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へぇ、じゃあチノメアはその、通信機で連絡を取り合ってるわけだ。」
「ハイ。せやから、オマケを対象の家に送り込むことで、なんらかのメリットが生まれるんやと思います。」
「二か月分の莫大な生活費にも勝るなにか、ねぇ。ま、情報ってとこが妥当かな。」
佐助は煙草の吸い口を机に叩いて葉を詰める。そのまま、新しいものを銜えて先ほどの煙草から火を移す。チェーンスモークは、考え事をしているときの癖だ。
「狙いが情報だとしたら、俺たちみたいなのが狙われたら、ヤバいなぁ。目的も実態も見えないのが、同業者よりもずっとタチ悪い。」
「……そうですね。」
「八藪組の奴らにも忠告しねぇとな。チノメアには関わるなって。情報なんて、漏れたら大変だ。組の命だ。赤ジャージにチョコ型通信機には関わるな、詐欺ですってポスターでも作るか。」
「ははは。」
鷹のことはだいぶわかってきた。けれど、その目的だけは未だに掴めていない。八藪組の情報を狙っているのだとしたら、雅から搾り取れる情報はあまりにも少ない。たしかに、八藪組のなかで佐助に一番可愛がられているのは雅かもしれない。でも、この佐助が雅と引き換えに渡す情報なんて、昨日の晩御飯くらいだ。仕事を一切持ち帰らない雅よりも狙うべき人はたくさんいる。チノメアが行っていることは、どうあがいても無駄だ。かといって、八藪組以外で雅から取れる情報なんて、なにもない。なにも思いつかない。だからこそ、余計に怖かった。一ヶ月後、鷹から聞かされる真実が。
(こわい。)
知っているんだ。息が詰まるくらい。そのときの気持ちを、雅は。
(しってる。)
鷹と同じくらいの年頃のとき。神様は雅を嫌った。雅が何をしたのかはわからない。けれど、とにかく神様は、雅に対しほんのわずかな温もりも惜しむくらい、嫌悪感を抱いた。ひたすら全ての柔らかく暖かなものを奪って、尖った冷たいものを投げつけた。
(かみさまは、)
部屋を出て、事務所の廊下。目の前に、人影。
「みーやび。」
独特な鈍りの、その声。
(かみさまは、おれがきらいなんや。)
雅の目と口が、間抜けに開いた。
「ご機嫌さん。エエ日よりでんなぁ。自分、謹慎明けたんやて。ホンマ、よかったなぁ。」
「鶴丸……!」
「なんもそない怖い顔せんでもエエさかいに。けったいやなぁ。」
その顔は、見たくなかった。今、誰よりも会いたくなかった。
一ヶ月前から。
「オマエ、よくノコノコ俺の前に顔出せたなぁ!」
「ホンマにもー、待ってくんなはれ。どないしたん。ん?ウチは喧嘩に来たったとちゃいまんがな。平和にいきましょ、な?」
襟足が長めの、ウルフカットな灰色の髪、真っ白な肌。ハッキリとした二重にシャープな輪郭で、どちらかというと可愛い感じに整った顔。饒舌な関西弁。鷹に「似非」と言われた雅の関西弁は、鶴丸から移ったものだ。鶴丸とは、十四のとき、少年院で出会った。同じ部屋で、同じ年で、鶴丸と雅はすぐに仲良くなった。少年院を出てからも、同じ世界に進んで、同じ八鳥野会へ入った。同じ、同じ、同じ。鶴丸は雅の、初めての心置ける存在だった。ただ、佐助は鶴丸を好んでおらず、八藪組を作ったとき、雅だけを引き抜いて、鶴丸は鴨乃目組へ行った。多分、そのときからすれ違いが起きていたのだろう。雅の勘は、心置ける鶴丸には、面白いくらいに役目を果たさなかった。
「お前のこと、信じてたん、に。」
組が違えても、同じ八鳥野会の傘下。鶴丸とは、別の親分を慕いながらも、志は同じである、と。互いの親分が跡目争いに名乗りを上げたとき、雅は真っ先に鶴丸に会いに行った。雅は、鶴丸と争いたくなかった。鶴丸は笑った。同じだ、って。自分たちは、いつも同じだって。だから。
だから雅は一ヶ月前、鶴丸の罠にかかって、八藪組を不利に追いやってしまったんだ。
「あそこまでのことして謹慎処分って聞いた時は、おったまげたわ。八藪はんはなんや、雅に弱みでも握られてるちゃうんかって。で、実際どうなん?八藪はんのオンナやいう噂は、ホンマなん?」
「黙れ。」
「あぁ、そや、自分、セックスならお手の物、せやさかいに。」
鶴丸は、雅の真横に立って、耳元で囁く。
「自分の伯母とも、毎晩ヨロシクしてたん、なぁ。」
あ。雅は声を上げた。声になったかはわからない。今、立っているのかも。目の前が真っ白になって、なにも写らない。自分の体が、熱で溶かされてしまったみたいだ。
いやだ。
その言葉が頭に浮かんだ途端、真っ白な世界に彼女が現れた。雅に気付いて、駆け寄ってくる。
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