3
「あは。ひっさしぶりだね雅チャン。背伸びた?髪切った?明日来てくれるかなー?」
「この度は申し訳ありませんでした。」
「本当にね。」
佐助はゆっくり煙草の煙を吐きながら、窓の外を見つめる。
「んで。」
「はい。」
「前にここに来たお前と今のお前は、どう変わったのかな?」
頭を深く下げたままの雅を、チラリとも見ようとしないで、佐助はただただ、雲を見上げる。
「この謹慎で、お前はなにをしていた?」
半月間。
雅は鷹と過ごしていた。
雅は、チノメアのオマケと、過ごしていた。
「……。」
それを告げたら、この上ない手柄になる。そうだ。雅はこんなに深く頭を下げる必要などない。なんならどんと前を見据えて、どや顔で鼻の穴を膨らませたっていいのだ。それくらいの充分すぎる手土産を、持って帰ってきた。
「みーやびチャン?」
なのに。
言葉が喉につっかえて、出なかった。
(おれの部屋に、チノメアのオマケが居るんです。)
その一言が、出てこない。
(おれの部屋で、チノメアのオマケが、)
(おれの帰りを待っています。)
(多分、ちょっと、さみしがって、)
(待ってる。)
眉間に皺が寄って、今朝食べた鷹の手作りサンドウィッチが、胃を逆流しそうになった。でも、吐き出したそれを見られたら、佐助に全てバレてしまいそうな気がして、必死に飲み込む。
「おい、雅。なんとか言えやゴラァ。」
言いたい。言えない。どうしたらいいのか。雅にもわからない。このままではいけないのに、体がどこも動こうとしない。
(いつも、そうだ。)
こういうとき、浮かぶのはいつも同じ光景。自分に跨って啼く醜い生き物を見上げながら、ただただ何もできずにいた、あの日々。体が石のように動かなくなって、逃げなければと思うほど、重くなった。そうして。
(そうして。)
手遅れに、なったんだ。
「雅。」
「!」
佐助が前髪を掴んで、無理やりに雅と目を合わせる。
「テメェ、こんな時に飛んでんじゃねぇよ。薬か。」
「え、あ、いや、薬は嫌いで、」
「フツーに答えられんじゃねぇかよ。」
頭を机に叩きつけられたまま、押さえられる。その衝撃で吹っ飛んでしまったのか、全くと言っていいくらい恐怖心は湧いてこない。
「ゴミはさ、やっぱり燃やした方がいいのかな。それとも細かく刻んだ方がいいのか。潰して剥がして外してリサイクル、なんてのも地球に優しいなぁ。お前は、使えない粗大ごみって、どうするタイプ?」
「俺は、」
真っ暗闇に、ぼんやりと浮かんだ赤いジャージ。
(鷹。)
待っている。鷹は今も、自分のことを。あの部屋で、誰かが、雅のことを待っている。
(帰らなきゃ。)
初めて抱いた、そんな気持ち。
「おれ、は!」
重く硬くなっていた口が、透明な糸を引きながら、開いた。
「チノメア、の、尻尾を、掴んでます!」
「……尻尾?」
「でも、今までみたく逃げられへんように、慎重に調べとる、ところです!」
「……。」
雅の顔を見つめながら、佐助は押さえていた手を放した。
「詳しく聞いてあげてもいいよ。」
嘘を吐いてるかどうかは、目を見たらわかる。雅が今ここでその場しのぎの出鱈目を吐いたらどうなるか。それは互いによく理解していた。なにより、今この状況で佐助に嘘が吐けるほど、雅は器用ではなかった。
「俺、今、チノメアの、」
でも。
「関係者、みたいなんから、子供を預かっとります。」
馬鹿正直に真実を全て話す気も、なかった。
「子供を人質に、情報を?」
「そんな感じです。鴨乃目のこともあるんで、とにかく慎重に扱っとるんです。」
「……ま、賢明な判断だね。」
「情報に確信が持てたら報告します。だからもう少し、時間を下さい。」
「……。」
佐助は再び窓の外を見て、煙草に火を点けた。煙を輪っかに吐きながら、「今日はもうなんもないから、下がっていいよ。」と告げた。
部屋を出て、ゆっくりと長く息を吐きながら、目の前にあった高い壁を超えたのに、雅の心はちっとも晴れなかった。
(一か月半後。)
どんなに佐助に凄まれても、
(売らなきゃいけないのに。)
浮かぶのは、怒りながら照れる、鷹の顔だった。
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