5
謹慎明け早々に、かなりのハイペースで情緒が不安定になった雅をさすがの佐助も心配に思ったのか(はたまた気味悪く面倒に思ったのか、多分後者だ。)チノメアの調査もあるしという建前で、「雅チャン、今月はあんまり来なくていいよ。」と言った。それにより、兄弟たちの反感を買うのは目に見えていたけれど、鷹と過ごせる時間の残りを考えて、雅はそれに有り難く甘えることにした。
「キモロン毛、よいてんき。」
「ホンマやなぁ。今が一番過ごしやすい温度や。」
鶴丸と出会った日のことは、互いに触れなかった。でも、あの日以来、なにかが変わったのは確かだった。とくに雅は、鷹に対して『年下』や『チノメアの情報』などと考えることを、やめていた。
「せっかく良い天気やから、家に居るのは、勿体ないなぁ。」
ソファに寝転びながら見つめた窓の向こう。心地よさそうな風が吹いている。
「せや、鷹。」
「?」
「公園、行こか。」
その日。
久しぶりに雅は、『買い物』や『仕事』以外で外に出た。
「なんで、いつも、黒い眼鏡とマスク、する?」
「んー、仕事以外であんまり顔見られたくないんよ。」
「そこまで、酷い顔じゃ、ない。」
「ありがとうなぁ、そういう意味や、ないんやけどね。」
マンションから、十分ほど歩いた距離にある、小さな寂びれた公園。近所の子供もあまり利用しないそこは、鷹を連れていくにはぴったりだ、と前から見かけるたびに思っていたのだ。
「ほら、遊んでエエんやで。」
「こうえん。」
予想通り、平日の昼頃に誰も利用者は居なくて、ブランコも、シーソーも、砂場も、貸し切り状態だ。でも鷹は、どれに飛びつくこともなく、雅の横にぴったりとくっついている。精神年齢を考えて喜ぶかと思ったけれど、さすがにもう、遅いのか。
「遊ばへんの?」
「公園、はじめて。」
鷹は雅を見上げて、公園を見渡して、もう一度雅を見上げる。
「はは。よう考えたら、俺も遊んだことは、あらへんかもしれんわ。」
「たいへんだ、初心者しかいない!」
「でも、大丈夫や、多分。よし、じゃあまずブランコからやな!」
雅の体には少し窮屈なブランコに腰を下ろす。長い脚は、ピンッと伸ばさないとすぐに地面に着いてしまって、なかなか体力が居る。
「ほれ、こうやって揺らすんや。」
「ゆ、ゆら?」
鷹も真似しようとするけれど、不器用に動く足のせいで、ブランコはぎこちなく暴れるだけだ。
「ははは!めっちゃ下手くそ!そない動き、初めて見たわぁ。」
「ゆれない!」
「揺れるて、ほら!」
ブランコに座る鷹の背中を押す。揺れるたび、「おお。」と声を上げるのが面白くて、どんどん強く押した。
「まわる!一周してしまう!」
「それが、なかなか回らへんねんこれ!」
「なかなかっていうことは回る!死んでしまう!」
「大丈夫やて、受け止めたるわ。」
「わあああ!」
暴れながら、なんとか足でブランコのスピードを緩めて、飛び降りる。結構本気で怖かったらしく、頬を膨らませながら、涙目で雅の胸に突進してきた。
「ははは、ごめんて。」
「キモロン毛!」
「ごめんごめん、ははは。」
その体を受け止めて、笑いながら、雅は鷹を抱き締める。特に意味はないけれど、無性に抱き締めたくなったのだ。
「ホンマに、いちいちおもしろいわぁ。」
「わらうな!」
「あははは、今度遊園地行こか。もっと面白いで。」
「ゆーえんち。」
「そ。遊園地。俺も行ったことないけど、きっとエライ楽しいで。夢みたいな場所やて、誰かが言ってたわ。」
言葉にしながら、それを言っていたのは鶴丸であることを思い出した。でも、腕の中に鷹がいるから、息はちゃんと肺に入って、雅の心は落ち着いていた。
「だから行こうな、二人で過ごす、最後らへんに。思い出作りや。」
「……。」
鷹が、ぎゅっと強く雅に抱き着く。
最後、という言葉を意識し始めるくらい。
残り時間は、僅かになってきていた。
「キモロン毛。」
「その呼び方を直すのも目標やな。」
「なんて呼んでほしい。」
「えー、うーん、せやな、かっこいいかっこいい雅お兄様、かな。」
あからさまに眉間に皺を寄せる顔も、今では可愛い鷹の表情のひとつだ。
「かっこいいかっこいい雅お兄様。」
「おー、はは、なんや?」
「今日は何が食べたいですかかっこいいかっこいい雅お兄様。」
「うーん、せやな、かっこいいかっこいい雅お兄様は、肉が食べたいわ。」
「もっと具体的なのお願いしますかっこいいかっこいい雅お兄様、なに肉ですか。」
「じゃあ、かっこいいかっこいい雅お兄様は、鶏肉な気分かな。」
「今日は鶏肉、安くない、かっこいいかっこいい雅お兄様。」
「したらかっこいいかっこいい雅お兄様は、安い肉でエエよ。」
「ハム。かっこいいかっこいい雅お兄様。」
「ハムは肉や無いって、かっこいいかっこいい雅お兄様は思うなぁ。」
「かっこいいかっこいい雅お兄様。」
「ははは、うん、もうエエわ。はははは。」
やわらかい手を繋ぐ。
(ほっかほかやな。)
あと何回、鷹とくだらない会話が出来るのだろうか。
あと何回、鷹のご飯を食べて。あと何回、鷹にキモロン毛と呼ばれて。あと何回。あと何回、切ない気持ちを抱くのだろう。
そうして自分は、どれくらいの時間をかけて、二ヶ月間の思い出を抱えながら、鷹の居ない日々をやり過ごすのだろう。
最後のとき、自分は、笑っているのだろうか。
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