7
「……!」
リビングの扉を背に、高鳴る心臓を落ち着かせようと深呼吸をしていると、開けっ放しだった洗面所から、着信音が聞こえた。
音をたてないように急ぎ足で戻って、画面に表示された名前を見て、雅の心臓は、先ほどよりも激しく暴れ始めた。
「もっ、もしもし!」
『おっそいよー雅チャン。お家に居過ぎて体が鈍っちゃったのかなぁ。』
「そんっ、そんなことないです!」
半月ぶりに聞く、その声。どんなサイレンや不協和音よりも雅を怯えさせる、佐助の声。
『どー?謹慎楽しい?いいなー、俺なんかさ、部下がひとりどぉーしようもないミスをしちゃったせいでさ、ずーっと家に帰ってないんだよね。忙しすぎてその部下の名前忘れちゃったんだけどさぁ。なんか、どぉーしようもないミスをしちゃう使えないヤツって記憶しかないんだけど、当たってるかな雅チャン。』
「スンマセン……。」
鷹に聞かれてはいけない、と、リビングを警戒しながら寝室に向かう。
扉にはめられた曇りガラス越しに、先ほどは消えていたテレビが光っているのが見えたから、恐らく話し声は届いていない。
本当は部屋を出るのが確実なのだけれど、乾かし忘れた髪が未だ滴を落としているから、この状態で外に出たら、周りの視線を集めかねない。
同じマンションでも極力関わりは避けてきた。変に覚えられるのは避けたいところだ。
『いやぁ、思ったよりずっと元気そうな声で安心したよ雅チャン。それだけ元気ってことは、なにか掴めたんだよね?』
「えっ。」
『うんうん。さすがだよ雅チャン。俺の可愛い弟分だ。お前は俺をぜぇーったいに裏切ったりはしない。そうだよな?俺を悲しませないし、がっかりもさせない。首を絞めるなんて問題外。なぁ、雅チャン。俺は、八鳥野会の組長に、一秒でも早くなりたいんだよ。な。そのためなら俺は、いくらでも引き金を引けるんだよ。たとえ銃口が可愛い弟分のこめかみに当てられていたとしても、一瞬だって迷わずに、な。』
伸びた後ろ髪から落ちた滴が背中を伝って、雅は大げさなほど身震いをした。
電話越しで見えないはずの佐助の姿が、まるで目の前に居るように浮かんだ。
どんな顔で、どんな目をして話しているか、雅にはいとも簡単に想像できた。
『雅チャン。』
「はい。」
『帰っておいで。』
経験がものを言う。悲しいくらいに、雅に語っている。
「はい?」
『もう、許してあげる。だから、戻っておいで。明日、待っているよ。』
経験が、雅の肩を叩いて、同情の眼差しを送る。
『お土産、楽しみだなぁ。』
そうして、電話が切れるのと同時に、経験ってやつは、それはそれは明るい声で言ったんだ。
(ア・キ・ラ・メ・ロ!)
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