちだから。三十二秒、ツケにしておいてあげる。』

 電話からの第一声で誰かわかる。電話番号が表示されなくても、声が変えられていても、その言葉だけで誰かわかるのは、佐助長年の教育の賜物だ、と心の中で皮肉った。たまに忘れてしまうけれど、佐助は雅の『恩人』で、決して『宿敵』や『敵』ではない。本当にたまに、忘れてしまうけど。

『ねぇねぇ雅チャン、今何考えてた?』

「え、今、ですか。」

『そ、今。』

「っと……頭は俺の恩人なんだなぁ、って。」

『ははは、そうだね。恩人かぁ。もう出会って結構経つんだね。俺も年を取るわけだよ。』

 佐助の年齢は、組の誰も知らない。勿論雅も。何度か尋ねたけれど、いつもはぐらかすのだ。現在三十代だ、とは思うけれど、それ以上と言われても、以下と言われても、なんとなく納得してしまう。

(でも、出会ったときも、三十代かな思うたんよな。)

 大人びているのか、若見えなのか。少なくとも七年前から、佐助の容姿はほとんど変わっていない。七年前も、サラサラの黒髪にフチなしの眼鏡、パーラメントを吸いながら、雅の前に現れた。ハッキリと覚えている。あの日は雨が降っていた。

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