【4 りかいふのうなきもち】

 その日、雅はスーツを着た。


(だらしがない。)

 雅はいつも、くたくたのジーンズを七分丈になるよう巻くって、ダルダルのワイシャツを着て、適当に髪を縛って、その辺に寝そべっていた。

(とてもだらしがない。)

 鷹はそう思って、ゴミと一緒に床に転がっている雅を何度か蹴飛ばした。こいつはもう、牛よりも牛を極めている。僕が正さなければ。という使命感だ。

(ダメな大人は、いけない。)

 コンビニ弁当やお菓子を寝転がりながら食べて、いつでもどこでも煙を吹いて、よくわからない大量の紙に埋もれながら「うがー」とか「もういややー」と唸り、裸の女の人が様々なポージングを決めている本を眺めている雅は、誰がどう見たって『ダメな大人』だった。ダメな大人にだけはなっちゃいけない、と、主様はよく言っていた。だから、雅を正さなければ、と決意を胸に抱いていた。

(でも、)

 鷹は、とても、困っていた。

「あんなぁ、包丁を動かすから指切りそうで怖くなんねん。野菜のほうをな、動かせばエエんよ。」

「あー、それはな、塩ちょっと入れてお湯に浸けたら取れやすくなるで。」

「擦ったらアカンて、叩くんや。あーもう、そんな強く叩いたらアカン。」

 雅は、ダメな大人は、ダメな大人なのに、ダメな大人ではなかったのだ。

「どうして。」

「ん?」

「どうして、出来るのに、やらない?」

 いつか、つい耐え切れずにそう聞いたことがあった。雅はいつものようにヘラヘラ笑いながら、「なんでやろうなぁ。」と適当に返した。とても腑に落ちない。

(やっぱり、ダメ人間。)

 雅がダメだから。雅がダメなせいで、最近鷹は、体の調子がおかしかった。ダメダメな雅が、ダメダメじゃないことをするたび、不整脈が起きて、体が、特に顔が熱くなった。

(キモロン毛ウィルス。)

 とても迷惑だ。まったく。体に害を及ぼすのは遠慮願いたいぜ。ぷんぷん。

 風邪と違って、寝ても治らないそのウィルスの特効薬は、主様も知らなかった。(ちなみにすごく笑っていた。)困った。なんてものを体内に侵入させてくれたんだ。ぷんぷん。

 最近の鷹は、こんな感じだった。

(キモロン毛ウィルス。)

 驚異の新型ウィルスが、そう、その日、ついに頭角を現した。(頭角と言うのは、なんだかちょっと違う気もするけれど。) 

 雅が、スーツを着たんだ。

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